魔法学院の劣等烙印者〜「初級魔法しか使えない無能は出ていけ」と貴族の実家を勘当されたけど、今までの努力が報われて名門魔法学院最強の魔法師になる。俺が我が家の誇り?いやいやもう関係ないですから

蒼月浩二

第1話:実家からの追放

「アレン、お前を勘当する。金輪際、ウチの敷居を跨ぐな!」


 朝の稽古を終えた後、実家の門の前で父レイモンドが宣言した。


 父レイモンドは身長190センチはある巨漢。対して俺の身長は170センチほど。

 とんでもない迫力だった。


「父上……今、なんと?」


 俺の名前はアレン・アルステイン。今日が十五歳の誕生日だった。

 王国内有数の貴族……アルステイン男爵家の次男である。


 アルステイン家は代々魔法の名門と名高い。

 それだけに毎日の稽古は厳しかったが、俺はこれまで必死に頑張ってきた。

 

「お前を勘当すると言ったのだ。初級魔法しか使えぬ雑魚が。お前なんぞ俺の息子じゃねえっ!」


 しかし、父レイモンドの言う通り、俺には魔法の才能がなかった。

 でも才能を言い訳にせず、どんな苦しい修行にも耐え、頑張ってきた。


「……しかし、俺だって頑張ってます。もう少しで——」


 もう少しで中級魔法が使えるようになるかもしれない。

 そう言おうとしたとき。


「お前に比べてユリウスはすごい! ユリウスはお前なんぞと違ってこの年でもう上級魔法を使えるのだからな! お前が跡取りじゃなくて本当に良かった! フハハハハ!」


 父レイモンドの横に立っている俺の兄ユリウスの頭をくしゃくしゃして褒め称えたのだった。


「……」


 兄は四月生まれの十五歳。俺は三月生まれの十五歳。

 ほとんど歳が離れていないだけに、何かと比較されて育ってきた。


 そして、兄ユリウスは俺なんかとは違ってメキメキと短期間で頭角を現してきた。


「父上、そのような言い方はどうかと思います。アレンだって自分なりに努力をしてきたはずです」


「おお? そうなのかねえ」


「ええ。努力をしても結果が伴わない無能なだけですよ。そうだよなあ?」


 同意するよう、俺に視線を向ける兄ユリウス。

 兄ユリウスはいつもこのような嫌味を言う。

 父レイモンドよりも婉曲な表現をするものだから、正直こっちの方が苦手だ。


「……はい」


「声が小せえよっ!」


「は、はいそうです! 俺は無能です!!」


「ったく」


 こうして無能宣言をすると、満足する。

 それが日常だった。


「十五歳ってのは成人だ。成人になればお前を追い出せる。この日を何度待ちわびたことか……」


 父レイモンドは心から嬉しそうに言った。


 確かに、俺は初級魔法しか使えない無能だ。

 でも、それだけでここまで言われなきゃいけないほどのことなのだろうか?

