王太子と女神の結婚式
第25話 女神のお告げ 結婚式を疾く挙げよ
一方の神聖フェトラ王国では。
スカーレット・バイルシュミット嬢が刺される事件が起きて以降、聖女の力が衰え、魔物の数が増えている。人々の間にそんな噂が流れていた。
事実、スカーレットが凶刃に倒れてからエリの体調はすぐれず、午前中のみで治癒の時間を終わらせてしまう日が続き、やがてまったく治癒ができない日も続くようになった。すると、何故かそれに呼応するかのように、人が魔物に襲撃される事件も増えた。このところ治癒は聖女に頼り切りだったので、薬が少なくなっており、治せる怪我も治らなくなっている。更に天候も不良が続き、人々は女神の怒りを畏れた。
事態を重く見た大神官ヨハネスは女神に助けを求めて祭壇に祈った。
「女神ユーフェリアよ、どうかお怒りを鎮め、我らをお守りくださいませ……」
果たしてヨハネスの祈りが通じ、女神の声が聞こえた。
『我が忠実なる神官よ。わたくしは怒ってはいないのですよ』
ユーフェリアの声は穏やかであった。
『聖女エリーゼの力が消耗しているのです。このままでは民の命にかかわります』
「女神よ、我らはどうすれば良いのでしょうか」
ヨハネスの問に、女神ユーフェリアは厳かな様子で答えた。
『人々に癒やしの力を与えるために、女神の器を早急に満たさねばなりません。ついては、急いで聖女と王太子の結婚式を執り行うように。早ければ早いほどよいでしょう』
「はっ……! かしこまりました。では1か月後に」
『遅すぎます。明日になさい』
「は……!」
かくして、急遽エリとハロルドの結婚式をあげることが決まってしまった。
驚いたのはハロルドである。
朝、いきなり大神官ヨハネスが王宮にやってきて、老王とともにバルコニーに立つと、女と王太子の結婚式を執り行うことを、国王と女神の名において国民に宣言してしまったのだ。
「女神ユーフェリアよりの託宣でございます。明日、王太子ハロルド殿下と聖女エリーゼ様の結婚式を執り行います!」
国民は大神官ヨハネスの言葉に沸き立った。
「ついに、ついにこの日が来た!」
「女神の器が満たされるときが来た!」
「これで私たちは安泰だわ!」
喜びに湧く民衆を見おろして満足気な老王と大神官に、ハロルド王太子は血相を変えて駆けつけた。
「いきなり何を言い出すのだヨハネス! あの事件以来、聖女殿は身体の調子がすぐれぬと言うのに……!」
「聖女様がお身体を崩されている故、結婚式を挙げ、女神の器を早々に満たす必要があるのです。このままでは民の命が危のうございます」
「それにしても急すぎる!」
「おまえは黙っておれ、ハロルド」
しわがれた声で老王が言った。
「むしろ遅すぎたくらいじゃ。いつまでもスカーレットに未練を残して情けない……お前も王族としての責務を果たすときが来たのじゃ。誇らしく思えよ」
「私はエリーゼ殿の気持ちの問題を言っているのです」
「所詮は身寄りのない異邦人ではないか。そもそもこの為に呼んだのであろう。余計な情をかけるでない。ハロルド、すぐに式の支度をせよ」
老王の淡々とした声にハロルドが言い返そうとする前に、王がぽんぽんと手を叩くと、衣装係たちが一斉に現れてハロルドに飛びついた。ちなみに王子の衣装係は全員屈強な男性たちだ。
「我ら衣装係一同、この晴れの日を待ち望んでおりました! さあ式まで時間がございません、御召物の準備を!」
「お衣装はほとんど出来上がっておりますので、後はサイズの微調整をさせていただきますわね!」
「殿下の生涯でもっとも美しく綺羅びやかに、しかし花嫁様の美しさを引き立てるような、そんな服を……」
「おい、待て! まだ私の話は終わっていない!」
王太子ハロルドの身は衣装係たちに引き摺られて、彼の言葉は空しく響くだけであった。
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