第20話 スカーレットの秘密

 ――バチが当たって死んだんだ、と思った。

 身体が動かない。息が苦しい。刺されたお腹がとても痛い。私はまた失敗したのだろうか。もう一度、バイルシュミット邸のベッドで目覚めて、また同じ時間を繰り返すのだろうか。それにしても今回はサイクルが少し短すぎるのではないかしら。まだエリの結婚式すら見ていないわよ。

 

 私は、入院していた病院で突然死んでしまい、目が覚めると、神聖フェトラ王国の宰相の愛娘、スカーレット・バイルシュミットに転生していた。

 最初の、スカーレットの人生では、転生してそうそう、スカーレットはハロルド王子に婚約を破棄され、私のかわりに異世界から「女神の器」を妻として迎えると言い出した……それが、エリだった。

 私はとても驚いた。まさかエリがこの世界にまで来てくれるなんて思わなかったから。

 正直、なんの思い入れもないハロルドのことなどどうでも良くて、私はエリに声をかけた。私だよ、エリ。あなたが来てくれて心強い。今までわがままばっかり言ってごめんね。これから一緒にこの国で暮らしてほしい、と。

 ……でも、エリは私のことがわからなかったらしく、不審そうな眼を向けられただけだった。それはすごく悲しかったけど、転生前にさんざんわがままばかりでエリを困らせた私の自業自得かもしれない、と思った。

 エリは私のために、部活にも入らず、放課後に友達と遊ぶこともせず、学校が終わるとまっすぐ私の病院にお見舞いに来てくれていた。でも、私はそれがすごく嫌だった。どうして良いか自分でもわからなくて、エリのやることなすことにいちいち怒って文句をつけて、エリのことを随分困らせた、と思う。

 スカーレット・バイルシュミットの身体は健康そのものだった。身体を動かすことが好きだったようで、転生したときにスカーレットがベッドの上で寝ていたのも、落馬事故で頭を打って気を失っていたから、らしい。

 丈夫な体に生まれ変わって嬉しかった。これなら誰にも迷惑をかけなくて済む。自分を愛さない婚約者なんてどうでも良かった。新しい人生では、エリの良い友達になりたいと思った。だからエリとハロルドが結ばれるように私は精一杯応援した。そんな行動は周囲に不審がられることはなく、「さすがはスカーレット様。ご立派です」とみんなが言った。元々のスカーレット・バイルシュミットは、そういう信頼の篤い人だったんだろう。

 ……けれど、それが、間違いだったのだ。エリをハロルドと結婚させてはいけなかった。

 あの日の光景を、私は決して忘れない。

 ハロルドとエリの結婚式。美しい婚礼衣装に身を包んだエリは晴れやかな笑顔だったのに対し、ハロルドは氷の彫刻のような冷たい表情だった。スカーレットと婚約を解消してエリを娶っておいてなんて顔をしているのだ、と私は腹立たしく思っていた。

 祭壇の前で誓いの言葉を交わした後、ハロルドと大神官ヨハネスは、何故か祭壇の奥の部屋へと入っていってしまった。日本の結婚式では祭壇の奥に花嫁と花婿が入ることなんて無いと思うのだけれど、神聖フェトラ王国独特のやり方なのかな、なんて呑気に考えていたあのときの自分を呪う。

 エリたちが引っ込んでから間もなく、突然爆発的な魔力が祭壇の奥から漏れ出して、私達は眩しさに思わず目を覆った。

 光がおさまってから目を開けると、ハロルドとヨハネスとエリが祭壇の奥から戻ってきていた。……エリの様子が、明らかにおかしかった。素朴な笑顔は消えて、口元だけで笑い、目は笑っていなくて。その目にいつもの輝きはなく、冷たく私達を見回していた。

「……皆のもの」

 そう言ったのがエリだとわかるまでにしばらく時間がかかった。恐ろしく冷たく、神がかった声だったのだ。

「女神の器は満たされた。この祝福を喜びなさい。ハロルドの妻となった私は、私の信仰者たる国民すべてに幸いをもたらしましょう」

 何が……何が起きているの……? 

 困惑する私達に……いや、今思うと状況をわかっていなかったのは私だけだったのかもしれない……大神官ヨハネスは高らかに宣言した。

「皆々様、ここに女神の器は満たされ、我らがユーフェリア処女神は恐れ多くもここに降臨されました。これで我が国の未来は、安泰でございます!」

「わはははは! でかしたぞハロルド! 初めてお前を見直したわい!」

 ずっと黙って結婚式を見ていた国王が突然立ち上がって笑い出した。

「ユーフェリア神、万歳!!」

 結婚式の参列客が万歳をとなえる。

「ちょっと待ってよ、エリはどうなったのよ!!」

 私の声は周囲の声にかき消されて、届かない。

 祭壇の三人をよく見たら、ヨハネスの得意満面の笑みとは対象的に、ハロルドは地獄のような仏頂面だった。エリの顔をしたユーフェリアは熱っぽく情欲にまみれた目線を彼に向けていて、腕を蛇のように動かして彼の腕に絡める。私は気味の悪い光景にぞっとした。

 ……それから、エリの身体を乗っ取って万能の存在になったユーフェリアはやりたい放題。国王はユーフェリアの力を使って、トルキアを攻めると言い出した。ハロルドは開戦に反対だったけど、国民全体の戦争に対する気運の高まりを、王太子一人の力ではどうすることもできなくて、戦争が始まってしまった。

 この国の絶対神があんなことになって、誰に祈ればいいのかわからなかったけれど、私は天に祈った。神様、仏様、あるいは悪魔だって良い、この悲惨な運命を変えてください、と。しかしユーフェリアのいない祭壇で誰とも分からぬ神に祈りを捧げていた私は、不信心者と詰られ、過激なユーフェリア信者に捕まって、牢の中で私は惨めに死んだ、と思った。

 …目が覚めると、私はバイルシュミット邸のベッドに眠っていた。転生したときと、まったく同じ状況だった。誰に祈りが通じたのかわからないけれど、とにかく私はやり直すチャンスを与えられたのだ。

 二度目の人生では、エリが女神の器となってハロルドの妻となったらどうなるのかをありのままに伝えようとしたら、狂人だと思われて病院に収監されて、十分な看護がされないまま死んだ。

 三度目の人生では、愛されていないのだと思いこんでいたハロルドに、以前のスカーレットとの違いを怪しまれ、ハロルドとの思い出話に詰まってしまったことがきっかけで悪魔に乗っ取られたと思われて処刑された。四度目はエリを殺そうとした濡れ衣を着せられて処刑された。何度も何度も人生を繰り返すうちに、ハロルドとの秘密の手紙を見つけ、スカーレットの日記を見つけ、繰り返す時の中で、以前のスカーレットと遜色ない教養と乗馬の腕を磨いて……もう何度目の人生なのか、数えることもやめてしまった。

 あともう少しでエリを助けられそうな気がするのに、どうしても上手く行かない。

 もう諦めてエリと一緒に死のうかと思った時も、私はバイルシュミット邸で目覚めた。

 私に繰り返しの人生を歩ませているのが何者なのかはわからない。けれど、私がこうして生きているということは、きっとエリを助ける道筋があって、私はまだそこに辿り着けていないだけなんじゃないか、と思う。ここで本当に死んじゃったら、とんだお笑い草だわ。


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