第10話:学院寮のルームメイト
「お疲れ様でした、アレン。それとアリエルさんも」
決闘が終わるや否や、ルリアが俺たちのもとまでやってきた。
「えーと……?」
アリエルはさっきまで俺にしか目に入っていなかったようで、ルリアの名前を覚えていないらしい。俺とルリアの会話の中から何度か出ていたはずなのだが……まあ、意識しなければ名前なんて覚えられないよな。
「私、ルリア・イグニストです」
「ああ……確か次席の。もう名前覚えてもらってるみたいだけど、一応……アリエル・スカイネスよ。私のことはアリエルでいいわ。私もルリアって呼ぶから」
「アリエル……ですね! わかりました!」
ルリアは『さん』とつけようとして踏みとどまったようだ。
俺のことはすぐに呼び捨てで呼んでいたのに、アリエルには他人行儀な感じなのはなんでなんだろうな?
いや、よく考えたら俺とルリアの時はちょっとした一悶着があったが、この二人はまだ初対面なのだからそんなものか。
「それにしてもアレンのさっきの戦い凄かったです! 体術もさることながら、まさか魔法を封じ込めてしまうなんて……。こんな魔法があったのですね。それに、詠唱がなかったような……?」
そういえば、入学試験の時は離れたブロックにいたようで、ルリアは俺の魔法を初めて見たんだったな。
無詠唱魔法に驚かれるのは今更という感覚なのだが、少し新鮮な気分になる。
「そ、そうよね。さっきの無詠唱の魔法……いったいどうやってたの……!?」
まあ、驚くのも無理はない。
一流の魔法師を目指す者なら、一度は考えたことはあるはずだ。
この詠唱さえなければもっと速く魔法を発動できるようになるのにと。
だが、この世界のこの時代は詠唱魔法が基本であり、無詠唱魔法は実現不可能と言われてきた。
オーガスが詠唱の短縮をしているようなので、人類の限界はそこまでだと思われている。
俺には、東京という魔法が存在しない異世界の記憶があるのだが、その世界の感覚でいう魔法や錬金術といったものがこの世界の無詠唱魔法に当たるのだ。
「ちょっとしたコツがあるんだよ。ちょっと練習すれば誰でもできると思うぞ。もちろん、アリエルとルリアでもな」
客観的に見れば『賢者の実』を食べたことにより簡単に無詠唱魔法を会得したように見えるかもしれないが、これは『賢者の知恵』によりかなり深い魔法理論を理解したことで使えるようになったものだ。
センスは必要だが、決して俺だけが使えるものじゃないし、訓練次第では再現性が十分にあると思う。
王国一の学院の主席と次席ならすぐに使えるようになるだろう。
俺は思ったままのことを口にしたにすぎないのだが——
「ア、アレンみたいなことが練習するだけで私たちにもできるのですか……!?」
「ちょ、ちょっとそれ詳しく聞かせて!」
俺が思っていたよりも食いつきが良かった。
「う〜ん、この場ですぐに理解はできないと思うんだが……簡単に言えば、一般に知られているよりも深く魔法を勉強して、考える練習をするだけで誰でも使えるようになるんだ。魔法が使える人間ならな」
この世界には魔法が使える者と使えない者が存在する。
誰にでも『魔力』は生まれつき備わっているが、先天的に魔力回路が活性化されていなければ、いわゆる六属性の魔法を使うことはできないのだ。
アステリア魔法学院への入学が許可されたこの二人は当然魔法の才能があるので、この問題は既に突破している。
そういう意味で二人でもコツさえ掴めれば使えるのだ。
「な、なるほど……?」
「そりゃそう簡単に無詠唱魔法は使えないわよね……。相応の努力は必要よね」
「二人は無詠唱魔法が使えるようになりたいのか? 覚えたいっていうことなら、俺が教えるぞ」
「「……っ!?」」
何を驚いているんだろう?
俺は、この技術を手に入れた当初から独り占めするつもりはなかった。
確かに誰にも教えなければ、研鑽を重ねることでいずれ世界最強の魔法師の座は揺るがないものになっただろう。
常識を失ってしまった俺でも、そのくらいのことはわかる。
でも、ややコツがいるとはいえ習得にそれほどの時間がかからないこの技術が俺にしか使えないのは、本当に大丈夫か? と不安を覚えたのだ。
『賢者の知恵』は、魔法理論だけじゃなくこの世界の歴史までもを俺に与えてくれた。
数千、数万年の昔——神話の時代には無詠唱魔法が一般的であり、その力をもって伝説上の存在である魔人や魔族の襲来、天変地異など数々の災厄を退けてきたとされている。
もちろん文献があるわけじゃないから、真偽不明のものをすべてそっくり信じるのは危険かもしれない。とはいえ、可能性としては考慮すべきことだ。
災厄が訪れた時、俺一人しか無詠唱魔法を使えなかったらどうなる?
