第2話:力の覚醒と代償

 ◇


「どうしたものかな……」


 アルステイン村の果てにある冒険者用の安宿。

 ベッドと椅子、机が一つずつあるだけの殺風景な部屋の中でロミオさんにもらった賢者の実を眺めていた。


 この実を食べると何か強力な力を得る代わりに、代償を払うことになる。

 本来なら大きなリスクはなるべく省くべきだが、このままでも状況は好転しない。


 ロミオさんにもらった生活費は一ヶ月ほどで底をついてしまうし、何か仕事を見つけるにしても今まで魔法の勉強しかしてこなかった俺はすぐにお金に変えられる技術を持っていなかった。


 もちろん選ばなければ何かできることはあるはずだが——


「その先に未来なんてないよな……」


 今の俺にできる仕事があるとすれば、休みもなく奴隷のような環境で肉体労働をする類のものしかない。

 しかしそういった仕事は身体を酷使するし、故障したとしても何の保証もない。使えなくなったら捨てられてしまう。


 ただの問題の先送りだ。


 状況を一撃で変えられる可能性がある唯一の希望。

 それが、賢者の実だった。


「食べるか……。賢者の実……」


 俺は腹をくくり、賢者の実を頬張る。

 新鮮なフルーツのような酸味と甘味が口の中に広がる。


 これを飲み込めば、俺の未来が決まる。


 ゴクリ。


 飲み込んだ瞬間、すぐに異変が起こった。


 誰ともわからない無機質な声が脳に直接話しかけてくるような感覚——

 同時に、血が沸騰し、脳が焼き切れるような感覚に襲われる。


 《賢者の実を使用しました》

 《前世の記憶を獲得しました》

 《賢者の知恵を獲得しました》

 《これまでの努力が能力値に反映されました》

 《個性『常識』を失いました》


 時間にしてほんの数秒間のことだったが、体感的には何年もの濃密な時間を過ごしたかのような感覚だった。


「前世の記憶……賢者の知恵……努力……常識?」


 いったい何が起こったのかわからない。

 いや、文字通り解釈すれば、俺は『前世の記憶』『賢者の知恵』を獲得し、これまで十五年間の毎日の努力が強さに反映されたということだろう。そして、その代償として『常識』を失ってしまったと……?


 確かに今の俺には、日本という国の東京という都市で生活していた人間の記憶がある。

 この人間の記憶は俺と同一の存在だったことが感覚的に理解できる。


 さらには、この世界のあらゆる知識が手に入ったような感覚があった。


 加えて、まるで身体が羽のように軽くなり、生命力・魔力量ともにとてつもないものになっているように感じるし、何なら一度も成功しなかった上級魔法も容易く使えそうだ。


 さすがにここは屋内なので、試し撃ちはしないが……。


 しかし、代償として『常識』を失ったはずなのだが、俺はまだ常識というものが理解できているように思う。


 挨拶、お辞儀、敬語、etc ……。


 すべて大丈夫そうだ。

 いや、理解できているつもりでもできていないということなのだろうか?


 わからない。

 ともかく、深刻な代償はなかったようでよかった。俺はほっと息を吐いた。


「それにしても……この『賢者の知恵』っていうのはすごいな……」


 この世界のあらゆる事象や歴史についての知識。

 そこには、最適なトレーニング法や魔法理論に関するものもあった。


「これをマスターすれば、世界最強の魔法師も夢じゃないな……」


 というか、俺が父レイモンドにつけてもらっていた稽古は、間違いだらけだったことに気がついた。


 食事は三食とった方が良いし、適度に休んだ方が良いし、身体を虐めるだけのオーバートレーニングなんて以てのほか。


 謎の根性論を真に受けて、今まで時間を無駄にしてしまっていたのだ。

 思い返せば、兄ユリウスと俺の修行メニューはまったく別のものだった。


 つまり、父レイモンドは兄ユリウスにだけ効果的な修行をさせ、俺は何の効果もない苦しいだけの修行をさせられていたのだ。


「ハハハハ……ハハッ」


 怒りを通り越して、乾いた笑いが出てくる。


 しかし、俺がこなした意味のない修行も、賢者の実の効果により努力が認められ、強くなることができた。


「でも、これなら……アステリア魔法学院……受かるかもしれないな」


 試験まではまだ半月くらいの時間がある。

 しっかりとこれから修行を積んでおけば、合格は堅いだろう。


 よし、やるか。修行。


 ◇


 未来に一筋の希望が見えたことで、俺は心を踊らせながら村の外にやってきた。


 村の外には魔物と呼ばれる生物が潜んでおり、襲われれば怪我をしたり、最悪死んでしまうこともある。

 とはいえ村というのは比較的安全な場所に作られがちということもあり、周囲の魔物に大したものはいない。


 魔法の練習にはもってこいだろう。


 『賢者の知恵』によれば、魔法の練習は質と量の両方が大事らしい。

 上級魔法は消費魔力が多いので、初級魔法などの簡素な魔法で基本的なコントロールの練習をするのが良さそうだ。


 俺の背丈より大きいくらいの巨大な岩があるので、そこに狙いを定めて、初級魔法『火球』を放つ。

 単なる火球なのに、今まで俺が使っていた火球とはまったくの別物だった。


 今にも消えそうな小さな火の球なんかじゃなく、禍々しく蒼い輝きを放つ大きな火の球。

 『前世の記憶』によれば、燃焼温度が高いと火は青くなるらしい。


 つまり、賢者の実を食べてから比べ物にならないくらい強くなったようだった。


 そんな火球が岩に衝突し——


 ドゴオオオオオオオオォォォォン!!


 と、けたましい音を立てて爆散した。

 岩は穴が空き、原型を失うほどにボロボロになってしまっている。

 地面は爆風で抉れており、一部は高熱によりガラス化してしまっている。


 ——ふむ、なるほど。こんな感じか。


 今日のノルマは火球百発として……岩を探す方が面倒臭そうだな。


 ともあれ、これで魔法学院の受験も合格を見据えられるラインには到達した。

 この調子で修行を続ければ、合格も夢ではない。


 ロミオさんのおかげで、魔法学院の試験までの間の生活費は気にせず修行に集中することができる。


 実家にいた時以上に頑張るとしよう。


 ◇


 その頃、アルステイン家ではレイモンドとユリウスがご馳走を囲んでいた。


 アレンの勘当祝いという趣味の悪い理由だったのだが、二人は美味しそうに食卓に並ぶ肉や魚、スープを楽しんでいた。


「父上、アレンのやつ今頃どんな顔してますかね」


「さあな。俺にもお前にも関係ないことだ」


「へへっ、そりゃそうですね」


 会話自体は普通だが、自然と口角が上がり、不気味な笑顔が滲み出る二人。


「そんなことよりも、ユリウス。あと少しで魔法学院の受験だな。どこの学院を受験するか、もう決めてるのか?」


「どこを受験するかなんて、天才の俺に言わせないでくださいよ。もちろんアステリア魔法学院に決まってるじゃないですか」


「ハハッ、そりゃそうだったな! どこかの出来の悪いガキとは違って、ユリウスは俺の息子……超一流の血が流れているんだからな!」


 二人の間に爆笑が起こる。

 この時、まだ二人は知らなかった。


 アレンが『賢者の実』により努力が報われ、本来の力を発揮できるようになったことを——

 今更手のひらを返しても実家に戻ってくることはないことを——

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