第31話:魔法工学の実習
◇
昼休みが終わり、午後の講義時間になった。
今日は三限と四限が魔法工学の実習の予定になっている。
「ふっふっふっ、我輩はクロム・ルミナルド。諸君らを担当する講師なのじゃ。諸君らはこの学院……それもSクラスに入学できた時点で優秀なのじゃが、残念ながら私の実習——魔法工学においては完全にど素人であることをまず認識するのじゃ」
魔法工学の講師が、講義時間の開始早々にそう言い放った。
この科目は入学試験の際のペーパーテストでも、実技試験でも問われなかった領域だ。
アステリア魔法学院に入学してから皆横一列になって勉強を始める。
多少の魔法理論や実技で身につけたセンスは生きるが、現時点では確かに全員が何もわからない状態である。
それをこの講師はど素人と表現しているわけで、それは正しいのだが……この見た目で言われるとなんとも威厳を感じられないから不思議である。
「先生かわいい〜!」
「先生何歳なんですか〜?」
「先生も一緒に勉強するんですよね!」
いわゆる、この講師は『のじゃロリ』というやつだった。
『のじゃロリ』というのは、語尾に『〜じゃ』や『〜のじゃ』と付けてかつ、見た目が幼いキャラクターのことを指す。
実年齢はそれなりのはずだが、見た目が十歳前後の少女に見えてしまうほど幼いせいで申し訳ないことにまったく威厳というものがなかった。
舐められまいとかなり気合いを入れて最初に言い放ったはずだというのにこの扱い。人は見た目によらないものだが、見た目もなかなか大切だということを考えさせられる。
「くぅ、悔しいのう……」
おそらく他のクラスでもそうなのか、毎年そうなのかは知らないが……。
とはいえ、見た目と講義自体の品質は関係ない。
「クロム、ど素人の俺たちに早く魔法工学を教えてくれないか? 先生なんだろ?」
「そ、そうじゃ! 我輩は先生なのじゃ! じゃあ、まずは魔法工学とは何かということから教えるとするのじゃ。さっきのそこの、ほれ、お前じゃ」
先生扱いされたのが嬉しかったのか、なぜか俺の方を指差している。
「ん、俺か?」
「そうじゃ、お前なかなか見込みがあるから指名したのじゃ。魔法工学について知っていることを話してみるのじゃ」
「問題ないが、必要なことなのか?」
「……生活に溶け込んでいるもんじゃから、知っていることも多くあるじゃろう。まずは学院生の理解度を確認し、わからないところを埋めていこうと思うのじゃ」
「なるほど、そうなのか」
『賢者の実』により膨大な知識を獲得した俺に聞くこと自体が間違っている気がする。しかし指名されたのだから、答えるのが礼儀ってものだよな。
面倒だが、仕方ない。
「魔法工学というのは、要するに魔道具をどのような方法で開発するかを研究する学問のことだ。例えば、この学院の食堂にも食券機というものがある。仕組みはどの魔道具も同じで、魔石に任意の魔法を刻むことで性質を与え、一種類、あるいは複数種類の性質が刻まれた魔石を組み立てることで動くようになる。細かな技術に関しては省くが、どのような性質の組み合わせなら目的の効果を得られるか、効率化できるところはないか——とまあ、そんな感じのことを研究している。戦闘時に使うアイテムでも魔道具は結構あるから、この実習の目的は基礎的な仕組みを理解して魔道具を使いこなせるようにしましょうってなところじゃないか?」
もともとさっき食堂に入った時に思い出していたことなので、スラっと言葉が出てきた。
おそらく、これで間違いないはずだ。
「か、完璧な解答じゃ……。今年の一年生Sクラスは皆このレベルってことなのかの……?」
「いや、俺がたまたま知ってただけだ。ちょっと知る機会があったからな」
「な、なるほどなのじゃ。……ま、まあ魔法工学というのはこやつが説明してくれた通りなのじゃ! では、今日は実際にシンプルな魔道具『卓上扇風機』を作って理解を深めるのじゃ!」
そんなことを言うと、クロムは卓上扇風機作成用のキットを配布した。
キットの中には魔法が何も刻まれていない魔石が5個と、卓上扇風機のケースとなる外側の部分が入っていた。
「まだ寒いのに扇風機かぁ……」
「仕方ないよ、夏になったら使えるって」
「勉強のためだから、しょうがないんだよ」
この世界でも四月は春なのだが、まだ肌寒さが残っている。
寒い中で扇風機というのはミスマッス感が否めないのだが、カリキュラムは既に組まれており、始業が四月なのだからどうしようもない。
俺たちが今日やるべきことは、魔石に魔法を刻んで、完成した魔石をケースに収めること。
刻印用の魔法を教科書通り詠唱するだけで完成するので、かなり簡単な作業である。
「う〜ん」
確かに初歩の初歩としてはこのくらいで良いのかもしれないが、俺にとってはやや物足りない。
「クロム質問いいか?」
「なんじゃ?」
「これって、今日は魔道具作りの理解を深めることが目標なんだよな。じゃあ卓上扇風機と言わず、別の物を作ってもいいのか?」
クロムをしばらく考える素振りを見せた後、答えてくれた。
「べつに構わんが……そのキットで別の物を作れるとは思えんぞ」
「それはやってみなくちゃわからないだろ?」
俺にはこの機会に作ってみたいものがあった。
前世の日本にあって、異世界にはないもの——エアコンである。
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