どうにもならない事態が訪れるかもしれない。
というか、世界の命運を俺が握らなければならない——なんてことは御免だ。
なるべく変な責任を持ちたくない。
そのような最悪なシナリオが起こらないようにするため、今のうちに広めておいた方が長い目で見れば利益が大きいんじゃないか?
その上で、俺は『努力』なら誰にも負けない自信がある。
この技術を教えてしまったとしても、誰よりも努力すれば世界最強の魔法師にだってなれるはずだ。
「ぜ、ぜひ教えてもらいたいわ。……そ、それで対価は何なの……?」
アリエルが不安そうに俺を見つめてきた。
「対価? そんなもの取るつもりはないけど……?」
「そ、そんな……タダで世界がひっくり返るようなことを教えるなんて……怪しいを通り越してあなた大丈夫!?」
「そんな大それたものじゃないからな」
まあ、常識がないと言われればその通りなのでなんとも言えないのだが……。
「いえ、さすがに何の狙いもないなんてことはないはず……ということは、求めているのはお金じゃないということよね……」
何やらぶつぶつ呟くアリエル。
俺はそういう面倒臭い言葉の裏をかくようなことはしないんだがな。
「アレンの狙いはわからない。だけど、この話……乗らないわけにはいかないわ」
「わ、私もお願いします……!」
いまだに俺を疑った様子のアリエル。
対照的に俺の言葉をそのまま受け取ったルリア。
二人ともやる気は十分そうだ。
「任せておけ」
俺は、そう返事した。
◇
第二校庭での決闘を終えた俺たちは、他の合格者たちとは遅れて入学資料を受け取りにきた。
受け取るのは入学案内と制服、教科書、その他諸々のものがセットになった大きな袋。
職員が一人ずつ手渡ししているようだった。
さすがは王立の学院というべきか、すべて無償で支給されるようだ。
「ありがとう」
俺たちは一人ずつ袋を受け取った。
これで終わりかと思っていたのだが、職員からとある件の説明があった。
「改めて合格おめでとうございます。学院寮に関してなのですが……」
アステリア魔法学院は、全寮制の魔法学院だ。
そのうち学院寮に関しての案内があることは分かっていたが、まさか合格発表と同時とはな……。
「アステリア魔法学院の学院寮は三人部屋が基本になっています。基本的には同じ年度の入学生からランダムで組み合わせしますが、現時点でご希望がありお互いが合意でしたら、優先的に組み合わせることもできます」
「つまり、ルームメイトを自由に選べるってことか」
「はい、その通りです」
なるほど、誰と同じ部屋になるかわからないので少し不安だったが、これは好都合だな。
「よし、じゃあ俺——アレン・アルステインとルリア・イグニスト、それとアリエル・スカイルネスを一緒の部屋にしてくれ」
俺は当然だとばかりに言ってみたのだが——
「ちょ、ちょっと!? はあ!? お、同じ部屋なんてそんなのありえないわよ!?」
「そ、そうですよ!? アレン、学院寮は男女で一緒になれないんです!」
「え、そうなのか?」
まさか、学院寮が男女一緒じゃダメだとは思わなかった。
これも常識を失ったせいか……。
「いいえ、男女ご一緒でも大丈夫ですよ? あまり選ぶ方はいらっしゃいませんが……」
と思ったら、学院の職員さんはこう言ってくれた。
「あ、いいんだ!」
「「ええええええええ!?」」
ルリアとアリエルの二人は、同時に叫んだ。
まさかこんな返事が返ってくるとは思っていなかったらしい。
「二人にアレを教えるなら、同室の方が都合が良いと思ったんだが……どうする?」
アレというのは、もちろん無詠唱魔法のことだ。
今の時点で俺が無詠唱魔法を広める噂が広がっても教えるノウハウが確立していないので、しばらくは極秘で行こうと思う。
だから隠語のような形になってしまった。
「なるほど、アレンはそこまで考えていたのですね……!」
「た、確かにそれは一理あるわね……」
それ以外に何があるというのだろうか?
今の時点で自然に話せる関係値だというのもやりやすいとは思うが、初対面の人だとしても毎日一緒に生活してたらそれなりに仲良くなれる。
ほぼこれだけの理由だった。
「それなら、私も希望します!」
「わ、私も希望するわ!」
どうやら、二人も納得したようだ。
「それでは、そのように手続きさせていただきますね。本当は今日抽選を行い、明日から部屋に入ってもらう予定だったのですが、三人ご一緒ならこの場で鍵をお渡ししますね」
こうして、俺とルリアとアリエルの同棲生活が確定したのだった。
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