第36話 ユーフェリアの天降
同じ頃、大聖堂では、エリの身体が光り輝き、その眩しさに皆が目を覆った。
「エリ……!?」
アスカが眩しさに一瞬顔を覆い、目を開けると、エリの隣に白く薄い衣をまとった見知らぬ少女がいた。10歳くらいの子供である。栗色の巻き髪に、星空のような藍色の瞳が愛らしい美少女だった。
腕で顔を覆った時、アスカは、自分の手の色が半透明から元に戻っていることに気がついたが、それよりも突然現れた少女に驚いた。
「えっ、誰……?」
「ハロルド!」
少女は他の者たちには目もくれず、ハロルドの元に駆け寄った。
「ハロルド、ハロルド、生きてる!? 大丈夫!?」
「君は一体……」
抱きついてくる少女にハロルドは困惑する。
小さな少女を見て、黒龍が言った。
『彼女が、処女神ユーフェリアだ』
「なんと……」
ハロルドは困惑して、自分の腰にしがみつく少女を見下ろした。こどもの姿だと引き剥がすのが躊躇われた。
『ユーフェリアひとりで実体化するとは……一体なにがあったんだ……』
「う、うーん……」
そうこうしているうちにエリがもぞもぞと動いて、起き上がった。
「エリ! 大丈夫?」
アスカが助け起こすと、エリは微笑んだ。
「……アスカ。やっと思い出したよ。ぜんぶ。」
「エリ……!」
アスカは口を両手で覆った。目からぼろぼろ涙が溢れて止まらない。
「エリ、ごめん。ごめんね。わたしずっとワガママばっかりで、甘えたで、ずっとひどいこと沢山してた! 本当にごめんなさい」
泣きながら謝るアスカに、エリは少し目を丸くする。
「……成長したんだね、アスカ」
「……うん、ここに来て100ヶ月経ったからね」
「そっかぁ。ずっと、私が……自分がぼろぼろになっても守らなきゃいけないと思ってたのに……」
エリも目を潤ませて微笑み……ふとスカーレットの姿を目に止めた。
「あれっ、スカーレットもいる。中身はもしかして……」
エリの言葉に、スカーレットが丁寧にお辞儀をする。
「理由あって、妹君の大切なお身体をお借りしておりました、スカーレット・バイルシュミットでございます。ゴトー・エリさま、ゴトー・アスカさま。此度は大変なご迷惑をおかけしましたこと、心から申し訳なく……」
スカーレットが挨拶を始めたところで、ユーフェリアがハロルドの手を引き、ものすごい剣幕でエリに詰め寄ってきた。
「ちょっと! 何ぜんぶ解決しましたみたいな顔してんのよ!? お前、自分が何しようとしたかわかってるの!?」
「はい、全部の問題を解決するために、ハロルド殿下をこの世に産まれてくる前に抹消しようとしました」
「え!?!?」
自らの命が知らぬ間に消失の危機にさらされていたことを突然知るハロルド。
「そうなのよ、ハロルド。エリ、お前、おとなしそうな顔してとんでもないクソガキだわ!!」
「その言葉そっくりそのままお返しするけど……」
エリの言葉にユーフェリアは癇癪を起こして髪をかきむしる。
「それにしても随分都合がいいのね! アスカとやら。こいつ、いかにも良い姉です、みたいな顔して、あんたのこと消しかけたのよ。自分の人生のためにね。それでもいいの? 助ける価値なかったんじゃない!?」
「……そうね。何度私がこの世からいなくなればいいと思ったかわからないわ」
アスカが思いの外冷静に返してきたので、ユーフェリアはたじろいだ。妹の言葉に、エリも驚いて目を見開く。
「自分の病気のせいで家族に迷惑をかけていることは、よ〜〜〜〜くわかってたわよ。忙しいパパとママのかわりに、エリは放課後の部活も遊びも、何なら塾だって我慢してた。エリは元気なんだから、私の世話がなければ普通に楽しい生活を送れているはずだったのに。私が生きてるだけで迷惑がかかるんだ。そしたら……甲斐甲斐しく世話をしてるエリになんだか無性にイライラして、無茶苦茶なワガママいって八つ当たりしてたのよ」
