第9話:第二校庭の決闘
◇
アリエルからの決闘を承諾するやいなや、俺は第二校庭まで連れてこられていた。
ちなみにルリアもさっきの流れでついてきている。
第二校庭は入学試験の際にもチラッとだけ見たが、イタリアのローマにあるコロシアムに似た感じ。
階段状の観戦席に囲まれる形で、中央だけフラットになっている。
「ここで決闘をするわ」
「勝手に使って大丈夫なのか?」
「ええ、学院生なら行事以外では放課後に自由に使っても良い施設だもの」
まだ入学する権利を得ただけで、正式に入学手続きを済ませたわけではないのだが……まあ、その辺はいいか。
「なるほど。それで、ハンデはどうする?」
「ハンデ……? 何のことかしら?」
アリエルが怒ったように俺を睨んできた。
なんで不機嫌になったんだろう……?
また常識から外れたこと言っちゃったのかな?
「ハンデっていうのは、ハンディキャップのことだ。さすがに俺とアリエルが同じ条件で決闘するわけにはいかないだろう?」
補正前の入学試験の成績は俺の方が高かったのだからな。
一方的に蹂躙するような形になってはせっかくの決闘もつまらなくなってしまう。
「こ、言葉の意味は分かってるわよ! ふざけたこと言わないで! 当然ルールはフリーよ。殺し以外はなんでもあり。ダメとは言わせないわ」
「アリエルがそれでいいなら俺は構わんが……本当にいいんだな?」
「え、ええ……そうじゃないと意味がないもの」
とりあえず、これで話はまとまったようだった。
「あ、あの……アレン。大丈夫だとは思いますが……気をつけてくださいね。準備時間とか全然ありませんでしたし……」
ルリアが心配そうな声で伝えたきた。
「大丈夫、問題ないよ」
本気を出さないよう気をつければ、誤って大怪我をさせてしまうようなこともないだろう。
そのくらいは俺も心得ている。
……と、それにしては心配そうに見つめる顔がちょっと奇妙だな?
アリエルを心配するならアリエルの方を見ても良いと思うのだが。
まあいい。
ルリアが観戦席の方に移動した頃合いを見計らって、俺はアリエルと約十メートルほど距離を取った。
「いつでもいいぞ。攻撃してくるといい」
「……っ!」
アリエルは、俺の方へ右手を突き出し、詠唱を始める——
「神より賜りし我が魔力、魔法となって顕現せよ。出でよ氷の無限槍……『
ふむ、いきなり上級魔法とはな。
さすがは王国一の名門アステリア魔法学院の主席合格者といったところか。
でも、所詮は詠唱魔法。
入学試験の時には『能力を見せる』ことが主だった理由だから、使わなかった魔法がある。
今回はそれを使うとしよう。
アリエルの魔法の詠唱が完了し、魔法が発動する直前に、俺の魔法が発動する。
詠唱魔法には重大な弱点がある。
それは、詠唱する言葉によりどのような魔法を使うのか相手に伝わってしまうことだ。
詠唱魔法の使い手同士ならなんの問題もないが、俺のように無詠唱魔法の使い手と戦う際には大きな問題になる。
『不発化魔法』——とでも呼ぼうか。
これは正確には何らかの魔法というよりかは、単なる技術なのだが……。
アリエルが発した詠唱により、俺はどのような魔法を放つのか事前に知ることができた。
既存の詠唱魔法のパターンなど数千種類くらいしかない。俺は『賢者の知恵』により詠唱魔法のすべての構造を理解しているので、俺の魔力をほんの少しだけ発動間近の魔法に当てることで無効化することができる。
パリンッ!
「……え!? ……は、はあ!? どうして魔法の発動に失敗しちゃうのよ!? 威力が弱いだけならまだしも、発動に失敗するなんて、今まで一度もなかったわ……!」
突然魔法が無効化されたことで、アリエルはかなり動揺しているようだった。
「神より賜りし我が魔力、魔法となって顕現せよ。出でよ氷の無限槍……『
パリンッ!
「神より賜りし我が魔力、魔法となって顕現せよ。出でよ氷の無限槍……『
パリンッ!
「神より賜りし我が魔力、魔法となって顕現せよ。出でよ氷の無限槍……『
パリンッ!
「何度やっても同じことだ。俺を相手にする限り、魔法は発動しない」
「こ、これあなたが……! あ、ありえない……人智を超えているわ」
「そんなつまらない嘘はつかないんだけどな」
「あ、ありえないというのは言葉の綾で……くっ!」
あれ? そうだったのか。
「まあ、これで分かっただろ? もう決闘は終わりにしよう」
さすがにここまで歯が立たないなら素直に諦めてくれるだろう。
そう思っていたのだが——
「いいえ、まだよ。まだ勝負は終わっていないわ。魔法が使えないのなら、魔法を使わなきゃいいのよ!」
うん?
何を言っているのか理解したのは、その数秒後。
「うおっ!」
アリエルは魔法を捨て、肉弾戦でかかってきたのだった。
さすがにこれは想定外。
思わず驚きの声を漏らしてしまう。
生意気なだけだと思っていたが、この諦めの悪さ……嫌いじゃないな。
そのようなことを思いながら、俺はアリエルの攻撃を軽い身のこなしで避けていく。
「この! この! えい!」
しかし、肉弾戦を仕掛けてきたわりには、動きが悪いな。
多くの魔法師は魔法の技能を磨くことに心血を注ぐため、肉体自体を鍛えることを疎かにしがちになる。
アリエルも例外ではなかったようだ。
まあ、これは魔法学院では評価されない項目だから仕方がないと言えばそうなのだが……。
「避けてばかりね!」
「ここで俺が魔法を撃てばそれで終わるがな」
「……くっ」
手加減していることが伝わってしまったからなのか、アリエルは恨めしそうに俺を睨んだ。
「しかし大丈夫か? だんだん足元が覚束なくなってるが」
「へ、平気よ! このくらい!」
やれやれ。
ずっと拳を振ったり、足を振ったりを続けているので、疲労が溜まっているようだ。
根性だけでまだ続けているようだが、限界は近いように見える。
「ってい——って、あっ」
ああ、言わんこっちゃない。
アリエルが俺に蹴りを加えようとした瞬間。
足を滑らせてしまった。このままでは転倒してしまう。
俺は鍛え上げた筋力をフルに使い、転びかけたアリエルをお姫様抱っこした。
「な、な、な、何のつもりなのよ!? 私はあなたの敵! 決闘の相手! わかってるの!?」
「せっかく助けたのに言うことがそれなのか?」
おかしいな、俺の中の常識では違うのだが……。
うーむ、賢者の実の影響なのだろうか。
「そ、そうよね……。あ、ありがと。助かったわ」
なぜか、アリエルの顔は真っ赤に染まっていた。
どこか打ったとかではなさそうだが……ちょっと心配になるな。
「うん、どういたしまして」
言いながら、アリエルを下ろした。
アリエルはその場で床にへたり込み、もはや戦意喪失したような様子だった。
「アレン・アルステイン……規格外すぎるわ。負けを認めるわ。ここまで力の差があるんじゃ、悔しさすら湧いてこないわ」
「そうか。でも俺はそこまで大きな差でもないと思うけどな」
俺だって本気で修行を始めてからたったの二週間。
アリエルだってこれまで頑張ってきただろうし、そこまで大きな違いはないと思うんだがな。
などと思っていると、アリエルはジト目を向けてくるのだった。
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