 実の父や兄弟に、ここまで無能だと虐げられているのは俺以外に知らない。


 父レイモンドが俺を勘当するというのは冗談で言っているわけではないことは同じ屋根の下で十五年も過ごしていればわかる。


 正直、追い出されることに関してはそれほどショックではなかった。

 これほどに酷い扱いを受けてきて、何度家を出ようとしたことか。


 しかし、成人していない俺には生きていく術がない。

 どうすることもできなかった。


 それはともかく、どうせこのまま追い出されるのだ。

 最後に一つだけ、聞きたかったことを聞いておこう。


「お言葉ですが、なんで実の息子である俺をそれほどに追い出したかったのですか?」


 俺がそう尋ねると、父レイモンドは眉をピクッと揺らした。


「そうか、言ってなかったな。てめえは俺の息子なんかじゃねえんだよ!」


「……え!?」


 頭の中が真っ白になった。

 意味がわからない。


「俺は、どこかで拾われたということですか?」


「いや? ユリスが浮気しやがったんだよ。俺の知らないところでデキてやがったんだよ! ってわけでてめえは俺の息子でもねんでもねえ! 消えろ!!」


「ユリス……母上が……そんな……」


「ってわけだ! てめえはもう俺の息子でもなんでもねえ!」


「だってよ。バイバイ、アレン」


 父レイモンドと兄ユリウスの言葉はそれが最後だった。

 門をピシャリと閉められ、俺は実家を勘当された。


 ◇


 実家を離れ、数十分は無心で歩き続けた。

 行くところもないので、目立たない路地裏で腰を落ち着ける。


「まさか、母上が浮気をしていたなんてな……血が繋がってないから、あんな扱いだったのか……」


 優しく、健気だった母上だけにそんなはずはない……と、いまだに信じられない。

 とはいえ、俺もそれほどよく覚えているわけではない。


 俺が物心がついてすぐくらいの時に、母上は病気で他界してしまったからだ。

 当時幼かった俺には分からなかった二面性があったのかもしれないな。


「と、それはともかく。これからどうする……かな」


 アルステイン家に生まれた子は、代々十五歳の成人後には王国に七つある魔法学院のどこかで三年間学ぶのが当たり前だった。


 俺もそのつもりで学院に入学できるよう、今まで必死に修行を続けていた。

 しかし、もうその夢は実家を勘当されたことで潰(つい)えてしまった。


 七つの魔法学院のうち六つは貴族しか受験を許されない。

 俺は実家を勘当されたことで男爵家としての身分を失い、今はただの放浪者でしかない。


 そんな俺でも唯一受験できる魔法学院があるにはある。

 王都にある、名門アステリア魔法学院。


 魔法学院のどこかに入学できればそれだけで優秀とみなされる王国内において、アステリア魔法学院だけは別格だと言われている。


 身分を問わず広く門戸が開かれており、卒業生のほとんどが有名な冒険者になるか、騎士団で高い地位に就くのだという。


 でも——


「ダメだ。入れるわけがない」


 十五歳で初級魔法しか使えない時点で、俺には何の関係もない場所である。

 俺は変な考えを捨て、立ち上がる。


 空腹感に襲われ、足がよろっともたついた。

 そういえば、まだ朝食を食べてなかったな……。


 なぜか父レイモンドと兄ユリウスだけは朝食をとってから朝の稽古に入るのだが、俺には根性をつけさせるためだからと朝食を抜いて稽古に励んでいた。


 それだけでなく、俺だけなぜか一日一食しか与えられなかった。

 どれもこれも俺が初級魔法しか使えない無能だからという理由で納得していたが、真の理由は俺が父上に嫌われていたからなのかもしれない。


 理由はともかく、稽古のすぐ後に実家を追い出されたせいで何も食べないままということは変わらない。


 しかし、所持金はゼロ。

 どうしたものか……。いや、方法はあれしかないか。


「おい、アレンか?」


「……ん?」


 食べられる雑草を探すため商業地区を経由し村の外に出ようと歩いているところで、馴染みのある声が聞こえてきた。


 反射的に振り向く。


「おお、やっぱりアレンじゃねえか。なんか落ち込んでるみたいだが……どうした?」


「ロミオさん……!」


 声の主はAランク冒険者のロミオ・マスカルト。俺の二倍くらいの歳のはずだが、渋くも若々しく端正な顔立ちをしている。


 Aランクは、冒険者の最高位。……王国トップクラスの冒険者だ。


 アルステイン村を拠点にしている時に偶然知り合い、お腹を空かせていた俺にご飯をご馳走してくれた。男爵家の次男ということは知らずによくしてくれていたのだ。最後に会ったのはもう一年前くらいだろうか……。


