第24話 スカーレットの召喚魔法

 幸いアスカの両親は多忙で、今日も鍵を渡されて一人留守番だったので、魔法の準備をする時間はあった。

 聖女を召喚する魔法には、大いなる魔力に、神の偉大な加護、それに運が必要だ。しかし、聖女クラスのような大物相手でなければ、アカデミーで優秀な成績で魔法学を修めたスカーレットにも召喚魔法が使える可能性は、ある。必要な材料と魔法陣と呪文は知っている。ただ、今まで召喚魔法を使う必要がなかったので実践は初めてであるし、生き物を召喚するのはリスクが高い。

 ……故に、スカーレットは、悪い事だとは思いながら、トルキア帝国のカシム皇帝の宝物を狙うことにした。

「女神ユーフェリアの名のもとに、スカーレット・バイルシュミットが命じます。光とともに、我が手に来たれ。遠見の鏡よ……!」

 何も起こらない。

 スカーレットは少し考えて、言い直した。

「荒ぶる黒龍よ。怒りを鎮め、我に慈悲を与え給え。我が手に来たれ、遠見の鏡よ!」

 部屋の床に描いた魔法陣の中央に、トルキア帝国の宝のひとつ、遠見の鏡が現れた。これがあると遠く離れたところでも、鏡もしくは水面を通して会話をすることができるのだ。

「通じるといいんですけれど……」

 呟きながら、スカーレットは遠見の鏡を操作する。この世界には魔法がないので使えるかは賭けだったが……鏡の中に、とある部屋の様子が映し出された。木でできたテーブルに、小さな椅子がひとつ並んだ、小さな家だ。そしてこちらを覗き込むように、一人の老女が映っている。

 スカーレットはこの老女を知っていた。シエンナの森の魔女、メリッサだ。元々はトルキア帝国の小さな村落出身なのだが、かつて先々代の皇帝の怒りを買い、フェトラ王国に流れ着いたのだという。スカーレットは度々屋敷を抜け出してシエンナの森に遊びに行き、メリッサに魔法の手ほどきを受けたり薬草で薬を煎じてみたりしていたのだ。そしてメリッサは、エリがフェトラ王国に召喚された時に初めて出会った、黒いフードをかぶった老女であった。

『おや、これは……? お前さんは誰だい?』

「おばあさん! わたくし、バイルシュミットのスカーレットです! 信じていただけないかもしれませんが、異世界の少女と入れ替わってしまったようで……今、わたくしスカーレット・バイルシュミットはどうしていますか!?」

『はあ? スカーレット様……???』

 メリッサは訝しそうにこちらを見ている。無理もない。今の自分はメリッサから見ればあやしい異邦人の子供にしか見えないだろう。

『お前さんのようなこどもが、スカーレット様の名を騙るんじゃないよ? ただでさえ今たいへんな状況だってのに……』

「メリッサおばあさん、わたくし、おばあさんの裏庭に連れていって頂いたことがありますわ。流れ星の欠片がたくさん落ちていて、あなたはジュースを作ってくださいましたね。キラキラしてシュワシュワとして、とてもおいしかった。ハロルド様に持っていこうとしたら、家を出た瞬間に溶けてなくなってしまって、大泣きする私を慰めてくださいました。流れ星の欠片のジュースは、トルキア帝国の部族に伝わる秘術だから、決して他の人に教えてはいけない、と約束しましたでしょう? わたくしちゃんと秘密を守ってきましたのよ」

 スカーレットの話を聞いてメリッサは驚き目を見開いた。それは間違いなく、メリッサとスカーレットしか知り得ない秘密である。この秘密は、万一外に出ることを恐れて、スカーレットは日記にも書いていないのだ。

『えっ、じゃあ今のスカーレット様は……?』

「この身体の持ち主の魂が入れ替わって中に入っているのかもしれませんわ」

『なんてこった……スカーレット様、あなたは不埒な輩に……あ、と言ってもイェラルの小さな子供ですがね、襲われて刺されて、今虫の息なのですよ』

「な、なんですって……!? ハロルド殿下はこ無事ですか!?」

 自分の身に危険が及んだのなら、傍らにいたであろうハロルドの身も心配だ。スカーレットはそう思って言ったのだが、メリッサは言いにくそうに言った。

「王太子様はご無事ですよ。それでその……数日前に聖女様が召喚されまして、色々あって王太子様と聖女様の結婚式が明日に決まったようで……」 

「えっ?」

 予想していなかったメリッサの言葉に、スカーレットは絶句した。

 メリッサは聖女が召喚された日のことを語った。いつも通り家でお茶を飲んでいると、爆発的な魔力の気配を感じたので、怪しんで外に出てみると、シエンナの森の中で、異世界から来た少女を見つけたこと。その後、神官戦士団とハロルド王太子が現れたこと。突然現れた魔物に戦士団が襲われ、少女はたしかに女神の加護である治癒の力を行使し、聖女の証を見せ、彼女は王都に連れて行かれたこと。

「………え? ちょっと待ってください」

『どうかされました?』

「どうして聖女様がシエンナの森で見つかったんです? 教会が召喚したのならば大教会の魔法陣に現れるはずでは?」

 現にスカーレットが召喚した遠見の鏡は、スカーレットが書いた魔法陣の中央に顕現している。

『聖女召喚の魔法のことはアタシにはよくわかりませんが……大いなる存在の召喚のために、座標がズレてしまったとか……?』

「でも魔法陣の外に出てしまうなんて変ですよ。わざわざ王都から離れたところに召喚されるなんて」

『でもこの森の中に魔法陣が書かれているわけでもないし……』

「………おばあさん、お手数ですが、もう一度森の中をよく見てみていただけませんか?」

 スカーレットは神妙な顔で言う。

「わたしの考えが正しければ……ちょうど聖女様が現れた場所を中心に、巨大な魔法陣が描かれているはずです」

『は……? なんで教会がわざわざそんな面倒なことを』

『聖女様を召喚したのは、教会じゃないってことかい? スカーレット嬢』

 突然若い男の声がして、スカーレットは飛び上がった。そして、鏡に映った男の姿を見て更に驚く。

「あなたは……」

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