第4話 宰相の娘 スカーレット

「あの、急にそんなこと言われても困ります!」

「何故です? ハロルド殿下は王国で一番美しく立派な殿方でございますよ。何の不満がありましょうか」

 心底驚いた顔でヨハネスさんが言う。

「いえ、美男だとかそういう問題じゃなくてですね」

「聖女様にハロルド殿下の花嫁となっていただくことが、女神ユーフェリアのお望みなのです」

「そんなこと……ハロルド殿下はそれでいいんですか?」

「……あ、ご覧ください。我らが中央教会の大聖堂が見えて参りましたよ」

「ちょっと!?」

 ヨハネスさんはもう答えてくれない。馬車は大きな教会……中央教会の前に停まった。

「うわ、すごい……!!」

 途中、馬車の中からも、薄青色の屋根に白い壁の立派な教会は見えたけど、近くに来ると更にすごい。首が痛くなるほど見上げても教会の頂が見えない。

 たぶん、私は前の世界でもこんなに立派な教会を見たことがない。

 そして中に入って驚いた。夢の中で、私とハロルド様が結婚式をあげた場所そのものだったからだ。

 夢の中では祭壇にヨハネスさんが立っていたから気が付かなかったけれど、その奥に、少女が縛られた十字架に絡み付く龍の像が立っている。あれが処女神ユーフェリアと黒龍か。

 祭壇の前には、二つの人影があった。赤いドレスを着た女の子……私と同じくらいの歳かな……は、熱心にお祈りしているのでこちらからだと後ろ姿しか見えない。けれどもう一人の口髭を生やした背の高い男性は、こちらを向いてにこりと微笑んだ。あの子のお父さんかな?

「……いらしていたのですか、宰相殿」

 ヨハネスさんが眉をひそめた。

「拝謁の機会はまた別途設けると司祭がお伝えしたはずですが?」

「失礼、一刻も早く、聖女様にお目にかかりたくてね。」

 そう言うと年配の男性はにっこりと微笑んでひざまずいた。

「お初にお目にかかります、聖女様。私は宰相、フェリクス・バイルシュミットでございます。こちらは私の娘でございます。……さあ、挨拶しなさいスカーレット」

 えっ……スカーレット……!?

 お祈りをしていた少女が、顔をあげてこっちを見る。……あの夢に出てきたスカーレットと同じだった。白い肌に黒い髪に琥珀色の目……とても綺麗な女の子だ。紅色のドレスが良く似合っている。スカーレットは優美な笑顔でドレスの裾をあげて挨拶してきた。

「ごきげんよう、聖女様。スカーレットと申します」

「は、はじめまして、エリーゼです!」

「エリーゼ、ね……」

 スカーレットは、私の名前を聞いて、何か考えるように目を伏せた。でもそれは一瞬のことで、彼女は父親に甘えるように言った。

「お父様、スカーレットは、聖女様と二人でお話がしてみたいわ! 同じくらいの年頃みたいだし……ねえ、良いでしょう?」

 スカーレットの言葉に、ヨハネスさんがムッとした表情になった。

「スカーレット嬢、聖女様はお疲れなのです。あまり無礼なことを仰ると……」

「ヨハネスさん、私もスカーレットさ……まとお話ししてみたいです!」

 ヨハネスさんは驚いたみたいだ。でも、今までずっと知らない男の人にばっかり囲まれてたんだもん!! 同い年くらいの女の子と話したって良いじゃない!!

「……エリーゼ様がおっしゃるなら仕方ありません。しかし、少しだけですよ」

 ヨハネスさんは渋い顔になり、ふと見ると、宰相は満足そうに笑っている。……宰相とヨハネスさんって仲悪いんだな。  

「応接室がありますので、よろしければお使いください。荷物は……ありませんでしたね。お茶でも運ばせましょうか?」

「そんなに長居はするつもりはないからよくってよ大神官殿」

 スカーレットは堂々と言った。自分より年上の男の人相手にすごいなぁ……。シスターさんの案内で、私とスカーレットは応接室にたどり着いたのだけど……。

「えっ、広っ!!  豪華~!!」

 青い絨毯が敷き詰められ、花柄の壁紙が張られた部屋は、立派なものだった。ソファに小洒落たテーブルなど、家具もどれも素敵だ。

 ……部屋にはしゃぐ私をスカーレットが無言で微笑んで見ていることに気がついた。

「あっ! す、すみません!どうぞ座ってください!」

 慌てて、部屋においてあったテーブルと椅子を指し示す。スカーレットはゆったりと腰かけて、シスターさんに、外で待っているようにと伝えた。……これで、二人っきりだ。

「はー疲れた……!! いやあ、本当に嬉しいです、知らない世界で同い年くらいの女の子がいてホッとしました!私、」

「ねえ。あなた、お名前は?」

 ……さっきまでの優美さが嘘のように鋭い声に私は固まった。表情も笑顔が消えて、真顔でじっと私を見つめている。

「あ、はい。あらためましてエリーゼと言います」

「……違うでしょう」

「えっ」

「ここに来る前の、あなたの本当の名前は、何?」

 そう言われて。私は、前の世界の名前を思い出すのに、ちょっと記憶をたどった。

「あ…………エリ。後藤エリです。」

「……そう。その名前を、忘れないようになさい。あなたは所詮異邦人。いずれ元の世界に帰る人なんだから。いいこと? この国にはちゃんとした医師がいるのです。病人や怪我人のことはそちらにお任せを。奇跡の力を安売りして、あまり出しゃばろうとしないことね」

「えっと、でもヨハネスさんが、以前の名前は使うなって……」

「ヨハネスね……あの男にチヤホヤされてるからって、あまり調子に乗らないほうが良くてよ」

 スカーレットはぴしゃりと言った。

「……さて、私はこれで失礼するわ。貴女も、自分の世界に帰ることをまず優先して考えること。いいわね? あなたは、ただ間違って異世界に召喚されてしまっただけの女の子なのだから」

 スカーレットはそう言うと、本当にお茶も飲まずに出ていってしまった。

 彼女の態度の変わりように、私は唖然として、バカみたいに座ったままスカーレットが去る姿を見送ったのだった。 

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