第28話 王太子と女神の結婚式
どんよりとした曇り空の下、王太子ハロルドと聖女エリーゼの結婚式が始まった。
エリーゼ……いや、エリの身体を操っているユーフェリアは、全くエリの好みではない、全身に金糸の刺繍がほどこされたキラキラの派手なドレスに、宝石が散りばめられた絢爛豪華なヴェールをつけて、白い薔薇の花束を持ってヴァージンロードを歩いている。
ユーフェリアが言った通り、エリの身体の乗っ取りはまだ不完全なものなようで、エリの意識ははっきりしており、視界も感覚もユーフェリアと共有していた。
ヴァージンロードの先で待つハロルドは、いつか見た夢の時のように、近寄りがたいほどに美しかった。祭壇には、大神官ヨハネスが微笑を浮かべて立っている。
ヴァージンロードを進みながら、ちらと客席を見てみると、みんな真顔でじいっとこちらを見て黙り込んでいる。これは結婚式という体裁をとった、女神降臨の儀式なのだとエリはようやくわかった。彼らはみな、ハロルドと聖女の結婚ではなく、女神降臨の成功だけを願っているのだ。スカーレットと、バイルシュミット宰相の姿は見えなかった。まだスカーレットは目覚めていないのだろうか。
ユーフェリアがヴェールの下で笑みを堪えきれないのが、エリにはわかった。ユーフェリアは今、多幸感でいっぱいだ……何とか隙を見て表に出られないだろうか。
しかし、そうこうしているうちにヨハネスが祝辞を述べ始め、老王の長い演説があり、次はいよいよ花嫁と花婿の宣誓の番になってしまった。
「……エリーゼ殿。ヴェールを上げましょう」
ハロルドが言うと、エリの意図に反してユーフェリアはにっこり笑って
「はい」
と返事をした。語尾にハートマークでもついていそうな猫なで声で、そんな声が自分の口から出ていることにエリはぞっとした。
「……私、フェトラ王国第一王子、ハロルドは、聖女エリーゼを妻とすることを、我らが女神に誓います」
相変わらず生真面目な顔と声で、ハロルドは宣誓した。
ユーフェリアは、エリの口を使って、エリの意思とは関係なく、誓いの言葉をするすると紡ぐ。
「わたくしは、第1王子ハロルド様の妻となることを誓いま……」
ユーフェリアが誓いの言葉を言い終えようとしたその時。突然大聖堂の壁がびりびりと震え、地面が揺れた。
「なんだ……? 強風か?」
ハロルドが訝しんでいると。
「ちょっと待った!!」
その場に不釣り合いな男の声が響いた。
そこにいたのはトルキア皇帝であり、ハロルドの友人カシムであった。その両腕には、スカーレットを抱きかかえている。カシムに抱えられているスカーレットは、両手に大きな鏡を持っていた。
「よっ、ハロルド! 良かったよギリギリ間に合って」
「カシム!? お前、どうして……!」
ハロルドが動揺している。この異常事態に、能面のような表情だった客たちも騒然となった。
「ハロルド、自分の結婚相手を間違えるなんてうっかりにも程があるぞ。君の妻はこっちだろう」
カシムがスカーレットを丁重に下ろし、彼女をハロルドに指し示す。
「カシム……言ったはずだろう、私はもうスカーレットとは……彼女も了承したはずだ」
悲しそうに目を伏せるハロルドに、ユーフェリアは近づいて寄り添う。ハロルドは自分のものだと言うように。
エリは「構うな!! ハロルド様、振り払って行って!! スカーレットのところに早く!!」と叫びたいが口がまったく動かない。
「それが、スカーレット嬢はこの事態を知らなかったそうなんだ」
「は? 今さら何を……」
ハロルドが困惑していると、スカーレットがカシムの腕から降り、静かに言った。
「ハロルド様、国民の皆様。……私、お詫びをしなければならないことがあります」
詫び? ハロルドやエリーゼへの怒りではなく、国民たちへの詫びとはなんだ? 皆が訝しんでいると、スカーレットはなんと地面に跪いて、顔を伏せて土下座した。
「私は、スカーレット様が落馬事故にあった際に、彼女と入れ替わって、今まで宰相令嬢のふりをしてきました。騙していて本当にごめんなさい!!」
客席がざわざわとして、ハロルドも困惑している。ともかく、ハロルドはスカーレットに顔をあげさせようと、祭壇を一歩降りようとした。しかしその瞬間。
「駄目、ハロルド! あの女のところに行かないで!」
ユーフェリアが、ハロルドの腕をぐいと引っ張って、スカーレットに近づくのを阻む。
「エリーゼ殿、いったいどうしたんだ……?」
ハロルドは困惑した。エリーゼは、長い時間をかけて自分を信頼してくれるようにはなったが、こんなふうに自分に執着してくることはなかった。スカーレットにも、何故か自分から親交を深めようとしていた。今のエリーゼは自分の知る彼女とはあまりにもかけ離れている。
ハロルドが困惑している間に、スカーレットは鏡をハロルドに向けて言った。
「これは遠見の鏡です。本物のスカーレット様は、ここにいます!」
間もなくして鏡の中に、黒髪の異邦人の少女が映し出された。
『……わたくしは、バイルシュミット宰相の長女、スカーレットです。異世界の少女、ゴトー・アスカと入れ替わり、今は異世界から遠見の鏡を使っています』
大聖堂中が騒然となった。
ハロルドはスカーレットと名乗る異邦人の少女をぽかんとして穴が開くほどに見つめている。ユーフェリアはハロルドを鏡に近づかせまいと躍起になっていた。エリもまた、魂がとじこめられたまま、困惑していた。
ゴトー・アスカとは、誰だ……?
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