第29話:実技指導
「アレン、今日こそ本気で戦おうじゃないか」
「本気で戦うとどっちかが死ぬと思うが……?」
入学試験の時は俺が勝ったとはいえ、入学試験では出していない奥の手があるかもしれない。
奥の手がなければオーガスが死ぬし、奥の手があれば俺が死ぬ結果になるだろう。
俺がもう少し成長すれば話は変わるが、数日でそれほど大きく変わることはない。
賢者の実により、今までの非効率な修行から解放された時の伸び代は凄まじかったが、その勢いでずっと成長するわけではないからな……。
「ふむ……では、死なない程度に本気で戦うとしよう」
「じゃあ、それで」
なかなか難しい要求をしてくるものだな……。
本気——ということは、アレを使うか。
アリエルと合格発表の後、決闘の際に使った不活化魔法。
発動前の魔法に対して俺の魔力をほんの少し当てることで魔法の構造を破壊し、不発に終わらせることができる技術だ。
「出でよ——」
「……っ!」
オーガスが叫ぶと同時。
無属性の光の弾が出現し、俺を目掛けて飛んできたのだった。
魔法自体は入学試験の時にオーガスが使っていた『純粋魔力弾』とほぼ同じだが、詠唱がさらに省略されてしまっていた。
同じ構造の可能性もあるため無効化できるかもしれないが、そこに賭けるのはやや危険……だな。
俺は作戦を変更し、『魔力壁』を使う。
前面に展開した壁と無属性の魔力弾が衝突する——
「……前よりも、さらに威力が上がってるな」
直前に不活化魔法を取りやめ、急遽別の魔法に切り替えたせいで、この魔力壁はやや脆い。
このままだと破壊されるな……。
一瞬のうちにそこまで考えを巡らせた俺は身体を捻った。
俺の魔力壁が破られると同時に、爆風で身体が吹き飛ぶ。
「あ、あのアレンが……!」
「さすがはオーガス様だ!」
「アレンはよく頑張ったぜ……!」
俺とオーガスの戦いを見ていたクラスメイトたちは、口々に俺がまるで負けたかのような感想を漏らした。
しかし、俺はまだ諦めたわけではない。
というよりも、途中までは作戦が上手くいかなかったが、身体を吹き飛ばしたのはその方が都合が良かったからだ。
爆風を上手く利用し、右後方に移動することで、追撃を逃れることが目的だったのだ。
ギャラリーはそこまで理解できていないようだが、オーガスは十分に理解していたのだろう。
後ろに跳躍し、俺からの距離をとりつつ、次なる一手を繰り出そうとしてきている。
「出でよ——」
次の攻撃は、『純粋魔力弾』と『流星群』の合わせ技。
しかも、当然の如くこれも構造分析ができないほどに詠唱省略がされていた。
無数の『純粋魔力弾』が、雨のように降り注ぐ——
どちらか一方だけでも強力なのに、その合わせ技とはな……。
これほどの短期間でさらに腕を上げてくるのは想定外だった。
でも——
「当たらなければどうということはない」
いつ、どこに魔力弾が落ちてくるのかを目視で正確に見切り、跳躍して躱す。
衝撃波を魔力壁で防ぐことで攻撃を凌いだ。
俺に時間をかけた魔力壁を展開する時間を与えずに攻撃を続ける——か。
さすがはかつて世界最強の魔法師とまで言われただけのことはあるな……。
同時に、オーガスとの間合いを詰めていく。
これまで使うことのなかった魔法——『身体強化』を使うとしよう。
身体強化——というのは、字面ほどお手軽な魔法ではない。
魔法によりノーリスクで際限なく強化できる類のものではなく、潜在能力を引き出すものだ。
言わば、火事場の馬鹿力を意図的に引き出すのと同じ。
脳のリミッターを解除する魔法が、身体強化魔法というわけだ。
長く使えば身体へのダメージが大きいため、多用はできない。
今回は一度の跳躍だけに身体強化を使う——
「な、なんだと消え……っ!」
オーガスの目からは、突然俺が消えたように映ったことだろう。
無理もない、何の前触れもなくいきなり限界を超えたスピードで視界から外れたのだからな。
だが、そのおかげで完全に隙ができた。
俺は、オーガスの背後に辿り着き、背中に俺の手を密着する。
「これで俺の勝ちかな」
「なっ……!」
魔法師同士の戦いにおいて、背後を取られることは死を意味する。
背中に手を密着させているということは、至近距離からの強力な魔法を打ち込むことも可能なのだ。
剣での戦いで首に剣を突きつけるのと同じだと考えるとわかりやすい。
「くっ……俺の負けだ」
オーガスは悔しそうに肩を落とし、敗北を認めた。
「す、すげえ……!」
「あそこから形勢逆転するなんて信じられない……」
「どっちも速すぎて頭が追いつかなかった……」
どうやら、クラスメイトからの評価も上々のようだった。
これで他のクラスにまで俺の知名度が波及してくれると良いのだが……入学初期の段階ではまだ難しいか。
「アレン、良い試合をありがとな」
「ああ、どういたしまして」
「それでもし良ければなんだが……さっきの試合、俺の立ち回りについて何か思うことはないか?」
「う〜ん、理想的な動きだったと思うが……」
「そうか……うーむ、先が見えんな」
オーガスは短期間でかなり腕を上げてきた。
試合の内容としては良かったのだが、少し自信を失ってしまっているようだ。
親子ほど歳の離れた相手に二度も負ければそうなるのも無理はないのかもしれない。
「あくまで一般的には……だな。俺を相手にするなら、『流星群』を使うよりもより狭い範囲を狙った方が可能性があったかもしれない。他にもいくつかあるが……」
「お、おお……! 詳しく教えてくれ! 頼む、この通りだ」
「え? まあ構わないが……」
これじゃあ、どっちが講師かわからなくなるな……?
まあいい、教えることで俺の理解も整理されるし、悪い話ではないからな。
こうして、俺は講義時間が終わるまでの間、クラスメイトたちが戦闘をする中、講師であるオーガスの指導をしたのだった。
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