第37話 災厄の白龍、来たる

 ユーフェリアだった龍は、大聖堂の天井をぶち破り、勢いよく天に駆け上った。ステンドグラスがグシャグシャに砕け散って降ってきて、皆は悲鳴をあげる。

「ガアアアアアアア!!」

 彼女の咆哮は国中に響き渡り、建物の壁はビリビリと震えた。空には暗雲が立ち込めて、ごろごろと雷鳴がなる。

『あっ、危ない! みんな伏せろ!』

 黒龍の言葉に皆が伏せた次の瞬間、空から降ってきた無数の雷が、穴が空いた大聖堂の天井から落ちてきて、あちこちで炎が上がった。

「みんな、早く逃げろ!」

「大聖堂の外へ、王宮を目指せ!」

 カシムとハロルドが、神官戦士団たちと協力して人々を避難させる。

「ユーフェリア、あんな姿になっちゃって……」

「アスカ様、今までの99回の転生の中で、ユーフェリア神が龍に変わったことはありまして?」

「ない、無いわよこんなの! 今までで一番まずいかも……!」

 女龍は口からも雷を吹き出して、王都を焼き尽くさんとしている。民家を焼け出されて、逃げ惑う人々の群れ。

『ぐ……ユー、フェリア……』

 黒龍のうめき声に、エリが振り向くと、黒龍が、浅い呼吸をしながら、大きな身体を縮めてうずくまっていた。

「大丈夫ですか、黒龍さん」

 エリは、祈りを込めて、黒龍の傷口に触れた。

 ユーフェリアに斬りつけられた傷はみるみるうちにふさがり、呼吸ももとに戻った。

『ああ、ありがとう……しかし、先程までのように、とはいかないな……いや、君の力不足などではない。ユーフェリアがこの地に戻ってきた上に、私の血を浴びて、強力な悪神となってしまった……こうなったのも、私の責任だ。私が、ユーフェリアに引導を渡してこよう。……そうだ、行く前に、君たち二人を元に戻さなくてはな。今すぐエリ殿とアスカ殿をニホンに……』

 そう言う黒龍の背を、エリはつかんだ。

『……??? 何をしているのだ、エリ殿』

「私も連れて行ってください」

 エリの言葉に、アスカは驚いて姉の腕を掴んだ。

「もういいよ、放っておこう! 早く逃げなくちゃ!」

『そのとおりだ。君たちをもうこれ以上巻き込むわけにはいかない』

「ここまで巻き込まれたらもう一緒ですよ」

「でも、エリが行ったところで無駄死にするだけよ!」

「……ううん。今の私には、ユーフェリアと戦えるだけの力があるの。身体に、力が漲ってくるのが、わかるんだ」

 エリの言葉に呼応したのかどうか。エリが言い終わると同時に、エリの身体が内側から煌々と輝き出した。

『おお、なんと……』

 全身が光り輝くエリは、まさに光そのもの。女神そのものであった。

「黒龍様。今、この地でユーフェリアを止められるのは私だけです。でも、私は空を飛べない。彼女のところへ、連れて行ってくれませんか?」

「や、やだ……! 行かないでよ、エリ! やっとあなたが助かる道が拓けたと思ったのに!」

 アスカは光り輝くエリの腕を掴んだ。エリは困ったように笑う。

「大丈夫だよ。絶対生きて帰って来るから」

「それで私はあなたに99回死なれてんのよ!!」

「……ごめんね」

「なんで? なんでそこまでしてこの国を守ろうと思うの? エリのことを生贄だとしか思ってなかった国よ!?」 

「うーん、フェトラ王国のためというよりは……ユーフェリアのためかな」

「は………?」

 予想外のエリの言葉に、アスカは固まってしまった。

「今のユーフェリアって、昔のアスカに似てるから放っておけなくて……」

「ハァ!? 何言ってんのよ! わたしあんな厄介な女神じゃないんですけど!?」

「さすがにこんな大災害は起こしてないけど、我儘言って癇癪起こすと地団駄踏んで髪掻き毟るところが……いや、冗談抜きで言うと、ユーフェリアを、このまま独りにできないのよ。だってただ力が強いだけの子どもだもの、あの子」

