第27話 スカーレット、目を覚ます

 

 ――息せき切って、大聖堂にたどりつくと、私は式場の扉を勢いよく開ける。

 中では、ハロルドとエリの結婚式の真っ最中だった。この光景をスカーレットが見るのは、もう50回目だった。まったくエリの趣味ではない派手なドレスにヴェールを纏う、エリの身体を奪ったユーフェリア。絢爛豪華な式典の衣装を着て仏頂面のハロルド。

「ハロルド様……!! 私は、絶対にあなたを赦さない!! こんなことをしてただじゃすまないわ! 地獄に落ちるわよ!!」

 衛兵に取り押さえられる。ハロルドはエリを奥に連れていってしまおうとする。

 私はエリに向かって手を伸ばして、叫んだ。

「お願い、行ってはダメ、行かないで、エリ! あなたは、私の大切なお姉ちゃんなの!!」


――じゃあ、どうして私の婚約者を奪ったの?


 背後から声をかけられた。

 その途端、風景がぐにゃりと曲がり、真っ暗になった。

 暗闇の中、振り返ると、そこには自分と同じ顔と身体の少女……スカーレット・バイルシュミットその人が立っていた。


――返して。返して。私の身体と人生を返して


「スカーレット……ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!」 


――あなたはいつもワガママばかり。エリにも『あんたになんかもう会いたくない』って言ったのでしょう?


「それは、本気じゃなかったの……」


――嘘つき! わがまま! 泥棒!


「でも、もう私だって、どうしたらいいのかわからないの! ごめんなさい! ごめんなさい!」




 ゴーン……ゴーン……

 神聖フェトラ王国の大聖堂の鐘が聞こえた。

 目を開けると、バイルシュミット邸の部屋の天井が広がっている。窓の外を見ると、どんよりとした曇り空だった。

 不意に扉が開いて、この世界での父……フェリクス・バイルシュミット卿が「おお、スカーレット!良かった……」と、私の無事を喜んで抱きしめてくれた。

 何度もスカーレット・バイルシュミットとしての人生を歩んできたから、もう元の世界の父よりも、この人と親子として過ごしてきた年月のほうが長くなってしまった。そもそも、前の世界では父と母はいつも仕事が忙しく、ほとんど家にいなかったから、ずっと疎遠な状態だった。両親にかわっていつもそばにいてくれたのがエリだった。

 宰相もかなり忙しい仕事のはずなのに、バイルシュミット卿はいつも私のそばにいようと努めていた。公務にも連れて行ってくれたり、1日に1度は必ずハグをしたり。娘のスカーレットを溺愛していることがよくわかる。スカーレットの母は、スカーレットが幼い頃に亡くなり、宰相は後妻を娶ることもせず、亡き妻を想ったまま、一人娘をずっと大切に育ててきたようなのだ。彼の愛情の深さは、私にもよくわかった。

 こんなに優しい父も、女神の器が何たるかを知っていて、エリに役目を押し付けようとする首謀者の一人だ。いや、娘を愛しているからこそ、ハロルドとの婚約を破棄し、女神の器を別の娘に押し付けることで、スカーレットを守ろうとしているのだろう。

 でもね、それじゃ駄目。駄目なのよお父様。

「お父様、聖女様はご無事ですか?」

「ああ、お前が守ってくれたお陰で怪我一つない。だがもう二度とあんな無茶はしてくれるな、スカーレット。私は少しでも、お前に危ない目に遭ってほしくないんだ……スカーレット? 目覚めたばかりなのにどこへ行くのだ?」

 起き上がる私を、お父様は見とがめる。

「聖女様に、私も助かりましたとご挨拶に伺います」

「今は無理だ。なにせ、もうすぐ王太子殿下と聖女様の結婚式なのだから……」

「なん……結婚式!? しまった……!」

 駆け出そうとする私の腕を、お父様が掴んだ。いつもの優しい握り方ではなく、痛いほどの力で。

「お父さま!? お離しください!」

「まさか式に乱入するつもりなのか? 行ったところでどうなる! お前が恥をかくだけだ!」

「お父さま……私、どうしても行かなくてはならないのです。ごめんなさい!」

 どうしても私を離そうとしないお父様の手に、私は噛みついた。激痛で思わずお父様が手を離した隙に、私は駆ける。

「……本当に、ごめんなさい……!!」

 夢の中で本物のスカーレットが言った通りだ。私は、スカーレット・バイルシュミットの人生を横取りした、大嘘つきで泥棒。バイルシュミット家の迷惑なんて考えずに結婚式を邪魔しようとするワガママな娘。

 もう数え切れないほどやり直しを願って……今回も、また失敗かもしれない。けど、私は行くしかない。それしか今の私にはできないから。




 

 


 

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