第23話 アスカの日記帳
アスカの生家、ゴトーの家にも本が数多くあった。目覚めてからこの家に連れてこられて最初のうちは、知らない家の他人の本棚を物色することに迷いがあったのだが、心身ともにゴトー邸に慣れてきたので、スカーレットはアスカの本棚を眺めた。
アスカは主人公が異世界に行って、王子様に溺愛されたり、元の世界の知識を持ち込んで天下無双の活躍をする空想娯楽小説が好きだったようだ。子供らしくて微笑ましいわ……と思いながら読み終わった本を棚に戻そうとした時。スカーレットは他の本とは異なる趣の冊子を見つけた。これは、ゴトー・アスカの日記帳のようだ。
スカーレットは日記を開こうか迷った。勝手に人の日記を読むなどはしたない。しかし、元の世界に帰る手がかりがない今、ゴトー・アスカとして生活するためにはアスカのことをもっとよく知る必要があるだろう。スカーレットは思い切って日記帳を開いた。
『◯月☓日 水色のパジャマを持ってきてほしかったのに、エリがピンクのパジャマを持ってきたことに腹が立って花瓶を投げてしまった。消えたい』
アスカの日記は、そんな文章から始まった。
『「転生したらスパダリ王子に溺愛されました」を読んだ。私も苦しいだけの治療なんて早く終わらせたら、死んで異世界に転生できたらいいのに』
『手術からまる1日眠っていた。こんな日にもパパとママは来ない。エリしか来ない』
『エリに、あんたなんかもうこなくていい パパとママに会いたいと言ってしまった エリは何も言わなかった。嫌われたかもしれない』
『病気になってごめんなさい。次に生まれ変わる時は、誰にも迷惑をかけない、もっと健康な体になりますように』
スカーレットは真顔でアスカの日記を読んだ。
一見すると、度の過ぎたわがままな女の子の日記だ。アスカの病気の辛さは、健康優良児だったスカーレットにはわかりかねるところがある。
しかし、苛立ちから、最愛の人を傷つける言葉をぶつけてしまうことには、スカーレットにも覚えがあった。
ハロルド。優しかった、スカーレットの幼馴染。
彼が権力争いの末に兄二人を殺したのならば、それを受け入れ、ともに地獄に堕ちる覚悟を決めるべきだった。王妃となるのなら、醜い権力争いも目の当たりにすると父から言い聞かされていたのに。
優しくて病弱で、いつも自分の後を追いかけてきていたハロルドの変化を受け入れきれずに、「誰が相手だろうと世継ぎを産むのが自分の役目」など、彼が傷つくような物言いをしてしまった。愛しているのに、どうしてあそこで冷淡な返事をしてしまったのだろう。
ハロルドに謝ること無く知らない世界に別人として生を受けてしまった。彼は今頃どうしているだろう……そこまで考えて、スカーレットは、はたと気がついた。
今まで自分のことで精一杯だったので思い至らなかったのだが。ひょっとすると、この身体の本来の持ち主であるアスカの魂は……フェトラ王国のスカーレット・バイルシュミットの身体の中に居るのではないだろうか。
そして、異世界で生まれ変わりたいという願いのとおりに、スカーレット・バイルシュミットとして何食わぬ顔でハロルドの寵愛を受け、次期王妃の座に居座っているのではないか?
「……そんなの、だめですわ!!」
アスカのことは気の毒に思う。この、戦争も飢餓もない平和な世界に生まれながら、消えてしまいたいとまで思い詰めた12歳の少女の心を思うとこちらまで悲しくなる。
けれど、だからといって自分の人生が奪われるのは看過できない……!
「早く、なんとかしなくては……!!」
無謀なこととは思いながら、スカーレットは家中のものをかき集めて、異世界召喚魔法の準備を始めた。
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