【完結】女神の器〜異世界召喚聖女は悪役令嬢と仲良くなりたい!
藤ともみ
プロローグ
ゴーン……ゴーン……
神聖フェトラ王国の大聖堂の鐘がなる。祝福の鐘の音が、国中に響き渡った。この日の天気は、どんよりとした曇り空だった。
祭壇の前には、私と、王太子ハロルド殿下が向かい合って立ち、間に大神官のヨハネスさんが立っていた。
私は真っ白なシルクに金糸の刺繍と青い宝石がほどこされたウェディングドレスを着て、ヴェールを顔に被っている。ハロルド殿下は、白地に金の刺繍に赤い宝石が散りばめられた婚礼衣装だ。そう、今日は私とハロルド様の結婚式なのだ。
大聖堂には大勢の招待客がずらりと座っているけれど、皆は険しい顔で私達をじいっと見つめている。祝福している、という感じはしなくて、ただただこの式がつつが無く終わることをひたすら祈っているような……そんな真剣な面持ちだ。
ハロルド様の表情も固い。輝く金髪に空色の瞳をした、王国で一番美しい彼の顔に、結婚の喜びは感じられない。私は……どんな顔をしているだろうか。
かつて彼は言った。王族は自分の幸せのために結婚するのではない。国のために、民の幸福のためになる婚姻を結ぶことが務めなのだと。……やはり、この結婚には、彼の幸せは無いのだろうか。異世界からこの国にやってきて聖女にまつり上げられた私の幸せも、どこにあるのかわからない。
ただ、ハロルド殿下のことを、わたしは嫌いではなかった。氷のような冷たい美貌には惚れ込むことはしなかったけれど、冷徹だと誤解されるほど不器用で、実直すぎる彼の力になりたいと思った。
「……私、フェトラ王国第一王子、ハロルドは、聖女エリーゼを妻とすることを、我らが女神に誓います」
相変わらず生真面目な顔と声で、ハロルド殿下は宣誓した。
私の口は、私の意思とは関係なく、誓いの言葉をするすると紡ぐ。
「わたくし、聖女エリーゼは、第1王子ハロルド様の妻となることを誓います。そしてこの身は神の御前に……」
言葉を続けようとしたその時。突然、大聖堂の扉が勢いよく開かれた。招待客が驚いて、一斉に扉の方を振り返る。
開いた扉の先には、真っ赤なドレスを着た黒髪の綺麗な女の子が立っていた。息をきらし、肩が上下に揺れている。
ドレスを着た令嬢が、走ってきた? 自らの足で? そんなこと、普通はありえない。
「エリ!!」
逆光になっていて顔はよくわからなかったけど。私を呼ぶ令嬢……スカーレットの声は悲壮感に満ちていた。
スカーレット・バイルシュミット。彼女は宰相バイルシュミットの愛娘で、ハロルド殿下の元婚約者だ。
そう、私が彼女の立場を奪ったのだ。望んでしたことではなかったとは言え、私を恨んで当然だ。
「お控えください、スカーレット様……!!」
大勢の神官戦士がスカーレットを取り押さえた。まるで罪人のように、体を押さえつけられた彼女は、怒りで目に涙を滲ませて、ハロルドと大神官を睨んでいる。
「ハロルド様……!! 私は、絶対にあなたを赦さない!! こんなことをしてただじゃすまないわ! 地獄に落ちるわよ!!」
恨みつらみが募った罵声を浴びせるスカーレットを、神官戦士たちは更に強く取り押さえた。
やめて。スカーレットをそんなに力強く抑え込まないで。痛いことはしないで。彼女は何も悪くない。
言いたいことは山ほどあるのに私の口は何故か思うように動かない。
代わりに、大神官のヨハネスが大仰に声を上げた。
「おぉ、おぉ、なんと憐れなスカーレット様。王太子様への恋に狂ってしまわれたのですね。しかし、この国のための聖なる結婚式を邪魔することは、何人たりとも許すことはできませぬ。スカーレット嬢をお連れしなさい」
「ヨハネス……!! あなた、よくも……!!」
「やめなさいスカーレット」
客席の中から、彼女を厳しくたしなめる声が聞こえた。彼女の父、バイルシュミット宰相だ。
「でも、お父様!!」
「見損なったぞスカーレット。お前が人前でこのような醜態を晒す愚かな娘だとは思わなかった。私の顔に泥を塗りたいのか?」
「違うわ! でも、こんなこと……お父様も黙って見過ごしていいのですか!? ハロルド殿下も、良心が残っておられるならば、どうかこの結婚を取りやめてください!」
「スカーレット!! 王太子殿下に向かって何という無礼なことを言うのだ! 殿下、どうかお許しください。我が娘は気がどうにかなってしまったのです!」
ハロルド殿下は、何も言わず、じっとスカーレットを見つめていたけれど。
ふと目を伏せて、小さな声で、「すまない」と言ったのが聞こえた。
「……それだけですか? 謝って済む問題じゃ、」
「……参ろう、聖女殿」
ハロルド殿下が、私の肩に手を置いて、大聖堂の奥にともに入ろうとする。
「いいのですか、スカーレットは……」
「……良いんだ。『女神の器』たる、私の妻は貴女だ」
背後で、スカーレットが叫ぶ声が聞こえる。
「お願い、行ってはダメ、行かないで、エリ! あなたは――!!」
ハロルド殿下は私にスカーレットを見せまいと肩に置いた手に力を入れる。でも私は、もう一度スカーレットの姿を見るために振り向いた。
ヴェール越しに見えるスカーレットは、私に必死に手を伸ばす。神官戦士たちに連行されながら、何かを叫んでいる。
………あれ、スカーレットは私になんて言ってたんだっけ?
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