第14話 兄の訃報 初恋の人との再会
「ハロルド殿……落ち着いて聞いてくれ」
いつも陽気なトルキア皇帝の顔がこわばっている。只事ではない。ハロルドは身構えた。
「神聖フェトラ王国からの手紙が来た。君の兄、ニコラス王太子とモーガン第2王子がお亡くなりになったそうだ。ついては大至急帰国されよとのことだ」
皇帝は手紙をハロルドに見せながら言った。ハロルドも突然のことで驚いた。
「し、死因は……!?」
「書いていないのでわからないな。とにかく早く帰ったほうが良いだろう」
ハロルドは急いで荷物をまとめ、トルキアの家臣たちも帰国の舟を急いで用意してくれた。カシムはハロルドとの別離を残念がった。
「ハロルド、まさかこんな急な別れになるなんてな……お兄様たちのご冥福をお祈りする。落ち着いたらきっとまた来いよ」
「ああ、きっとまた会おう」
ハロルドは口ではそう言いながら、しばらくトルキアの地に足を踏み入れることはできないような気がしていた。
帰国して故国の地に降り立ったとき、ハロルドを迎え入れたのは、迎えに来た家臣たちの驚嘆の眼差しであった。
「ハ、ハロルド殿下であらせられますか!?」
「何を呆けているのだ。早く王宮へ向かうぞ」
ハロルドは王宮に行くまで気が気でなかったので気が付かなかったのだが、帰国したハロルドを見た臣民たちは、皆、彼の変わりように驚いていた。小さくて華奢だった身体は大きくすらりとしてしなやかな男らしい肉体になり、少女のように可憐だった顔立ちは、美しくも凛々しい青年の顔つきになっていた。
彼が帰国する少し前、人々は、トルキアに留学……ほとんど追放同然に追い出されたハロルドが王太子になることに不安の声を漏らしていた。しかし、ハロルドの姿を見て、人々の不安は期待へと変わった。あの美しく頼もしそうな王子が王位を継いでくれるなら、ニコラスとモーガンは死んで良かったのかもしれない。そんな声まであがっていた。
「ハロルド殿下がお戻りになられました!」
大急ぎで王宮に足を踏み入れたハロルドを待っていたのは、布を被った兄2人の遺体であった。
大神官ヨハネスと宰相バイルシュミットは沈痛な面持ちを浮かべていたが、顔をあげてハロルドを見ると慌てて膝をついた。
「これはこれは、ハロルド殿下……ご立派になられて……」バイルシュミットは嬉しそうにハロルドを見て言う。
「国王陛下はどちらだ?」
「悲しみのあまり臥せってしまわれまして……寝所にいらっしゃいます。お会いになりますか?」
「まずは兄上とのご挨拶が先だ」
ハロルドは兄の身体を覆っていた布をめくった。
二人は雷に撃たれたような酷い怪我をして、苦悶に満ちた表情で死んでいた。ハロルドは驚きながらも、二人の冥福を祈るために十字を切ってから、宰相に尋ねる。
「一体何があったんだ。どうして兄上たちはこんな惨い死に方を?」
「それが……」
宰相が言い淀み、代わりに大神官ヨハネスが重々しく言った。
「お二人は、女神の怒りを買ってしまったのではないかと思われます」
「女神の怒りだと……?」
「お二人は教会の前で亡くなっておられました。お二人は日課の祈りの時間を終えられたところでしたので、わたくしは自室に戻っていたのですが、その直後に突如黒雲が空に現れ、雷鳴と悲鳴が鳴り響き、あわてて声がした方を駆けつけてみれば……お許しください殿下。わたくしが駆けつけた時にはすでにお二人は事切れており、手の施しようがなかったのです」
ヨハネスは悲しそうに言ったが、その所作は少しばかり大仰なようにハロルドは思った。しかし、彼を責めるつもりはない。
大神官の説明が終わったところで宰相が言った。
「王族が神の怒りを買ったと知れては、王家の権威に関わります。国民たちには、兄上お二人は剣術の稽古中の不幸な事故死だったと知らせます。よろしいでしょうか?」
「……ああ、そうしてくれ」
神の怒りを買ったとあっては、兄たちがどんな非道を働いたのか、根も葉もない噂が流れることは明らかだった。
ハロルドは兄2人の遺体に再び布をかけてやり、女神が二人を赦してくれるように祈った。それから、父の顔を見に行った。
国王の錯乱ぶりはひどかった。久しぶりに相まみえた息子ハロルドに向かって「二人の兄を殺したのはお前じゃろう! この人殺しィ!」と叫んだかと思えば「ああ、頼む、許してくれセレスティーナ……!」とハロルドの亡母の名前を呼んだり、「わしはお主が王太子などと認めぬ!」とベッドのそばにあった置物を投げつけてきたりと、まるで話にならない。
「大丈夫でございますか、殿下」
流石に心配した宰相が、国王の寝所を出てから声をかけた。
「平気だ。父上もきっと悲しみのあまり気が動転しているだけだ。……兄上たちの葬儀の手はずは私が整えよう。宰相、大神官。力を貸してくれ」
「かしこまりました」「御意」
王太子と第2王子が亡くなり、国王があの有様では、ハロルドが王家を一人で担うほかはない。自分がしっかりしなければ……。
「殿下、まずはお休みになられてはいかがでしょう? その間に我々が殿下の公務の準備をしておきます」
宰相の言葉に、「休んでいる暇はない」と言いかけたハロルドだったが、トルキア皇帝やカシムから「ハロルド殿は根を詰めすぎるところがあるから意識して休息をとりなさい」と言われていたことを思い出した。
「わかった。では自室で休むとしよう。私の部屋の場所は変わっていないか」
「はい。掃除もさせております」
ハロルドはうなずくと、侍従を一人連れて自室へと向かった。数年離れていても、生まれ育ってきた王宮だ。部屋までの道は身体が覚えている。
「ハロルド様……?」
不意に、背後から女性の声がかかった。
ハロルドが振り向くと、侍女に付き添われた、美しい令嬢がいた。黒い喪服が白い肌に映えている。黒髪には見覚えのある髪飾りをつけていた。ハロルドがトルキアで買った、金細工に紅玉のついた髪飾りだ。
「……スカーレットなのか!?」
「はい! スカーレット・バイルシュミットでございます。ハロルド殿下……ご立派になられましたね」
「スカーレットは……美しくなったな。本当に」
かつては自分に目線を合わせるために膝を折っていたスカーレット。外で走り回って日に焼けていたスカーレット。そんな彼女が見下ろすほど小さくなり、陶器のような白い肌に化粧をほんのりとして、驚くほど美しくなっていた。
「お会いしとうございました」
「……私もだよ」
できることなら今すぐ抱きしめたいのを、ハロルドは堪えた。彼女は婚約者を喪ったのだ。兄の喪が開けるまでは粛々と過ごさねばなるまい。
二人はせっかくの再会を無邪気に喜べないまま、挨拶だけ済ませるとそそくさとすれ違ってしまったのだった。
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