 パーティリーダーのロミオさんの他にパーティメンバーが三人いるが、みんなどこか優しそう。変わっていないな。


「実はですね……」


 俺は、ついさっき起きたことを端的に話した。


「そんなことがあったのか……。ひでえ話だ」


「そんなにですか……?」


「ああ、こんな話は滅多に聞かねえ。……それに勘当か。レイモンドに文句の一つも言ってやりてえが……他人の家の事情は俺にはどうすることもできねえな……」


「いえ、話を聞いてもらえるだけでも心が軽くなりました」


 ずっと一人で抱え込んできただけに、ロミオさんに話せただけで少し気持ちが晴れたような気がした。


「とりあえず生活費と食料は分けてやるとして、これからどうするかだな」


「そ、そんな……そこまでお世話になるわけには……」


 食料は少し分けてもらいたいのは正直なところだが、お金までもらってしまうのは申し訳なさすぎる。


「なに、気にするな。……とはいえ、こんなんじゃ焼け石に水だろう。根本的な解決にはならないが……」


 ロミオさんは俺のことを何とかしたいと思ってくれているようだが、Aランク冒険者としての立場がある。高位の冒険者を必要とする依頼は無数にあり、忙しくしている。


 これは俺の問題なのだから、あとは自分で何とかする。

 そう言おうと思ったその時だった。


「あの木の実をあげるとか……?」


 ロミオさんのパーティメンバーの一人が提案した。


「あの木の実って……賢者の実のことか?」


「それしかないじゃない?」


「いや、しかしあれは……もしものことがあったときの責任が取れん」


「このまま何もしないのも同じことだと思うけど」


「……それは、そうかもしれんが……」


 『賢者の実』……初めて聞く言葉だった。


「えっと、それっていったい……?」


 俺が尋ねると、ロミオさんはバッグから賢者の実を取り出して説明してくれた。

 賢者の実は独特な斑点模様が入った怪しげな見た目をしていた。


「賢者の実ってのは、難関ダンジョン最深部のボスを倒したときに稀にドロップするものなんだ。この実を食べた者は不思議な力を得ると言われている」


「不思議な力……ですか?」


「たとえば無尽蔵の魔力を手に入れたり、どんなに攻撃されてもダメージを受けない鋼の身体だったりと、本当に様々だ。どれもこれもが何かしらのとんでもない力を得ると言われている」


「そ、それってめちゃくちゃ貴重なものなんじゃ……」


 最難関ダンジョンを突破しないと手に入らず、ダンジョンを突破したとしても確実に手に入るとは限らない。しかも食べればとんでもない力を得られるのだ。


 ロミオさんのパーティの誰かが食べた方が良いと思うし、食べないにしても高く売れると思う。


「ある意味貴重だが……俺たちはこれを食べる気はないんだよ。アレン、そんなとんでもない力が無条件で手に入ると思うか?」


「……いえ」


「強くなるための厳しい修行という代償を払うだろう? それと同じように、賢者の実で得られる力にも代償がある」


 甘い話には裏がある……ということか。

 そりゃあ何のリスクもなしに強力な力を得ようなんてのは虫が良すぎる話だ。


「その代償というのは……?」


「これが、分からないんだよ。完全にランダム、どんな代償があるか分からない。噂によれば四肢を欠損したり、視力を失ったり、軽いものなら味覚と嗅覚を失ってしまう……というものがあるな。死ぬって話は聞いたことがないが、リスクの内容によっては、仕事に支障が出るかもしれない。だから食べられないんだ」


「なるほど……」


「ま、食べるかどうかは別としても渡しておくか。煮るなり焼くなり好きにすると良い。売れば金にもできるだろうしな。俺にアレンの人生を変えてやることはできねえ。こうなった以上は自分で頑張るしかないんだ。でも、よく考えるんだぞ」


「あ、ありがとうございます……」


 こうして俺はしばらく生活に困らない程度のお金と、取り急ぎの食料。そして賢者の実を手に入れた。


 ロミオさんたちがアルステイン村に来たのは、消耗品の補充のためだけだったということで、すぐに村を出て次の目的地に出発した。


 この恩は、いつか必ず返さないと……な。

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