第13話 過激派集団イェラルと故国フェトラ王国からの知らせ

 

「大丈夫だったか、ハロルド」

 自国民を落ち着かせてから、カシムはハロルドに声をかけた。恐怖で発作を起こしかけていたハロルドだが、護衛に薬湯を飲ませてもらって落ち着いていた。

「あぁ、大丈夫だ……しかしさっきの連中は一体?」

「自称『イェラルの民』……黒龍教の過激派集団だよ」

「イェラルの民……」

 聖地イェラルは、かつて女神ユーフェリアが黒龍に捧げられた聖地であり、トルキアとフェトラが長年この地を巡って争ってきた因縁の地である。

 しかしながらフェトラにもトルキアにも与しない流浪の第三の民族もこの地に暮らしており、それが事態を更に複雑にさせていた。

 真の神の使徒、聖地を我がものとする権利を主張し『イェラルの民』を名乗る彼等は、聖戦を掲げてたびたびトルキアやフェトラに、自他を顧みない突発的な攻撃を仕掛けてくる暴力的な集団であり、トルキアにとってもフェトラにとっても厄介な相手だった。

「君も気をつけろよハロルド。彼らにとっては、黒龍様を鎮めんと日々祈りを捧げる僕らも、ユーフェリアを崇め奉る君らも共通の敵なんだからな」

「聖地イェラルと地続きになっているトルキアは大変そうだが……フェトラには海を渡らないと入れない。心配いらないだろう」

「密航してくる可能性だってあるんだぜ」

「まさか……ところでカシム。黒龍といえば、前々から君に聞きたかったことがあるんだ」

 ハロルドは、カシムに真顔で尋ねる。

「……教えてほしいんだ。どうしてトルキア帝国は、黒龍を信仰しているんだ? あれは空で暴れ狂って人々を苦しめ、乙女ユーフェリアを喰らった悪神だろう」

「悪神だからこそ、さ。たっぷりの供え物をして祈って、どうぞ心穏やかにお過ごしください、お怒りになりませんようにと祈るんだよ。黒龍は言ってしまえば森羅万象そのもののシンボルだ。そんなのに刃向かおうなんてのが無理がある」

「しかし処女神ユーフェリアは黒龍から民を救ったぞ」

「そう、だから我々トルキアはユーフェリアのような悲しい犠牲者がもう出ることのないように、黒龍様に祈るのさ。……か弱い乙女が龍に食われてよかっただなんて思うわけ無いだろ!?」

 カシムの言葉にハロルドは安堵した。トルキアは、多くのフェトラ人が誤解しているような、悪魔信仰の国ではなかった。森羅万象の力を畏れ敬うからこその信仰なのだ。ならば根っこはフェトラの女神信仰と形は違えど徹底的な断絶はない。

「だが、イェラルの民は、人間の都合で黒龍本来の力を鎮めようとするなど傲慢だ、黒龍様本来のお力を振るっていただくのが人間の為だ、と本気で思っているらしい。だから神殿をわざと荒らしたり、供え物をめちゃくちゃにしたりもする」

「行動が矛盾していないか……?」

「矛盾だらけなのさ。何もかも。彼等だって人間だから、何とか対話できたらと思っているんだけど、どうにも話が通じなくて、正直そこだけ、僕も父も参っているんだ」

 とはいえ、聖地イェラルの民が直接ハロルドやカシムたちに何かしてくるということはなく、トルキアでの日々はあっという間に過ぎていった。ハロルドとカシムは15歳になっていた。トルキアの豊かな食事を摂り、多彩な学問を身に着けたハロルドは立派な青年になっていた。

「なあ、ハロルド。トルキアは良いところだろう」

 カシムは改めてハロルドに言う。

「……ああ。良いところだ」

「軍隊も強いことがわかっただろ」

「うん」

「だからハロルド。トルキアを攻めるなんて馬鹿な考えはよしたほうが良いって、君の父上に伝えてくれないか」

 カシムの言葉にハロルドは少し口ごもる。否定の意と受け取ったのか、カシムは言葉を続けた。

「戦争になってもトルキアはフェトラに負けない自信がある。けれど、それでもなんの得にもならない戦争は僕も父もやりたくない。それに、僕らは君が好きだハロルド。友人の国を攻撃するなんて辛い思いを僕にさせないでくれよ」

 カシムと争いたくない気持ちはハロルドも同じだった。ただ、自分に政治的な権限が与えられると思えなかったのだ。

 だが、無二の親友の願いを無下にはできない。

「ああ、わかった、カシム。私はトルキアと和平を結ぶために力を尽くそう。もっとも、第3王子の私にどこまでできるのか、わからないが……」

 二人が話しているところに、トルキアの家臣がやってきた。

「ハロルド様、皇帝陛下がお呼びです」

 何やら緊急のようで、家臣の顔には焦燥が浮かんでいた。

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