第5話 熱砂の国トルキア帝国
一方、神聖フェトラ王国から海を超えた、熱砂の国、トルキア帝国では。
青白い月に照らされて、白く輝くアビヤッド宮殿。その主である若き皇帝、カシムは、素晴らしい模様の絨毯が敷かれた自室に12人の妻たちを侍らせていた。12人の寵姫は、カシムにしなだれかかったり、楽器を奏でていたり、果物をつまみに酒を飲んでいたりと自由気ままに過ごしている。
カシムは、水煙草をふかしながら、テーブルの上に鎮座した水晶に映る風景を眺めている。そこには、敵国フェトラ王国の森で爆発的な魔力が放出される光景、ハロルド王子と神官戦士団、彼等に聖女と呼ばれる少女の姿が映っていた。
そこへ、国王の側近が急ぎ足で入ってきた。
「陛下、急ぎお耳に入れたきことが……」
「見ていた。フェトラ王国が魔女の召喚に成功したようだね」
微笑むカシムに、側近はがっくりと肩を落とした。
「陛下、お妃様の前で千里水晶のお力をお使いになるのはお控えくださいと……」
「後で女官を通して伝えさせるなんて手間なだけじゃないか」
「皇帝陛下、戦争になるのですか?」
まだあどけなさの残る第六王妃がカシムの膝の上で尋ねた。カシムは彼女の頭を撫でながら微笑む。
「すぐにどうこう、ということは無いさ。彼女は異世界からの来訪者らしいからね。まずは状況を説明して、というところだろう。フェトラの連中……特にヨハネスのジジイは、自分達に都合のいいことしか言わないだろうけど」
「どうしますか陛下、今のうちにあの女を殺しますか?」
元は暗殺者だった第四王妃――現在の彼女は小飼の暗殺集団を抱えている――が尋ねるのを、カシムはやんわりと止めた。
「それこそ戦争になるからやめようね。ただまあ、なんであれもっと彼女のことを知りたいところだな」
「あの子も、陛下の花嫁になられるのですか? だったら嬉しいなぁ」
そう言って、第十二王妃が器に乗った瑞々しい果実を指でつまみながら言う。
「十三王妃が入ってくれれば私より下っ端ができるもん。」
「ファティマ、果実を食べながらしゃべるのはお行儀が悪いですよ」
第十王妃にたしなめられて、第十二王妃ファティマは頬を膨らませた。
「ほらね、お説教されるのはいっつも新参の私! フェトラ女が後輩として入ってきたら思いっきりこき使ってやるんだから!」
いきまくファティマの頬に、カシムの美しい手が不意に触れた。
「そう怒らないで、ファティマ。美しい顔が勿体ない。それに君は下っ端なんかじゃないさ。みんな等しく愛しい僕の妻だ」
「まあ陛下……」
頬を染めるファティマににこりと微笑んでから、カシムは十二人の妻全員を見回して言った。
「あの少女を後宮に入れることはまだ考えていないよ。君たち十二人の妃が、今は一番大事だからね」
キラリと白い歯を見せて微笑むカシムに対し、十二人の寵姫の黄色い声が飛ぶ。
側近がわざとらしく咳払いをして、カシムに言った。
「陛下、お戯れはそれくらいになさいませ」
「……わかっているよ。皆、フェトラの魔女が召喚されたからには、僕は今宵、神殿に祈りを捧げ、今後のことを考えなくてはならない。今日は皆もうお休み。」
寵姫を下がらせると、カシムはふっと真顔になり、黒い衣を纏うと、側近を連れて神殿へと赴いた。
トルキア帝国の神殿には、人間の姿をした天使や神の偶像はない。あるのは、堂々とした体躯の黒龍の像だけである。
カシムを初めとした帝国の重鎮たちは今宵この像の前に集い、跪いて祈りを捧げた。
「我らが神、偉大なる黒龍様。どうか我等を御守りください……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます