第3話:王都のチンピラ

 こうして必死の修行をすること二週間。


 あっという間に試験日間近になった。

 既に書面で出願書類を王都に送ってあるので、明日の試験に間に合いさえすれば良い。


 アルステイン村から王都までは普通に移動すれば一週間はかかる距離だが、今の俺なら今日出発で十分間に合うだろう。そのくらいには強化できた自信がある。


 本当はもう少し修行をしておきたかったが、時間が限られていることも含めて試験だと考えれば、今できる最善を尽くすしかないだろう。


 アルステイン村の門を抜け、改めて地図を片手に移動ルートを確認する。


「普通なら山を迂回するしかないか」


 王都までの道のりは直線的に移動できればかなりショートカットできるのだが、山や谷を超える必要があり、通常はきちんと整備された道路を通って迂回しなければならない。


 いくら距離的に短いとはいえ道なき道を進むのはかなりのカロリーを使うことだからな……。


 だが、空を使えばどうだ?


 俺はその場で少し助走をつけ、空高くジャンプする。

 鍛え上げた脚力に加え、魔力によるアシストをすることで一気に上空100メートルほどまで軽々飛ぶことができた。


 とはいえ、ジャンプするだけではこのまま落ちるしかないので——


「このくらいの高さなら……おっと、そこにいるな!」


 魔物は陸地だけに生息するとは限らない。

 上空にも鳥型の魔物が飛んでいるので、そいつを足場にするとしよう。


 俺は修行中に覚えた新魔法『周辺探知(サーチ)』を使うことでスムーズに魔鳥を探すことができた。


 トントントンと軽快に魔鳥を踏み台にジャンプしていき、文字通り風を切って空路を移動する。


 二十分ほどこうして移動したところで、無事に山の向こうに出ることができた。

 ここまで移動すればもう王都は近い。

 そこからゆっくり早足で十分ほど歩き、王都に到着した。


 ◇


 アルステイン村に比べると、王都はかなり発展しているようだった。

 さっき空から見た感じでは、最も栄えている場所は渋谷のスクランブル交差点のような賑やかさがある。


 王立アステリア魔法学院の入学試験は、明日一日で全ての試験が終わり、明後日結果発表である。


 少なくとも今日と明日の二泊はしなければならないので、どこか宿を探さなきゃいけないんだが……。


「や、やめてください——!!」


 ん?


 宿を探してキョロキョロしていると、若い女の子の叫び声が聞こえてきた。


 人気のない路地裏から聞こえてきているようだった。

 路地裏を覗き込むと、とんでもない美少女がそこにいた。


 背中いっぱいに広がる艶やかな金髪。サファイアのように澄んだ碧眼。顔は俺と同じ十五歳くらいに見えるが胸がかなり大きい。それなのに全体的に細身で、全てのバランスがちょうど整ったような少女だった。


 ……と、見惚れている場合じゃないな。


 困った美少女を二人の男がヘラヘラと笑いながら追い詰める。

 そんな様子だった。


「ゲヘヘ……無駄な抵抗すんなよォ」


「嫌よ嫌よも好きのうちってな……! 本当は嬉しいんだろ!」


 まさに乱暴しようとしているように見える。

 あくまで他人のことだし面倒ごとには巻き込まれるのは勘弁してほしいのだが、見捨ててこの後何かあっても気分が悪いしな……。


 まずは穏便に済ませられるか試してみよう。


「なあ、何してるんだ? その子がちょっと困ってるみたいだが……」


 俺が二人組の男に声を掛ける。


「ああ? んだてめえ」


「ガキは引っ込んでろっつーの! 合意があんだよ、合意が!」


 あれ? そうなのか。

 確かに合意があれば問題ないな。

 でも、一応確認は必要か。


「でもやめてくださいって叫んでたけど……? 合意があったのか?」


「あるわけないです……!」


 涙声で訴える美少女。


「……と、言ってるが?」


「こ、このクソアマ……! 黙らせてやる!」


 ふむ……。

 どうやら合意があったというのは嘘だったようだな。


 二人組の男たちは無理やり女の子を襲おうとしているようだった。


 ガシッ!


 首に手をかける男の手を掴む。


「な、なんだと……!? Bランク冒険者であるこの俺がただのガキに腕を掴まれるなんてありえねえ……!」


 これがBランク冒険者……?

 冒険者にはF〜Aまでのランクがあり、Bランクといえばかなり上澄みにあたる。


 まったく、弱すぎるBランクもいたもんだな……。


 俺はそのまま軽く腕を捻り、男を持ち上げ、そのまま壁に投げ捨てた。


 ドオオオオンン!!


 大きな音がしたかと思うと、男は気を失ってしまったようだ。


「こ、この野郎!」


 もう一人の男が襲いかかってくる。


「——遅い。動きに無駄が多すぎる」


 小さく呟き、男を蹴り飛ばす。


 ドオオオオンン!!


 またもや壁に激突し、気を失ってしまったようだった。


 いくら修行したとはいえ、弱すぎないか……?

 まあ、いいか。


「怪我はないか?」


 さっきまで襲われていた女の子に声をかける。

 女の子は呆然としていた。


「あ、ありがとうございます……! 危ないところを助けていただいて!」


「ああ、気にしなくていいよ。大したことしてないし……」


「ええええ!? いやいや……だって相手はBランクの冒険者ですよ!?」


「Aランクにも上下ってものはあるんだと思うぞ。Cランクに近いBランクだったんだろう。多分な」


「そ、そうだとしても大したことなのでは……?」


 うーん?

 この辺りは『賢者の実』の代償で常識を失ってしまっているせいか、微妙に話が噛み合わないな……。

 勉強することでどうにかなれば良いのだが。


「あの……もしかして有名な冒険者様なのですか……? 私、ルリア・イグニストと申します。よろしければお名前を……」


 あまり長居をするつもりはなかったのだが、名乗られてこちらが名乗らないというのは失礼に当たるな……。


「俺はアレン・アルステイン。冒険者でもなんでもないよ」


「ええええ!? で、ではアレンはどうして王都に……? 住んでいるのですか?」


「アステリア魔法学院の試験を受けに……かな。ま、合格できるかは定かじゃないけどな」


「アステリア魔法学院……!」


 ルリアは何かを思い出したようで、ハッと目を見開いた。


「私もそのために王都に来たんです!」


「そうなのか」


 特に驚きはない。

 ルリアは俺と同じくらいの歳だし、明日が学院の試験だということを考えると受験生が山ほど王都にいるだろうからな。


「と、ということはアレンは魔法が使える上に、体術まで極められているのですか……!?」


「極めたってほどじゃないが……まあ、そこそこ戦えはするかな」


 修行はしたが、せいぜいチンピラを捻り潰す程度の力。

 このくらいできる者はザラにいるだろう。


「あ、あの……私、頑張って合格します! なので一緒に入学できたら……仲良くしてくれますか?」


 なぜか、顔を赤らめながら恥ずかしそうに言うルリア。


「それは、友達になってほしいってことなのか?」


「そ、そうですね。……まずはお友達から……」


「それなら断る理由がないな。……もっとも、俺が合格できればだが」


「アレンなら大丈夫ですよ!? というか、アレンが落ちて他の誰が受かるんですか……!」


 そう言ってくれるのはありがたいのだが、試験というものは何が起こるのかわからないからな……。


「まあ、お互いベストを尽くそう。明日は頑張ってな」


「はい!」


 こうして少しばかりの談笑を楽しんだ後、俺は手ごろな宿を見つけ、明日の試験に備えるのだった。

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