第30話:昼休み
◇
キンコンカンコン。
チャイムが鳴り、講師であるオーガスから二限の終了が伝えられた。
レジェンド級の人物に短時間とはいえ、指導するのは緊張してしまっていたようで、俺はほっと息を吐いた。
基本的にアステリア魔法学院は月曜日から金曜日の五日間が講義日であり、その一日は午前二限、昼休み、午後二限で時間割が組まれている。
二限目の魔法実技の時間が終わったので、やっと昼休みである。
「アレン、お昼ご飯を食べに行きましょう!」
「ここは食堂から遠いから、急がないとね」
チャイムが鳴ったのと同時に、ルリアとアリエルが声をかけてくれた。
二人ともなぜかソワソワしている。
「ん、ああ。でもそんなに急がなくてもいいんじゃないか? 昼休みは一時間あるんだぞ?」
「それはそうなのですが、この学院の昼休みは毎日大変なことが行われているのです」
「大変なこと?」
「昼休みになると、一斉に学院生が殺到してしまい、座席がすぐに埋まってしまうのです」
「私もその話を聞いたのよ。一学年三百人、それが三学年で九百人。お弁当を持参してる学院生もいるけど、結構な数が食堂に向かうの」
二人の話を聞きながら、食堂の風景を思い出す。
俺は講義日以前にも食堂にご飯を食べに行ったことは何度もあるが、確かに半分の四百五十人ですら収容できなさそうだった。
「……急いだ方が良さそうだな」
◇
急いで向かったのだが、実技演習をしていた第三校庭が食堂から遠かったせいで、俺たちが食堂についた時には既にほぼ全ての席が埋まってしまっていた。
二人用や一人用の座席はまだ空いているものの、三人座れそうな場所はもう残っていない。
「一足遅かったようです……」
「仕方ないわ。どこか空くまで待ちましょう」
「すまないな……もうちょっと早く移動できてれば……」
もともと場所が遠かったことも原因の一つではあるが、注意力が足りず俺の反応が遅れてしまったことも要因の一つではあった。
「アレン気にすることないですよ! 三人以上が座れる座席は少ないですし、移動し始めた時にはもう遅かったのかもしれません」
「ええ、誰が悪いわけでもないわ。まぁ、明らかに学院生の数に対して席が足りてないのは学院側が悪いとも言えるけどね」
どうしても気にしてしまうが、そう言ってくれるとありがたい。
俺たちは、待つ間に食堂の端に置かれている食券機で食券を買っておくことにした。
食券機……というと現代らしさを感じてしまうのだが、それ以外の呼び方が他に見当たらない。
デザインこそ中世ヨーロッパ風だが、お金を入れてボタンを押すと、紙製の引換券が出てくるという仕組みである。
この世界には魔道具というものがある。
魔物を倒して素材を回収する際に低確率で入手できる魔石に、魔法を刻むことでその魔石は役割を持つようになる。
一種類、あるいは複数の種類の性質を刻んだ魔石を組み立てることで、このような現代風のアイテムが作られているのだ。
「私、この定食に決めました!」
「お肉のスープとサラダ、パンがセットになったものね。……私もそれにしようかしら」
二人は早々に食べるものを決めたようだった。
この食堂では定食と単品から選ぶことができ、単品だと二十種類程度のバリエーションがある。
その中でも二人が選んだのは、女性に人気のメニューだった。
男の俺からするとやや物足りないが、小柄な二人にはこのくらいがちょうど良いのだろう。
残念ながら、俺が好きなカツ丼や牛丼、親子丼はなかったので、別のものを選ぶことにする。
「じゃあ、俺はチキンステーキ定食にしようかな」
「おーっ! さすがはアレンです。ガッツリいきますね!」
「まあ、ちょっと二限で身体を動かしたからな」
食券を買い終わり、どこか席が空かないか食堂を広い視点で見ていく。
すると——ちょっと気まずい人物と目が合ってしまった。
「ア、アレンの兄貴じゃないっすか……」
「よう……あの後、調子はどうだ?」
昨日、ホームルームの後に俺に絡んできた三年生たち五人だった。
食堂にひとつしかない六人掛けの席で昼食をとっていたらしい。
そんなことはともかく……この五人のうち、二人は俺との決闘で気を失い、医務室に運ばれていったので少し気にしていた。
意味不明な条件とはいえ、一応は決闘。
後に残るような重大な怪我をさせてしまうことは俺の意に反する。
「目が覚めたらなんともなかったっす……あ、あのアレンの兄貴、席がないんすか?」
最初は言い間違いかと思ったが、兄貴……?
俺はお前たちの兄貴になったつもりなどないのだが……。
と、細かいことにツッコミを入れても仕方がないので、質問に答える。
「ん? ああ、ちょっと空くまで待ってる感じだ」
「じ、自分ら別の席に移るんで、どうぞここ使ってくだせえ」
「え、いいのか?」
「当然っす! この程度、昨日のお詫びとかそういうのじゃないっすけど……」
なるほど、不良なりに考えたということか。
しかし——
「俺は力を使って追い出すようなことをするつもりはない。そのままでいい」
「い、いや! そうじゃないっす! なんか俺ら別の席に移りたくなったっす!」
「そうなのか? それならありがたく使わせてもらうか」
「へ、へい!」
不良たちはすぐさま食事が乗ったプレートを持って別の席へ向かっていったのだった。
「なんか、たまたま席が空いたみたいで良かったな」
「ええっと……まあ、そうですね」
「まあ、あの人たちだしこのくらいは良いのかしら……」
俺はちょうど席が空いてラッキーと思ったのだが、なぜか二人の反応は微妙だった。
もしかして、また常識的におかしなことをしでかしちゃったのか……?
「あ、あいつ何者だ……!?」
「見たことねえってことは一年か……?」
「一年が三年の不良を顎で使えるのか……? つーか、三年同士でも無理だろ……」
ヒソヒソと俺のことを話す声が聞こえてくる。
よくわからないのだが、どうやらまた知らない間に目立つことに成功したようだった。
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