第67話 免罪符

魂が抜けた様にぼーっと突っ立ってる山田の肩を軽く叩き、俺は声をかける。


「おつかれさん」


と。


「や、安田!?どうして!?」


「いや……なんかタリスマンが連続して発動してた上に、お前が家から離れた所にいたからな。気になって様子を見に来たんだよ」


因みに、山根って奴が怪しげな薬を飲む前にはこの場に辿り着いていた。


何で助けなかったのか?

いや、山田にはいい実戦経験になるかなと思ってさ。

そしたら見事に山田が二枚抜きしたって訳だ。


「ど、どうしよう安田……おれ……俺、人を……殺して……」


俺に声を掛けられて正気に戻った山田が、自分のしてしまった事に恐れおののく。


まあ気持ちは分かる。

俺だって初めて人を殺した時は……いやまあ、そうでも無かったか。


どっちかって言うと、魔物を殺した時の方が精神的ショックはデカかったな。

初の殺人は絶対に殺さないといけない様な屑だったし、それまでに人型の魔物とか殺しまくって感覚がマヒしてたし。


まあ何にせよ。

山田にはいい経験になっただろう。

順調だ。


「だいたい……だいたい全然威嚇の威力じゃないじゃないか!」


「いや、威嚇用だぞ?タリスマンの防御を突破する様な奴には、殆どダメージ通らないだろうし」


嘘は言っていない。

そのレベルの奴にダメージを通すには、話にならない威力だ。

ただ一般人相手につかったら即死するってだけで。


まあ、意図的に威力が低い様に錯覚させはしたが……


そのために訓練時は俺を的にさせ、飛んで来たのは全部破壊してみせた訳だからな。

試し撃ちを木とか石にさせてたら、普通の人間相手に使ったらやばい事に山田も気づいていた事だろう。


え?

何で騙したのか?

