第2話 奇跡の力
「貴女には色々と説明が必要だと思うが、ここで立ち話というわけにもいかないだろう。森の入り口に馬車を止めてあるのだが……」
と、ハロルド王子が言いかけたところで。
突然、彼らの後ろの繁みがガサガサっと大きな音を立てたかと思うと、黒い影が飛び出してきた。それが、後方に控えていた神官戦士のひとりの喉笛に噛みつくまでは一瞬だった。
「あっ……!!」
悲鳴も出せず、私がかろうじて声を出せたころには2~3人の戦士が倒れていた。
それは、真っ黒い、女の幽霊のような怪物だった。
「ウア……アアアァ、アアーー!!」
絶叫して、私たちのほうに飛びかかってくる。長い腕を振りかぶって、ハロルド王子の首に掴みかかろうとするのが、何故かスローモーションに見えた。
「殿下! お下がりください!」
ハロルド王子を、団長さんが突き飛ばした。ハロルド王子は私のすぐそばの地面に手をつき、さっと体勢を立て直し、私を背後に庇ってくれた。
獣はそのまま、先ほどまでハロルド王子が立っていた場所に現れた団長さんを狙う。
「この、『成り損ない』め……はあああっ!!」
団長さんが雄叫びをあげる。
力強い太刀筋で、『成り損ない』、と呼ばれる怪物を一閃。
女の胴体は真っ二つに裂かれ、どす黒い鮮血が辺りに飛び散った。
「お怪我はございませんか、殿下」
「私は大丈夫だ。それより戦士たちの手当てを。……立てるか、聖女殿」
そう言いながらハロルド王子が私に手を差し伸べてくれて、はじめて私は自分が腰をぬかしてしゃがみこんでいたことに気がついた。何とか引っ張ってもらって、立ち上がる。
「では、こちらに」
ハロルド王子は短く言うと、私の手をひいてずんずんと歩き、怪物に噛まれて喉元が血塗れになって倒れている戦士の人たちの前に連れてきた。ハロルド王子が座り込んで彼等の様子を見ているので、私も一緒にしゃがみこむ。……ひどい怪我だ。見ているだけで、私のほうがくらくら目眩がしそうになる。
「は、早くお医者さんを」
「あなたが伝説の聖女なら、この者たちの怪我を治せるはすだ」
「えっ」
そんな無茶な。私はお医者さんじゃないし魔法使いでもない。
「ど、どうしたら……」
「本物の聖女ならば、言われずとも方法を心得ておられるはず。……治せないと言うのならば、偽者としてここで斬り捨てるまでだ」
ハロルド王子が腰に提げている剣を撫でる。冗談で言ってるんじゃない。この人は、本気だ。
「殿下、か弱い少女に対してそれはあまりに惨うございます。偽者だとしても、まずは話を」
団長さんがなだめるのをハロルド王子はぴしゃりと撥ねつける。
「控えろ。万一偽者の聖女を招き入れてしまったら、国家の存亡にも関わるのだぞ」
ど、どうしよう……私、聖女の力なんて……!!
頭が真っ白になりかけていると、ふと、自分の服の袖が引っ張られる感触を覚えた。
見ると、怪我をした男性が、まっすぐに私を見つめている。ひどい怪我だけれど、瞳だけは爛々と輝いている。震える唇で、ほとんど声も出ないようだったけれど
「た す け て」
と、彼がそう言うのが確かに私に聞こえた。
……自分の心配なんて、している場合じゃない。目の前のこの人を、死なせちゃ駄目だ。
やり方なんてわからないけど、神様仏様誰でもいいから、私にこの人を助ける力をください……!!何とか!!
『願いを、聞きましたよ』
誰かの声が聞こえた気がした。
何だか、両手が暖かい。見ると、自分の手が白く光輝いているように見えた。
両手を、血塗れの喉元にかざす。不思議なことに、ヒューヒュー言っていた彼の呼吸が、穏やかなものに変わっていった。
「何か拭くものはありますか」
尋ねると、団長さんが白いレースのハンカチを差し出してくれたので、彼の喉元を拭いてみると、思った通り、傷は綺麗に塞がっていた。
「……具合はどうですか?」
怪我をしていた男の人は、自分の喉を触り、自分の手を広げて見つめたりしている。
「なんと……ありがとうございます、聖女様!!」
「………よかった」
よかった。本当によかった。元気になった彼の姿にほっとした。
「こちらもお願いします!」
言われて、はっと我にかえった。そうだ、怪我人は彼ひとりではなかったのだ。
同じように、白く輝く両手をかざせば、同じようにみんなの怪我はたちまち治った。意識もみんなはっきりしている。
奇跡だ、とみんなが口々に言うのを、私自身も信じられない気持ちで、どこか他人事のように聞いていた。
「……どうやら貴女は本物の『女神の器』のようだ。無礼な真似をしてすまなかった」
ハロルド王子が謝罪してくれたけど、私にはもうどうでも良かった。すごい。この力があれば、あの子の病気も治せるかもしれない……!!
ハロルド王子に振り向いて、私は言った。
「あのっ、もう怪我はみんな治りましたよね!? 私、今すぐ帰りたいんです! 治してあげたい人がいて」
「それは…………」
ハロルド王子の生真面目そうな顔が曇った。先ほどまで喜んでいた人々も、みんな黙りこんでしまった。
「……森の入口に馬車を停めてある。詳しくは車内でお話ししよう」
ハロルド王子がそう言うと、神官戦士団たちが動き出した。彼等に守られながら、私はハロルド王子の隣を歩く形で、森の入口に向かって歩いた。
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