「アスカ……そんなこと考えてたの……?」
エリのほうが驚いて呆然としていた。
「だから、この世界では私がエリを助けたかった。エリが助かったなら、私は、もうどうなっても良い。私は、今までそれだけのことをしてもらったから」
「アスカ、それは違う、違うよ」
ユーフェリアはイライラして聞いておらず、怒りで美しい顔が鬼のようになっていた。
「もっと早く話してればよかった……家族だから何でも伝わってるって思っていたけど、全然そんなことなかったね。ちゃんと言葉にしなきゃ駄目だったんだね」
エリがアスカに言ったその言葉が、ユーフェリアの耳に、妙に響いた。
「伝わってると思っても、ちゃんと言葉で……」
ユーフェリアはハロルドの前に進み出た。そうだ、自分はまだハロルドにきちんと思いを伝えていなかったのでは無いか。ならば、きちんと教えて、ハロルドにわからせてあげねばなるまい。
高鳴る鼓動を押さえつけるように、胸の上に両手を重ねて、愛しい人を見上げる。ハロルドの金髪が、青い目が、ユーフェリアを見下ろす。
「ハロルド、私、あなたが大好き。私が全力で尽くして加護をあげるから、スカーレットのことは捨て置いて私と結ばれなさい!」
「お断りします」
秒殺であった。
「どうして!? 何がいけないの!? あ、見た目が子供っぽすぎるなら大人の姿にだってなれるわよ、ほら!」
ユーフェリアがそう言うと、幼き少女の姿はあっという間に豊満な身体の美女になった。
だが、ハロルドはそれをおぞましいものを見るような目で見ているだけだ。
「私が愛しているのはスカーレットだけなのです。そもそも、これだけの勝手をしておいて加護をあげるから伴侶になれというのは虫が良すぎるのではありませんか? 神が人間の男に現を抜かして我儘に振る舞うなど勝手すぎる。自分の立場を弁えなさいませ。私はもうこれ以上、赤子の頃から信仰していた神の見苦しいところを見たくはありません」
どこまでも冷徹な返事にユーフェリアはへたりと膝をついた。その様子に、カシムがハロルドを小突いて小声で言う。
「ハロルド、ちょっと言いすぎ」
「えっ」
打ちひしがれた様子のユーフェリアに、黒龍は静かに声をかけた。
『……ユーフェリア、諦めて帰ろう。このままでは、君は女神としての品位を保てなくなる』
黒龍の慰めるような声に、ユーフェリアはわなわなと震えた。
「……なんで」
『ん?』
「なんで私は恋のひとつも我慢しないといけないの!? 黒龍は私を食い散らかして無理やり神にしてそばにおいても、何も言われないのに! どうしてちゃんと相手の言葉を聞いている私がこんなに責められなきゃいけないの! なりたくて神様になったわけじゃないのに!」
そう喚くと、ユーフェリアはいきなり近くにいた神官戦士の腰の鞘から剣を奪い、あっという間に黒龍に振り上げる。
『何を――!?』
一同が止める間もなく、ユーフェリアは黒龍に斬りつけ、全身に返り血を浴びた。
「そんなに神様らしくしてほしいなら、なってやるわよ! 強大な神になって、この国の人間を皆殺しにしてやる!」
呪いの言葉を吐きながら、黒龍の血を浴びたユーフェリアの身体は変化していく。滑らかな白い肌に白銀の鎧のような鱗が生え、口は裂け、瞳は緑色に変わり……。
「……ガアアアアアアア!!」
雷鳴のような吠え声が響く。
ユーフェリアは白く悪しき龍に変化した。
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