もちろん、今回みたいな状況で山田が相手を殺す様に仕向ける為だ。


戦士には、二つの覚悟が必要だと俺は思っている。


一つは死ぬ覚悟。


戦いに挑む以上、死は絶対に付き纏って来る。

それに怯える様じゃ、戦士として何かを守る事など絶対に出来ない。


そしてもう一つが――


殺す覚悟だ。


相手に止めを刺せずに、自分が、仲間が殺されたなんて話は腐るほどある。

必要ならば他者を殺す。

その覚悟が無ければ、大事な物を守る事なんで出来やしないのだ。


正直、この二つの覚悟がない奴は戦士とは言えないし。

背中を任せる事なんて、それこそありえないと言っていいだろう。


まあ山田に背中を任せるかどうかは別問題だが……


因みに、死ぬ覚悟ってのは外部から干渉してどうにか出来る物じゃない。

それに対して殺す覚悟ってのは、案外簡単に備えさせる事が可能だったりする。


要は慣れさせればいいのだ。

殺す事に。


特に初回さえ乗り越えれば、後は途端にハードルが下がる。

一人殺すのも百人殺すのも、そんなに大差ないからな。


――そしてその最初のハードルは、事故がもっとも簡単でいい。


だからこういうちょっとした危機的状況で山田が相手を殺す事を期待して、俺は魔法の威力をあえて誤認させたという訳だ。


まあ山田がむやみやたらに人前で魔法を使わないという確信があったからこそ、取れた手な訳だが。

大勢の前で使って殺してしまったら、処理が大変だからな。


……しかし、こんなに早く経験してくれとか流石不幸体質。


最悪、俺が生贄を用意するつもりだったが、そんな心配は全く無用だった様だ。

流石山田。

さすやまである。


「で、でも……あの人……大きな石を簡単に砕いてて……」


「その程度のちょっとした力自慢じゃ、タリスマンは破れないって。もうちょっと信頼してくれよな」


タリスマンの防御力も、こういう事態が起きやすい様にわざととふわっと説明している。


「……」


「そう深刻そうな顔すんな。安心しろ」


さあ、貴重な経験も積んだ事だし、ここからはアフターケアだ。


「安心しろって……俺、バカだから人を殺して……」


「ああ。だからそれを今から無かった事にしてやるって言ってんのさ」


「無かった……事?」


「こいつらを蘇生させる」


そう、いまからこいつらを蘇生する。

そうすれば山田は人を殺した事に苦しまなくて済む。

それどころか、俺が蘇生できるという免罪符の下、これからは軽くじゃんじゃん人を殺す事が出来るようになるって寸法だ。


我ながら完璧な作戦である。


「そ、そせい!?それって……生き返らせられるって事か!?」


蘇生という言葉に、山田が目を見開く。


「本当に……そんな事が出来るの?」


「おう。帰って来たばっかの時は出来なかったけど、練習したからな。今なら完璧な蘇生が可能だ」


そう、ほんのちょっとばかし。


「今から蘇生するから見てろよ」


俺は胸に穴の開いた男へと近づく。

白目を剥き、舌をだらり口からはみ出させるその死に顔は、見るからにアホっぽい。

俺はそのアホの死体に向かって魔法を発動させる。


「や、安田!?」


炎の魔法を。

死体と周囲を焼くために。


え?

何で焼くのか?


体とか、地面についた血の跡が凄いからな。

それを消すためだ。


「そ、それ!?本当に蘇生魔法なのか!?」


強烈な火柱に驚いて山田が声を上げる。


「いや、単に燃やしてるだけだぞ。ほら『汚物は消毒だー!』って名言あるだろ?まあそれは冗談だけど、医者だって手術前は徹底的に消毒するじゃん?それと同じだよ」


「そ、そうなのか?」


「そうだぞ」


因みに、周囲には山田が戦っている時点で結界を張ってあるので、この火柱が誰かに見られる心配は無い。

まあ結界も含めて魔力の痕跡は残ってしまうが、追跡されない様にさえしておけばそこも問題なしだ。


「よし、じゃあ蘇生させるか」


男の遺体が骨以外炭になった所で、俺は改めて蘇生魔法をそいつにかけた。


「す、凄い……これが蘇生魔法……」


時間が巻き戻るかの様に、再生していく男の姿に山田が驚嘆の声を上げる。

今はまだ魔力が全然足りてないからあれだが、その辺りを強化出来たらその内この魔法も教えてやるとしよう。


「次は――」


次に、首のない奴を燃やす。

そして蘇生魔法をかけたのだが。


――違和感。


「こいつ鮫島っていったっけか。どれ……」


蘇生されていく鮫島の頭部に、本来人間にはない機能的な何かを俺は感じ取る。


それが何かは分からない。

が、魔法である程度再現できそうだったので、魔法化して自分にかけててみた。

これでどういった能力か確認できるのだろう。


「40?何だこの数字?」


鮫島の額の辺りに、40という数字が浮かんでいる。

もう一人の男の方をみると、そっちは60だった。

そして山田は――


「250と2000……」


うーん、数字が二つ……胸元の2000は、タリスマンの数字か?


だとしたら、これは生命力か何かを測る能力って事かな?

俺は魔法で氷を出し、それを鏡状にして今度は自分を見てみた。


「53万か……」


生命力にしては高すぎる気もするが……


「ま、どうでもいいか」


たいして役に立ちそうにもないので、どうでもいいと判断。

俺は魔法を停止する。

そして二人の直近1時間程の記憶を魔法で消しておく。


中抜きではなく最新1時間なので、この程度なら精神に影響を及ぼす心配はないだろう。

まあ多少出たとしても死ぬよりマシだろうし、俺が気にする必要はない。


「じゃあ帰るか」


「え?いやあの……二人……思いっきり裸なんだけど……」


蘇生させた二人は、事前に燃やしているので真っ裸である。

蘇生魔法じゃ、そういった物は修復されないからな。


「ああ、気にすんな。女ならともかく、男だしフルチンでも大丈夫だろう」


「そ、そうかな?俺は嫌だけど……」


「大丈夫大丈夫。仮にもこいつら不良なんだぞ。この程度屁でもないって」


「そ、それもそうか。そうだよな。不良はそんな事いちいち気にしないよな」


「そうそう」


俺は山田とそんな他愛ない事を話しながら、家路に就いた。

フルチン共を放置して。

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