 エリの顔は、子どもに手を焼く面倒見のいい姉のようであり、すべてを包み込む女神のようでもあった。

「私も共に行こう。せいぜい、あなたの盾にくらいならなれるだろう」

 国民の避難を終えて戻ってきたハロルドが言ってきたので、エリは驚いた。

「……エリ殿、今まですまなかった。アスカ嬢の言う通り、私は君を道具のように使い捨てて国を守ろうとした。その報いが、今こうして返ってきたのだと思う。せめて、罪滅ぼしをさせて欲しい」

「えっ、でもハロルド様に何かあったら次の王様は……」

「その時はその時だ。それに、今ユーフェリアを止めなければ、どうせこの国はおしまいなのだろう? ならば、全力で止めるのが、王太子たる私のつとめだ」

「でも、スカーレットが……せっかく会えたのに……」

 心配するエリに対し、黙ってハロルドの言葉を聞いていたスカーレットは、ため息をついた。

「ハロルド殿下……貴方様は、やはり王には向いておられないかもしれませんね……」

「何を言うんだ急に」

「清廉すぎるのです。もっと狡猾で冷酷でないと、王になった時に心を病んでしまいそうで心配ですわ……そんな貴方様だからこそ、私は子供の頃からずっとお慕いしているのですけれどね」

「えっ……」 

「危なっかしくて仕方ありませんから、私が王妃になってあなたをお支えします。殿下、このスカーレットを、未亡人にしないでくださいませね」

 そう言って、スカーレットはハロルドの頬に優しく口づけた。

「ご武運を、お祈りいたしております」

「……ありがとう。君が待っていてくれるのなら、帰らないわけにはいかないな」

「お二人さん、お熱いところ悪いけど早く行くよ」

 突如、声をかけられて二人は飛び上がった。見ると、カシムが空飛ぶ絨毯に乗って準備万端と言ったていで待っていた。

「カシム、お前何してるんだ」

「僕は黒龍様の信徒だからね。まあ、一緒にいて援護射撃くらいなら、できるかと思って」

「お前……駄目だろう、それこそお前に万一何かあったらトルキアはどうなるんだ」

「僕は死にに行くんじゃない。無二の親友を助けるために一緒に行くんだ。」

 カシムは当然のように言った。

『正直、信徒が一人でもいてくれたほうが私も助かるが……』

「そうでしょう。みんなが生きて帰る可能性をあげるためだよ、ハロルド」

「……わかった、だが危なくなったら逃げろよ」

「じゃあ、行ってくるね。スカーレット様とアスカは、私達を待ってて」

 エリはそう言って……黒龍にだけ聞こえるようこっそり囁いた。

「……もしものことがあったら、アスカだけでも日本に帰してあげてくたさい」 



黒龍の背に乗って、ハロルドとエリは黒雲の中へ飛びこんだ。

雲の中では、白龍となったユーフェリアが荒れ狂って飛び回り、雷をめちゃくちゃに撃ち落としては笑っている。

「ユーフェリア神よ、どうかお鎮まりください!」

 ハロルドが叫ぶと白龍は振り返り、恐ろしい声で言った。

「去れ。わたしを受け入れてくれないお前のことなど、最早どうでもいい。私はすべてをめちゃくちゃにしてやる」

 白龍が、黒龍にむかって稲妻を吐き出す。カシムが、絨毯の上から黒龍にむかって速度強化の魔法を唱えると、黒龍の動きは速くなり、ユーフェリアの攻撃を避けた。

「ちっ……邪魔よ!!」

 ユーフェリアがカシムめがけて雷を吐き出す。彼の眼の前を雷光が駆け抜けた。

「うわああああ!」

「カシム!」

 カシムはバランスを崩し、絨毯から落下した。絨毯が、豪速で落下する主人を追って、地上へと走り降りていく。雲の下から先は、ハロルドたちには見えなかった。カシムの無事を祈るしか無い。

