第33話 女神との邂逅ふたたび

 真っ白な世界の中で。立ち尽くすエリの手の中に、いつの間にか1冊の本が現れていた。

 大辞典のようなその本の表紙をめくった、その瞬間。エリの眼の前に、頭の中に、の情報が、怒涛のように押し寄せてきた。

 女神ユーフェリアのなりたちから、ハロルドが秘密にしてきた「神の怒り」による兄達の死、スカーレットとハロルドのすれ違い。女神の器の秘密……神聖フェトラ王国の、すべてを知った。

 そして、アスカが、百度もスカーレットとしての転生を繰り返し、自分を助けようとしてきたことも。

『あら? もう気がついたの? さすがね』

 突然、声を掛けられて、エリは驚いて振り返る。さっきまで誰もいなかったはずなのに、いつの間にかユーフェリアが背後に立っていた。

「ユーフェリア……ここは、一体どこなの?」

『そう睨むんじゃないわよ。あたしのせいじゃないんだから。……ここは神域。神だけが住まうことをゆるされた聖域よ。どうやら、お前は時空を超えて祈られすぎて、小神くらいの力は持つようになっちゃったみたいね』

 エリは、途方もないことを言われていると思った。だが、納得している自分もいる。

「さっきまでのショッピングモールは……? いや、ハロルド殿下の結婚式は? わたしが神様になっちゃって、世界がおかしくなっちゃったの?」

 エリの言葉に、ユーフェリアは意地悪く嗤った。

『は? うぬぼれないでくれる? 世界を書き換えるだなんて……お前にそこまでの力は無いわ。できることは、そうね……せいぜい、ヒト一人を消すことくらいかしら』

「人を、消す……?」

 さらりと恐ろしいことを言うユーフェリアにエリは怯えた。

「それって、こ、殺すってこと……?」

『そうじゃないわ。そんなこと、普通の人間にだってできるでしょ。……神の力は、邪魔な人間を、この世に産まれる前に抹消できるのよ。そして今お前が見たのが、お前が心の底で消したいと思っていた人間が、完全に消えた世界よ』

「……まさか」

『ほんとよ。アスカが最初からこの世にいなかったら、お前はあんなに自由だったのよ?』

 ユーフェリアは笑みをひっこめて、真顔で、淡々と語る。

『アスカのせいで、あなたは成人前なのに満足に遊ぶこともできず、両親の愛情も取られちゃったじゃない。いくら病気だからって不公平すぎるわ。ずっと、我慢してたんでしょう?』

「ちがう……」

 ユーフェリアがぬるりと手を蛇のようにエリの腕にすべらせて、エリの手を握る。

『アスカなんて、いなくなってしまえば良い。そのほうがあなたもうんと幸せになれる。あなたもそう思ってるんでしょう? 血の繋がった妹だからって、遠慮しなくていいのよ?』

「ちがう!!」

 エリはユーフェリアの手を振り払った。

「わたしは……妹を消すなんて、そんな恐ろしいこと……」

『考えたことも無かった、とは言えないでしょう? 隠しても無駄よ。女神にはなんでもお見通しなんだから』

 エリは唇を噛み締めた。……否定できなかったのだ。

 病気のアスカの世話をしながら。アスカに癇癪を起こされながら。もしもアスカがいなかったなら、放課後に急いで病院に向かうこともなく、部活動に入ったり、友達と遊んだりしていたかもしれない、と。

 両親はいつもアスカの心配ばかりで「エリはしっかりしてるから大丈夫よね」「頼んだよ」と言うだけで医者の仕事に行ってしまう。アスカが産まれてから……エリが5歳のときから、ずっとそうで、さみしいことさえ自覚できなかった。

『アスカを殺すんじゃないの。最初からいなかったことにするだけ。お前の手が血に塗れることはないし、アスカだって苦しんだりしない……今見せた世界は仮のものよ。お前が望んで力を使うなら、夢は本当になるわ。……さあ、願うのです。邪魔者がいない世界を!』

 畳み掛けてくるユーフェリアに、エリは震えた。

『今が絶好のチャンスよ、エリ……お前のことは、黒龍だって邪魔できないわ。さあ、願いを叶えてしまいなさい!』

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