第6話:実戦試験

 女性試験官はその後あたふたしながら代わりのカカシを他の職員と一緒に運び、試験を再開するのだった。


 実技試験に関しては点数が『99999+』。


 確か192ポイントで凄いと言われていたからこれが本当ならかなり良い点数だと思うのだが、的であるカカシが壊れてしまっていたからな。


 正確な点数かどうかは怪しい。

 とはいえ、試験を終えた俺にもうできることはない。


 残り一つの試験——実戦試験を全力で頑張るとしよう。


 ◇


 実技試験の後は第三校庭——綺麗な芝生が広がるサッカーグラウンドのような趣がある場所に連れてこられた。

 大規模な校庭だが、魔導具による白線で無数のブロックに分けられている。


 各ブロックに20〜30人の受験生が集められ、ブロックごとに一人の試験官がつくといった形になっているようだ。


 今度の試験官は屈強な体格のおっさんだった。

 歳は40代くらいだろうか。雰囲気から手練れの魔法師だろうという気配がプンプンしている。


「よし、集まったな」


 おっさんは咳払いを挟んだ後、言葉を続ける。


「三次試験は知っての通り、実戦試験だ。……より具体的に言えば、俺と決闘して強さを見せつけてみろ——っていう試験だから皆頑張るように」


 なかなかに雑な説明だが、まさにその通りである。


 実戦試験は試験官と受験生が一対一の決闘スタイルをとる試験。

 相手が死ぬような攻撃以外はなんでもありの自由な内容になっている。


 魔法学院の卒業生の多くは冒険者や、王国を守る魔法騎士団の一員になることが多い。

 そのため試験内容からしてある種戦いのセンスを問うようなものになっているのだ。

 

 もちろん試験官はアステリア魔法学院の講師でもあるから、受験生が決闘に勝てるわけがない。

 この学院に入学してから更なる成長ができるだろうと期待させるか、あるいは現時点でとてつもない能力があると認めさせれば良い。


 試験官の感触が点数に反映されるので、試験官との相性が悪ければ点数が低くつけられてしまう可能性もある。このような理由から、アステリア魔法学院の試験の中では運の要素が大きい試験と言われている。


 もっとも、負けて当たり前とも言われる試験官との決闘で勝ってしまえるのなら話は別だが。


「……す、すげえ。本物のオーガス様だぜ!」


「試験とはいえ、憧れの人にこんな形で手合わせしてもらえるなんて俺は幸せすぎる!」


「なんたって王国魔法騎士団最強の男だろ?」


 この試験官は、あのオーガスなのか。

 今日初めて顔を見たが、魔法を扱う者としてこの名前を知らない者はいないだろう。


 約十五年もの間、王国魔法騎士団最強の魔法師として君臨した男。最後の方はさすがに全盛期の力を保つことはできず引退したが、十五年前の世界大戦において大きく活躍し、この王国の立場を確かなものにしたという話は有名だ。


 俺が生まれてすぐの頃の話なのでいまいちピンと来ないのが実際のところだが、そんなとんでもない実力者がこの学院で講師をしているとはな……。


「ギャーギャーうるせえよ。昔のことは関係ねえ。さ、来るなら俺に勝つつもりでかかってこい。まずは一人目、始めるぞ」


 順番はさっきの実技試験と同じ。

 さっき192ポイントの高成績を出した受験生が緊張した面持ちでオーガスと対峙する。


「神より賜りし我が魔力、魔法となって顕現せよ。出でよ炎の雷……『炎雷』——!!」


 受験生が詠唱すると同時に、上級魔法『炎雷』がオーガスに叩き込まれる——はずだったのだが。


「おせぇよ」


 光の速度で襲いかかる炎の雷の動きを完全に把握しているのだろう。

 無駄のない身のこなしでサッと躱したのだった。

 まったく焦った様子がなく、道端のうんちを避けるかのような日常そのものに見えた。


「な、な、な、な……!」


 さすがにあの速度を躱されるのは想定外だったのだろう。

 受験生はかなり動揺している様子だった。


 魔法師でありながら、あの身体能力……さすがだな。

 でも、あの程度ならなんとか追いつけないこともないはずだ。オーガスは明らかに本気を出していない。


 あの受験生には悪いが、格が違うな……。


「出でよ——『火球』」


 オーガスが詠唱すると同時に、轟々と燃える火の球が受験生の足元に着弾する。

 直接ぶつけるのではなく、爆風で吹き飛ばすことが目的だったようで、受験生はなす術もなく吹き飛んでいったのだった。


 ……それにしても、オーガスの『火球』は普通の詠唱と違ったな。

 俺のように完全無詠唱ではないが、かなり詠唱を短縮できている。


 こういったところも含めて、オーガスが凄いと言われるのだろう。


「では、二人目——アレン・アルステイン。かかってこい」


「……っ!」


 さっきの受験生が瞬殺だったことで、すぐに俺の番がやってきた。


 俺は定位置につく。

 さて、どう戦おうか……。


 本気の一撃を加えたとして、もし反射攻撃をされれば、俺はひとたまりもない。

 さっきのように攻撃を躱されれば、周りを一緒に吹き飛ばしてしまう。……人口密度が高くなっている今の校庭では危険だ。


 諸々のことを考え、俺はまず様子見をすることにした。


 俺は右手を突き出し、『火球』を放つ。

 蒼く輝く火球がオーガスに向けて直線を描いて飛んでいく——


「なっ……! なに、無詠唱だと!?」


 オーガスの額から汗が溢れた。

 俺が無詠唱魔法を放ってくるのは想定外だったようで、一瞬の焦りが見えた。


 しかし——


「出でよ——『光の刃』」


 オーガスが詠唱すると、右手がパーっと淡い光に包まれた。

 淡く光る右手を手刀のように使い、俺の放った『火球』を叩き斬るオーガス。


 ズバアアアアンッッッ!!


「威力も速度も申し分ねえ……。ったく、まさか入学試験でこれほど燃える奴に出会っちまうとはな……。アレン、次はこっちからいくぞ——! 出でよ——『流星群』!!」


 オーガスが詠唱すると同時。

 無数の火球が出現し、俺に向かって飛んでくるのだった。

 さっき、トップバッターの受験生に放った『火球』とは質からして違う。この規模は上級魔法……。まだ本気ではないはずだが、それでもとてつもない量の魔力が篭っていた。


 もはや学院入学前の一般人に向けて撃つ魔法の威力じゃないな、これ。

 でも、俺を戦う価値のある対象として認めてくれたということでもある。


「ええ、受け止めます」


 俺は端的に答え、魔法の準備を始める。

 攻撃だけじゃなく、身を守る術もこの二週間で身につけてきた。


 『魔力壁』。


 俺が魔法を発動した瞬間、前面に透明の壁ができた。

 魔力により硬質の壁を何層にも貼ることで攻撃を吸収することができる。


 ガガガガガガガガ————ンッッッ!!!!


 無数の『火球』が防御壁に衝突し、けたましい音を立てる。

 そして数秒後、俺は無事に全ての攻撃を凌いでみせたのだった。


「す、すげえええええ——!!」


「あ、あのオーガス様と互角に戦ってるだと!?」


「あいつ何者だ!? 俺、夢でも見てんのか!?」


 周りで見ていた他の受験生もかなり盛り上がっているようだ。


 しかし、『互角』というのは少し違うな。

 既に俺の中ではこの決闘に勝てるという確信を持てていた——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る