第37話 不幸体質

翌日は土曜日。

学校が休みだったので、遅めに起きた俺は母の用意してくれた朝食をとってから山田の家を訪ねた。

もちろん、山田の様子を見る為だ。


「安田……」


インターフォンを鳴らして出て来た山田の顔は、かなり憔悴していた。

問題の根本は片付いた訳だが、この様子じゃ、妹さんの状態はあまり良くなってない様だ。


……精神的な問題は、スイッチのオンオフみたいにはいかないからなぁ。


「よう、見舞いに来たぞ」


「ありがとう、上がってくれ」


安田に促され、俺は彼の部屋に上がる。


「顔色悪いみたいだけど……妹さんの具合はまだ悪いままなのか?」


「妹の方は……まあまだまだアレだけど、大分落ち着いて来てるよ」


「そうなのか?」


その割には、としか言いようがない。

問題が解決に向かってる人間は、こんなやつれた顔はしない物だ。


俺に心配かけまいと、大丈夫だと言っているだけか。

それとも……それとは別に、他の問題が出て来たか。

だな。


「ひょっとして……何かあったのか?」


「……実は、母さんがまだ帰って来てないんだ」


「お母さんが?」


確か山田達兄妹を置いて、男と旅行に出かけてるんだったっけか。


二人は、特に山田の方はもう小さな子供じゃないから、まあ数日家を空ける事ぐらいはそれ程おかしい事ではない。

気がしなくもない。

家の母なら絶対そんな真似はしないけど。


「予定だと、今週頭には帰って来る筈だったんだけど……」


週頭は月曜日。

そして今日は土曜日だ。

つまり、帰宅が四日以上遅れていると言う事になる。


「今までもさ、帰宅が一日二日遅れる事はあったんだ。でも、そういう時は事前に連絡があったんだけど。今回は……」


流石に四日も連絡がないとなると、単に旅行が楽しくて連絡をし忘れているだけって事はないだろう。

なので考えられるのは、山田達こどもを捨てて男と人生の再スタートを狙ってるか……


何らかの事件に巻き込まれたか、だ。


まあ、普通に考えるなら後者だろうな。

山田んちは持ち家だし、持ち家を売却もせず男と再スタートってのはちょっと考えづらい。


「警察には行ったのか?」


「一応昨日行ってきた……」


「警察はなんて?」


「捜索願いは受け取ってくれたけど、行き先が分からないんじゃ調べるのは難しいかもって……どこに行ったのか、俺知らなくて。それに相手の人の事も、医者だって話しか聞いてなくって」


まあそうだろう。


帰って来ません。

何処に行ったのかもわかりません。

この条件だけで失せ人が簡単に見つかるのなら、苦労はしない。

しかも事件性があるかどうか、それを断定するにも微妙な状況なら猶更だ。


「……」


しかし……糞共の件に続いて、今度は母親の失踪か。

こう当たり前の様に不幸が重なって来ると、もはや山田は不幸体質なのではと思えて仕方がない。


「旅行前……母さん、今度こそいい父ちゃん用意してやるって息巻いててさ。俺も妹も、そんなのいらなかったのに……それなのに……」


山田が歯を食い縛り、俯く。


昨夜の一件。

動くのが早ければ、亜美の友人達を助けられた可能性は高かった。

まあ俺が早い段階で動いていたかどうかはともかくとして。


つまり、初速は重要だと言う事だ。


警察に任せたのでは、真面に動き出すのは手遅れだと分かった後になる可能性が高い。

だが俺なら、素早く山田の母親を見つけ出す事も不可能ではなかった。


そう、俺なら……


しかしそのためには血が必要だ。

山田の母親の血が。


血さえ手に入るのなら、それを触媒にして本人を探し出す魔法を俺は使える。

亜美の友人の時にそれをしなかったのは、血が手に入らなかったからだ。


因みに、鮮度はどうでもいいのだが、ちょっとした血の染み程度だと魔法は発動しない。

なのである程度の量があるか、それを補助できる近しい人間の血——今回なら、山田の血がそれにあたる――があれば発動は可能だ。


この家に、母親の血の跡が付いている物があると前提して……


事情も説明せず、母親の血の付いた物を貰い。

更に山田からも血を手に入れるというのは、流石に難しいだろう。


山田兄妹を魔法で寝かしつけて、家探し&採血するって手もあるが……


そう言う強引な真似は、友人相手にはしたくなかった。

この際、もう魔法の事を洗いざらい説明してしまおうか。

そんな考えが頭を過る。


――バラすかもしれない。


そう相手の事を疑いたくなかったから、これまでは敢えて魔法の事を伏せて来た。

けど、所詮それは俺の気持ちの問題でしかない。

本当に山田を友人だと思ってるのなら、彼の母親の命を優先すべきだ。


そしてそのための迅速な動きをする為に……


「山田はさ……俺が魔法を使えるって言ったら信じるか?」


「……へ?」


そう問いかけた俺に、山田は『何をいきなり言い出すんだ』って顔を向けてくる。


まあそうだよな。

自分が辛い時に、そんな意味不明な話をされたらそう言う顔になるよな。


「よく見ててくれ」


俺は山田の目の前で簡単な魔法を使って見せ、そして魔法で母親を見つけてやると彼に告げる。

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