女神の器
第17話 聖女暗殺
スカーレット・バイルシュミットは、今日も王城にハロルド王太子を訪ねてきていた。
「お願い、一度でいいから殿下に会わせて!」
もうこれで何度目だろうか。
王城の門番二人はため息混じりに言う。
「ですから、王太子様はもうスカーレット様にはお目にかからないと仰っておられます」
「ハロルド様は一度決めたことは曲げないお方。諦めたほうがよろしいと思いますよ」
門番の目に浮かんでいるのは、侮蔑でも呆れでもなく、スカーレットへの憐憫だ。
スカーレットはため息を付き、今日のところはこれで帰ろうと決めて、城門に背を向ける。
「あっ、スカーレット〜!」
教会の方向から、馬車から降りたエリがスカーレットに手を振りながら歩いてきた。
「淑女が大声を出しながら手を振って走るものじゃないわよ、はしたない」
「あっ、ごめんなさい……ところで、朝のおつとめが終わってこれから休憩するんだけど、一緒にお茶のまない?」
「え……昨日の今日でよく誘おうと思ったわね……」
「いいじゃない、付き合ってくれたって! ちょうど話したいこともあったし。今の私ってスカーレットよりちょっと偉いんでしょ? 聖女命令ってことで、ね!」
「びっくりするほど図太いわね貴女!」
ほとんど強引にエリに誘われて、スカーレットは中庭のテラス席に座らされた。エリは侍女たちに下がるように頼み、スカーレットと二人きりになる。
神聖フェトラ王国は、食材の種類は少ないぶん、少ない材料で作る焼き菓子の研究は進んでいるようで、麦の出汁からつくるお茶に牛の乳を混ぜて飲んだり、小麦粉でできた菓子でお茶を嗜むのが、数少ない食の楽しみだった。
「スカーレットは、わたしが元の世界に帰るべきだってずっと言ってくれていたよね。それで、今朝ちょっと進展があったというか」
「進展? 聞いてあげようじゃない」
「私ね、ひとつ思い出したかもしれないことがあって。歳が離れた妹がいた……ような気がするんだ」
エリの言葉に、スカーレットはお茶を口に運んでいた手を止めた。
「私、正直、元の世界のこと忘れかけてて、帰れなくてもしょうがないかなって思いかけていたんだけど。歳の離れた妹が待っているなら、やっぱりその子が寂しがっているかもしれないって思ったの。せめて事情の説明くらいできたら良いなって」
「……妹の方ではそうは思ってないかもしれないわよ」
「どうしてそういうこと言うの!?」
スカーレットの冷淡な言葉にエリは声を上げる。
「……帰りたいと思うなら、あなた自身のために帰るべきだわ。誰かのため、とかじゃなくてね」
スカーレットは淡々と言った。
「それにね、世話される方はされる方でつらいのよ。何をやるにも誰かに迷惑をかけてしまう、そんな自分が嫌で嫌で仕方なくなって、消えてしまいと思うことだってあるのよ」
言いながら、スカーレットが遠い目をするので、エリは少し心配になった。
「スカーレット……?」
エリの声にスカーレットはハッと我に返り、またつんけんした態度に戻って言った。
「だから、人の世話を焼くのも程々にしなさい。あなたまだ高校生なんだから。もっと自分のことばっかり考えていていい年齢よ。何かこう、無いの? やりたいこととか」
「うーん……正直、やりたいこととかはよくわからないんだよね。もしあったとしても、自分のことを優先して、この国の人たちの病気や怪我を放っておけないよ」
昨日と今日、教会に殺到した人々のことをエリは思い返す。みんな、病気や怪我が癒やされて喜んでいた。自分の力で助かる人が大勢いるなら、彼らを放って帰るとはとても言えない。
「……私、あなた一人に負担を強いる『お勤め』には反対よ」
スカーレットは眉根を寄せて言った。
「誰か一人にの大きな犠牲の上に成り立つ民の幸せなんて歪んでいるわ」
「心配してくれてるの? ありがとう。でも、私は全然大丈夫だよ?」
「なっ、別に心配しているわけじゃ……あなた一人に任せっぱなしにしておいて、あなたに何かあったらどうするのと私は……っ、エリ!!退きなさい!!」
「えっ、何っ、きゃああああ!?」
急に、スカーレットが椅子に座っていたエリを突き飛ばした。
「いたたた……何するのスカーレッ、ト……?」
身体を起こしたエリが見たのは、捕虜となっていたトルキア人のこどもがスカーレットの脇腹にナイフを突き立てている光景だった。こどもの目は血走って、はぁはぁと荒い呼吸をしている。
「うっ……かはっ………」
ナイフが刺さった腹を押さえながら、スカーレットはどさりと地面に倒れてしまった。
「スカーレット!? スカーレット!! 誰か! 誰か来て!! 君、なんでこんなことしたのよ!!」
ぼんやりと自分の両手を見つめているトルキア人のこどもに、スカーレットは怒鳴った。トルキアの捕虜は憎しみのこもった目を向けている。
「……あたしは、お前を狙ったんだ。お前が消えれば、女神の器はいなくなる。そうすればフェトラはトルキアに戦争を仕掛けられなくなる」
「ハロルド殿下は、トルキアとは戦争したくないって言ってた! トルキア皇帝のカシム様だって戦争は望んでないって……!」
「フェトラの王族なんか信じないし、あの腑抜けの皇帝に任せてられない。神の使徒は皇帝にあらず。聖地イェラルに住まう我らこそが神の代弁者だ。」
「そんな……それにしたって、スカーレットは関係ない!」
「飛び出してきた、そいつが悪いんだ。お前を守ったせいだ。これもきっと、黒龍様の思し召しだ」
「わたしを……わたしのせい……?」
やがて衛兵たちが駆けつけ、その場は大騒ぎとなった。犯人の子どもは取り押さえられ、スカーレットは担架で運ばれようとしている。エリも立ち上がることができず、神官戦士のひとりに抱き抱えられて別室へと運ばれる。
視界の端に、ハロルドが、自分が運ばれる方向とは反対側から飛ぶように駆けつけてきて、スカーレットの乗った担架に駆け寄り「スカーレット!!」と彼女の名前を必死に叫ぶ姿が見えた。
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