「ユーフェリア! あなた、失恋したらどうしたら良いのか知ってる!?」

 エリは、力いっぱい、白龍にむかって叫んだ。

「わたしを満たしてくれた恋心は砕け散ってしまったのよ! あとはもう、全部無茶苦茶にするしかないじゃない! みんな殺してわたしも死ぬ!」

「……やはり、私がユーフェリア神との結婚を承諾すれば、すべてうまくおさまるのだ。スカーレットのことは諦め……」

 ハロルドが諦めて言いかけるのを、エリは手で制した。

「知らないなら教えてあげる! 失恋したら、思いっきり泣きわめいて、友達に愚痴って、すっきりしたら自分の好きなことして遊んで、また新しい恋が見つかるまで待てばいいの!! あなたが破壊神になって自分のことまで殺す必要なんて無いの!!」

 エリの言葉に、荒れ狂っていた白龍の動きが止まった。

「そ、そんなの……今さら無理よ、私は神様で友達なんていないし、こんな姿になっちゃったし……」

「しょうがないな、友達なら私がなってあげる。器になった縁だもん、乗っ取られるのはごめんだけど話だけならいくらでも聞いてあげるよ。ユーフェリアの気が済むまで」

「本当に……? でも、私は……!」

 白龍の口がまたカッと開き、稲妻が口から飛び出した。もう、ユーフェリア自身にも、龍の力がコントロールしきれないようだ。

「ハロルド様、剣をお借りしてもいいですか」

「エリ殿、しかしこれは祭典用の剣ゆえ、攻撃力はあまり……」

「私の力を与えて、聖剣にします。この剣で……白い龍の鎧を斬って、ユーフェリアを掬い上げます。だいぶ荒療治だけど……手術みたいなものです」

 エリはハロルドから、宝石が散りばめられた剣を受け取る。エリが祈ると、剣もエリと同じように黄金色に輝き出し、形も変わって、巨大な剣となった。

「……じゃあ、行ってきます!」

「エ、エリ殿!」

 エリは黒龍の背を蹴って、宙に飛び出した。

 聖剣を握りしめ、白龍に向かって、跳んでいく。

「な、何をするのよ!!」

「ユーフェリア、ちょっとだけ、辛抱して……! 悪しき龍を、我が聖剣にて切り捨てる!!」

 エリが聖剣を白い龍に突き立てた。

 その瞬間、あたりが目もくらむような白い光に包まれ、一気に熱くなり…………。


 地上で待っていたアスカとスカーレットは、空の彼方で、何かが爆発するように、白い光が燃え上がるのを見た。その直後に、ドオオオオオン、と爆発音が空から響いた。

「ハロルド、様………」

「いやあああああ!! エリーーーー!!」

 スカーレットは呆然として空を見上げ、アスカは泣き崩れた。

「やだ、もうやだ、結局100回目も失敗だった……わたし、エリが一番大事だったのに、一番大好きだったのに……!」

「そう気を落とさないでよアスカ」

「無理よ、もうわたしやり直せない……おしまいだわ……」

「うん、もうやり直さなくても大丈夫だよ。だってほら、わたし帰ってきたじゃない」

 肩に手を置かれて、アスカは顔をあげた。

 そこには、エリが立っていた。背中に、子どもの姿をしたユーフェリアをおぶっている。

「…………エリ? 生きて、るの? 幽霊じゃない?」

「生きてる生きてる。大丈夫よ。白龍を斬って、爆発したところで黒龍様が急いでわたしを乗せて飛んで帰ってきてくれたの。ユーフェリアも白龍から引き剥がせたし、ハロルド様も無事。ついでにカシム様も絨毯がちゃんと捕まえたからお怪我はなし」

「………よ…………良かったあああああ!!」

 アスカはエリに抱きついて号泣した。

 スカーレットも、帰ってきたハロルドに抱きつき、カシムはその光景を微笑んで見届けたのだった。

 黒雲が晴れ、空に青が戻ってきた。 

 


 

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