第1章 聖女エリーゼ、召喚
第1話 はじまりの場所
――ばちがあたって死んだんだ、と真っ先に思った。
死ぬ間際の夢にしては妙だなと思って、ぼんやりと目を開ける。私は、助かったのだろうか。
身体を起こして辺りを見回すと、そこは繁華街の横断歩道……ではなく。何か黒いザラザラしたものの上に座って緑の生い茂る森の中だった。私が倒れていたのはアスファルトの道路ではなく、柔らかい土の上。見上げた先には、立ち並ぶ商業ビルは1つもなかった。
梢の向こうには澄み渡るような青空が広がっている。そこに飛んでいたのは……鳥ではなく、大きなドラゴンだった。ファンタジー映画で見たそのままの黒いドラゴンが、私の頭上を悠々と飛んでいる。……おかしい。放課後の街を友達と歩いていたはずなのに。
今日は、期末テスト最終日だったから学校が早く終わって。私がいつものようにまっすぐ病院に行こうとするのを、友達が「たまには息抜きに一緒に遊ぼうよ」と誘ってくれた。久しぶりのカラオケやショッピングはすごくすごく楽しくて、その間はあの子の事を忘れていた。
病院から、あの子の容態が急変したと連絡が来て、慌てて病院へ向かう途中の横断歩道で車にはねられて、それで……。
「おや、どうしたのかねお嬢さん」
しわがれた声で呼び掛けられて、私は振り向いた。全身を黒い布でおおった、絵本に出てくる魔法使いのような格好のおばあさんだった。顔はよく見えず、袖から出ている手は皺だらけで浅黒い。
「あの、すみません! ここはどこですか!? 私、大東亞病院に急いでいかなくちゃ行けないんですけど……!」
さっき見たドラゴンはきっと夢だったんだ。見なかったことにしようと思った。
「ダイトーアビョーイン……? ここはシエンナ森の中じゃよ。道に迷ってしまったのかい? ここらじゃ見かけない格好だねえ……」
私からするとおばあさんのほうが変わった格好のような気がするけど……それに今、シエンナ森って言った? 聞いたこともない場所だ。
「私、死んじゃったんですか……?ここは、天国?」
私が訊いてみても、おばあさんは困惑するばかりだった。私を心配そうに見ていたおばあさんが、何かに気がついたように、はたと動きを止める。
「お嬢ちゃん、あんたまさか……」
「え……?」
どうしたんですか、と聞こうとしたまさにその時。
繁みの向こうから、たくさんの足音と、男の人達の声が聞こえてきた。
「こっちだ!」
「急げ!」
「くそ、なんでこんな森の奥で……」
そんな声が聞こえてくる。おばあさんはその声と足音を聞くと、フードを更に深くかぶって、私に言った。
「……お嬢さん、あたしは行くよ。後のことはこれから来る男たち、神官戦士たちに聞けば悪いようにはしないはずさ」
「えっ、ちょっと待ってください! おばあちゃんもいっしょにいてくれませんか?」
「……いいや、あたしと一緒にいる方がまずいのさ。大丈夫、神官戦士はあんたを丁重に扱うはずだ。それだけは約束できるよ……では、元気でな、聖女様」
「えっ、聖女様って何――」
私が質問している間に、急におばあさんを囲むようにもくもくと煙が立ち込めた。煙が晴れると、おばあさんは消えていなくなっており、かわりに、お伽噺や昔話に出てくるような、西洋甲冑を見にまとった集団が繁みを抜けて現れた。
「いらしたぞ!」
「あの鳶色の髪と瞳の御方か!」
甲冑軍団が足並み揃えてこちらに向かってくる。彼らは私の前でピタッと動きを止め、一斉に跪いて頭を垂れてきた。……えっ、これって私に!?
「えっ、な、何ですか……!?」
集団のリーダーらしき人が、跪いたまま顔を上げて、ハキハキとした大きい声で言う。
「お待ちしておりました。我等は神聖フェトラ王国国立教会、第一神官戦士団でございます。異世界から来たりし聖女よ、よくぞ召喚に応じてくださいました!」
満面の笑みで、彼は言った。
「へ…………………?」
言葉は、私には一応日本語に聞こえるのに、言われている言葉の意味がまったくわからない。
「あの、なんのことですか……?」
「……団長。彼女にとって、ここはまったく未知の異世界なのだ。いきなり色々言われても混乱してしまうだろう」
ハキハキしながらしゃべっていた団長さんの隣で跪いていた人が立ち上がる。
立ち上がった人物はゆっくりと兜を脱いだ。
こぼれ落ちる金髪、白い肌。彫刻のような整った顔立ちに、切れ長の青い瞳。絶世の美男がそこにいた。さっきの夢に出てきた王子様にそっくりで、私は驚いてしまった。
「私は、神聖フェトラ王国第一王子、ハロルドだ。お会いできて光栄だ、聖女殿。」
名前まで夢に出てきた人と一緒だ。こんな偶然があるのだろうか。
「あなた、夢に出てきた……」
「はっ?」
思わず口に出してしまった言葉に、ハロルド王子が怪訝そうな顔をした。
「すっ、すみません! なんでもないです!」
頭のおかしい奴だと思われる。そう思っていたけれど、神官戦士団の反応は意外なものだった。
「ほう、未来予知の能力をお持ちなのか!?」
「なるほどさすがは女神の器たる聖女だ」
なんだか妙に持ち上げられてしまって、それはそれで私は慌てる。
「いえ、今のは本当に何でもないんです、気にしないでください!」
そんな私に団長さんは快活に笑う。
「いやいや、しかし夢の中で、すでにお二人はお会いになっていたとは、ロマンチックなお話ではありませんか。幸先がよくて何より!」
「団長、あまり騒ぎたてるな。聖女殿も困惑するだろう」
笑顔の団長さんとは対照的に、ハロルド王子は夢に出てきた通りの仏頂面だった。
氷のように冷たい目と声だ。ハロルド王子の美しすぎる美貌には、心ときめくというよりも、綺麗な絵や彫刻を見て感心するような気持ちを抱いてしまって、美しさになんだかそら恐ろしさを感じてしまった。
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