最終話 さらば神聖フェトラ王国

 結婚式の大騒動の翌日、エリとアスカは、ハロルド王太子から王宮に招かれた。彼の傍らには、スカーレット・バイルシュミットもいる。

「エリ・ゴトー殿。アスカ・ゴトー殿。ふたりとも、本当によくぞ、神聖フェトラ王国を助けてくれた。感謝する。国民栄誉賞を授与し、表彰をしたいのだが」

 ハロルドの申し出に姉妹は首を振った。

「エリはともかく、あたしは本当に国民栄誉なんて受ける資格無いです……スカーレット様の身体は乗っとるわ、もうこの国放っといて帰ろうって言っちゃうわ……」

「わたしもそういうのは要らないですよ。ハロルド様のこと抹消しかけたし……」

 申し出を断られて困ってしまうハロルドに加勢するように、スカーレットが言う。

「そうおっしゃらずに。特にエリ様。本来なら、ユーフェリアに変わる女神として信仰の対象になってもおかしくありませんのに」

「女神といえば……エリ殿、早速で申し訳ないのだが、昨日の騒動で怪我人が大勢出ているんだ。奇跡の力を貸してもらえないだろうか」

「あ、いや……それが、その……」

 エリは言いにくそうに切り出した。

「どうやら、昨日の騒動で、『力』が私の中からすーっと消えてしまったみたいで……今の私はもう、何の力も持たない人間に戻ったみたいです。ごめんなさい、肝心な時に役に立てなくて……」

 謝るエリに、ハロルドは、首を横に振った。

「いや、良いんだ。もう、神頼みをしすぎるなという、我らへの戒めなのかもしれない。」

「もう、誰か1人を犠牲にして国を守ろうとするのはやめよう、とハロルド殿下とお話しましたのよ。私がアスカ様の国で学んだ、人による人のための『医療』を、すべての民に施せるように、これから力を尽くしてまいりますわ。……『女神の器』候補となって、傷ついた多くの人々にも、もちろん適切な療養を提供します」 

「幸い、トルキアから薬や物資が今続々と届いているからな。なんとかやっていけるだろう。……トルキアからの援助で助かれば、人々の彼の国への態度も軟化するだろう。正式に和平を結べる日も、遠くは無さそうだ」

 ハロルドは真顔ながらも、どこか明るさをにじませて言った。大変な状況ではあるが、希望が持てるのが嬉しいのだろう。

「……ついては、ユーフェリア神におかれては、恐れながら、この国から追放させていただくこととなった」

 ハロルドは、エリの後ろにぴったり隠れてついてきたユーフェリア神に向かって、言った。

「私利私欲の為にこの国を蹂躙し、スカーレットを抹殺しようとしたあなたを、主神として認めるわけにはいかなくなった……国民たちには後日正式に発表する。その前にひっそりと出ていかれるが良かろう」

 小さなユーフェリアは、エリの影に隠れて黙ってうなずいた。昨日さんざん暴れまわった彼女には、もう抵抗する意志は無いようだった。

「エリ様、本当によろしいのですか? ユーフェリア様をお任せして……」

「大丈夫ですよ。ワガママはアスカで散々慣れてますから」

「もう、またそんなこと言って!」

 ぷりぷり怒るアスカにユーフェリアは両手を広げて立ちふさがった。

「……エリは、私の友達よ。彼女を怒るなら、近付かないで」

「ハァ!? 私は妹なんですけど!」

「まぁまぁ……」

 3人のやり取りを見て、スカーレットとハロルドは思わず笑ってしまった。そんな二人を見て、エリも微笑む。

「本当に、お二人はお似合いですね。……ハロルド様、もう二度とスカーレット様を離しちゃ駄目ですよ」

「……ああ。わかっている。ありがとう、エリ殿。本当に私はあなたにひどいことをしてしまったというのに……」

「でも、私……日本を離れてここに召喚されて、良かったと思っています。アスカと離れてみて……いや、本当はずっとそばにいたんだけれど……とにかく、一度アスカと離れたことで、本当は妹のことが大好きなんだって、気がつくことができたから」

 エリの言葉にスカーレットがうなずいた。

「それじゃあ、お二人ともお幸せに! さようなら、お世話になりました!」

 エリは頭を下げると、アスカとユーフェリアを連れて、外へと出た。

 空から黒龍が降りてきて、3人の眼の前に立った。

『それでは、エリとアスカを元の世界へ戻し……ユーフェリアを、人間としてニホンに転生させる。この騒動への詫びとして、君たちが私に願うことは、アスカの病気をすべて治すこと、で良かったね?』

「はい、そのとおりです。お願いします」

『本当にそれだけで良かったのか? 君たちが望めば金銀財宝も与えようと思ったのだが』

「いいんです。アスカの病気が治ることが、私の心からの望みでした……これは、妹思いだから、とかではなくて、私のためでもあるんです。アスカが健康に生きられるなら、私は自由に生きられる」

『……よし、わかった。願いを聞き入れよう。ゴトー・アスカの病よ失せよ、そしてあるべき二人はあるべき場所へ、女神は神の地位から降り、人間として新たに産まれ給え……』

 黒龍が言葉を唱えると、3人の身体が透明になっていく。2018年の日本へ、帰ろうとしているのだ。

 ユーフェリアはずっと無言だったが、消える間際になって、黒龍に言った。

「………今までずっと、あなたのこと嫌いだったけど。感謝はするわよ。今まで、ありがとう。永遠にさようなら」



 

  ※  ※  ※

「………エリ! アスカ!」

 絵里と明日香の2人は、同じ病室で隣同士のベッドで目を覚ました。両親がちょうど、病院に駆け込んできたところだった。

「パパ、ママ! ただいま!」

 絵里と明日香は駆け寄ってきた両親と抱き合った。

 その後、明日香の主治医は、首を傾げながら、明日香の身体が全快して持病も消えてしまったことを告げた。明日香はすぐに退院。絵里は、交通事故の怪我が回復を待って退院することになった。

「しまった、ついでに私の事故の怪我も治しといてってお願いしとけばよかったな……」

「そういうところウッカリしてるわよね、エリって……」

 絵里が、見舞いに来た明日香と話していると、病室のドアを誰かがノックする音が聞こえた。

 何気なく、どうぞ、と返事をすると、入ってきたのは看護師でも高校の友人でもなく、小学生らしき女の子だった。

「えっ………もしかして、ユーフェリア!? うわー面影あるね!?」

「思ったより元気そうね、エリ……」

 小さなユーフェリア……今はユリと名乗っているらしい……は、椅子を運ぶと、エリのそばにちょこんと座った。

「約束、おぼえてるでしょ。いくらでも話を聞いてくれるって」

「覚えてるよ。……良かった、ちゃんと約束守れそうで。入院してる間は、ゆっくり話聞けそうだから」

「……? 退院したら、どうするの?」

「あー、実は……退院したらね、やりたいことがあって……」

 それから、絵里はユリの失恋の愚痴を聞きながら、自分がやってみたいことを語った。

 そんな姉の様子を見て、明日香も嬉しくなったのだった。

「……あれっ、ユリが通うことになる学校って明日香と一緒のとこじゃない!? しかも同学年!」

「え!? 嘘でしょ!?」

 ――人間に転生したユーフェリアが、後藤明日香のクラスに転校し、新たな事件を引き起こすことになるのだが、それはまた、別のお話。


 

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【完結】女神の器〜異世界召喚聖女は悪役令嬢と仲良くなりたい! 藤ともみ @fuji_T0m0m1

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