第34話:常識に関する本

 なん、だと……?


 俺としてはなるべくバレないように隠していたつもりなのだが、二人にはバレてしまっていたらしい。

 まあ、でもそりゃそうか。


 常識がないことがバレないほどに常識的な振る舞いができていれば、それは常識がある人間なんだからな。

 ルリアとアリエル以外にも、知らない間に失礼なことをしでかしてしまっていたかもしれない。


 変なことをしていたら言ってくれると助かるのだが、面と向かって常識がないとはなかなか言えないこともよくわかる。難しい問題である。


「ま、まあバレてるなら話は早い。今日は常識に関する本を読めば常識というものがわかるようになるかと思って来たんだ。頼めるか?」


「その発想がやや常識離れしている気がしますが……わかりました!」


「探してみるわ」


「助かる」


 俺とルリア、アリエルは三手に分かれて常識に関する本を集め始めた。

 タイトルからそれっぽいものを確認し、中身をパラパラと確認して精度を高める。

 そうすること約一時間——


「結構集まりましたね!」


「一日一冊読むとして……一年くらいはかかりそうね」


 図書館の机の上には、大量の本が山積みになっていた。

 普通ならばこれだけの本を読まなければならないと思うと億劫になるものだが、俺はワクワクしていた。


 これさえ読めば、失ってしまった常識を取り戻すことができるのだ。

 様々な知識や力の代償として失ってしまった『常識』。


 今のところは決定的に困るハメにはなっていないのだが、日々少しずつストレスを感じてしまっている。

 人と違うということによるストレスは想像以上に大きかった。


 さすがに受けた恩恵の方が多いようには思うが、だからと言って『生きにくさ』という溝が自動的に埋まるわけではないのである。


「さて、じゃあ早速読むか」


 俺は一冊目の本『十日で分かる常識大全』を開いた。

 前書きから始まり、目次、内容、後書きと前世で一般的だった書籍構造と同じだった。


 黙々と読み進めていき——


「ふう、なかなかボリュームのある内容だったな」


「も、もう読み終わったのですか!?」


「まだ一分くらいしか……その本、270ページくらいあるわよね!?」


「え、ああ。でもそんなに速かったか?」


 俺としては新鮮な内容だったので、やや時間がかかってしまったように思うのだが。


「どうしてそんなに速く読めるのですか……?」


「うーん、あんまり深くは意識してないんだけど……強いていうなら文字を単語ごとに読むんじゃなくて、ある程度まとめて読んでるから速いのかもな」


「まとめて読む……ですか?」


「もう私、何が何やら……」


 そんなに難しいことをしているつもりはないのだが……。


「あ、もしかしてですけど……一回読んだことがある内容だから速いのではないですか?」


「そうだとしても速すぎるけどね……」


 どうやら、ルリアからは少し疑われているようだった。

 本当に今初めてこの本を読んだのだが……。


「うーん、ならどこからか適当に本を持って来てくれ。このスピードで読めないなら、さすがに百万冊の本を読み切るってのは無理だろ? 読んだ後に、ルリアが問題を出して俺が答える。これで証明できないか?」


「な、なるほど……わかりました、受けて立ちます!」


 ルリアはニヤッと笑って、本を探しに行った。

 俺としては実際に読めているのだから証明する必要などないのだが、他にやることがあるわけでもない。


 ルリアが本を選んでくるまでの間、机の上に山積みなった本を次々に読んでいった。

 そうすること約三十分後。


「見つけて来ました! 二週間前に発売したこの本ならアレンも絶対に読んだことがないはずです! アリバイがありますから」


「確かに、それなら絶対だわ」


 なるほど、上手いこと考えてきたものだな。

 奥付けを確認すると、確かに二週間前の日付で『初版第一刷発行』と書かれている。


 内容に関しても、料理と魔法に関することだった。


 これなら、俺が知るわけがない。

 本選びに三十分もかかったのは、発売が近い本を探すのに手間取ったのだろう。


「じゃあ、今から読むぞ」


 俺はさっきと同じ要領で次々とページをめくり、本を読み進めていく。

 こうして一分が過ぎた頃——


「読み終わった」


「は、速いですが……まだ内容を理解しているとは限りませんね」


 ルリアは本の中から適当なページをめくる。


「では、243ページにはどんな内容が書いてありますか?」


 答えられるわけがないとでも言いたげな自信満々の表情のルリア。

 しかし、残念ながら俺は本当に内容を読み、今の時点では完璧に覚えている。


 答えは——


「何も書いてない……だろ?」


 確か、243ページは白紙だったはずだ。

 この本の場合、新章に移る場合は必ず左ページからスタートしていた。


 全八章のうち、242ページが七章の最後だったから、243ページは何も書かれていないことをよく覚えている。


「せ、正解です……ほ、本当にあの短期間でこの量を……アレンは凄まじいです……」


「やっぱり常識から外れてるわね……」


 あれ? 三十冊以上の常識に関する本を読んだ直後なのだが、まだ常識が身についていないというのか……?

 先は長そうだな……。

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