第4話:ペーパー試験

 ◇


 夜が明け、試験当日になった。

 アステリア魔法学院の試験は筆記試験・実技試験・実戦試験の三回。


 全て今日一日で済ませるらしいから、忙しい一日になりそうだ。

 俺は夜の間に『賢者の実』により手に入れた膨大な知識を復習しておいた。


 もともと魔法学院の試験に向けて父レイモンドから指定された教科書で勉強していたから筆記試験に不安はない。実技試験や実戦試験の方が配点が高いと聞くので、こちらの方が不安は残る。


 いや……父上のことだからまともな教科書を与えられていなかった可能性も高いな……。

 となると、本当は図書館に篭ってちゃんと勉強しておいた方が良かったのか? いや、一から勉強するには全然時間が足りなかったな……。


 まあ、今から不安になっても仕方がない。

 もともとはダメだと思ってた魔法学院入学の夢に手が届くかもしれないと期待を持てただけでも良しとしよう。



 最初に頭を使う筆記試験があるので、昨日のよりも無理に急がずゆっくりと歩く。

 宿を出て二十分ほどで王立アステリア魔法学院に到着した。


「なかなかの建物だな。……さすがは王国一の名門魔法学院か」


 学院の校舎はまるで高級ホテルかと勘違いしそうになるほどに豪奢な造りをしていた。

 歴史を感じさせつつも近代的なデザインにリフォームされているし、どの校舎も建てられたばかりのような美しい。


 改めて合格したいという思いが強くなる。


「ライバルは……多いな」


 俺の他にも受験生と思しき若い男女が学院の門をくぐり、教室に向かっている。

 数にして数千人はいるだろう。


 その中で合格できるのはたったの300人。


 ほんの一握りしか合格できない狭き門なのだ。

 これが、この学院に入学できただけでも同世代トップのエリート呼ばれる由縁である。


 他の魔法学院の併願者が記念受験しているケースもあるので、受験者全員が優秀というわけでもないらしいが、それでも難関であることは疑いようがない。


 俺は不自然にならない範囲でキョロキョロと受験生の顔を確認する。


「ルリアは……いないか」


 確か、昨日ルリアもこの学院を受けると聞いていたから挨拶くらいしておこうかと思っていたのだが、見当たらない。


 まだ試験が始まるまでには時間があるから遅れてくるのかもしれないし、逆にもう試験教室に入っているのかもしれない。


 ……いや、俺は何を余計なことを考えているんだ。

 まるで、俺がルリアを気にしているみたいじゃないか。


 俺は改めて気を引き締め、筆記試験が行われる教室に向かった。


 ◇


「始め!」


 という合図と同時に受験生たちが一斉に試験用紙を裏返し、カリカリとペンを走らせる音が教室中に響く。


 試験時間は90分。


 俺は落ち着いて名前と受験番号を記入し、問題を確認する。

 試験なんて受けるのは初めてだから緊張する。しかし何よりも焦らないことが大切だと異世界の知識が教えてくれた。


 まずは全ての問題を先にチェックし、解けそうな問題を確実に解く。

 余った時間で残りの問題を解こう。


 と、そう思っていたのだが……。


 んんん……?

 この試験、めちゃくちゃ簡単じゃないか……?


 試験問題は父レイモンドから渡された教科書と同レベルのあまりに低次元なものしかなかった。

 『賢者の実』により、俺はこの世界の歴史や魔法理論、その他幅広い膨大な知識を獲得した。


 この濃密な知識の一端にも届かないくらいの簡単な内容。

 一番難しいと言われる最後の大問がこれだ。


 ——去年初めて王国魔法騎士団で使用された最上級魔法『氷結の冥府ニブルヘイム』を再現するにはどうすれば良いか。あなたの見解を答えなさい。


 答えは簡単だ。

 氷結の冥府の効果を要素に分け、魔法として成立する魔法式に落とし込めばいい。


 まったく同じものじゃなく同じ効果で良いのなら、王国魔法騎士団が使ったものよりさらに効率化できる。

 あれは確か、王国有数の魔法師が100人くらいで放った大型魔法なんだっけ?


 この程度のことなら一人でもなんとかなるくらいの魔法式はすぐに作れる。いや、効率化するだけじゃ面白くないな。もっと威力が上がる手法も考えてみよう。


 そういえば、教科書には『魔法式』の説明がなかったな? 念のため魔法式の概念も説明しておくか。


 ……このようにしてサラサラっとペンを走らせること約二十分ほど。

 全ての問題を解き終えた。


 簡単すぎて何か引っかけがあるんじゃないか? と勘ぐってしまうが、見直しても間違いは見つけられなかった。


 アステリア魔法学院の試験は筆記よりも実技が重視されるらしいから、筆記試験は俺が思っていたより簡単なものだったのだろう。


 しかし、チラッと見える前の席の受験生たちはみんな答案を書き直したり、頭を抱えたりと忙しそうだな?

 なんでだろう……?


 あっ、単に文字を書くのが遅いのかもしれない。

 俺は修行で魔法の技術だけじゃなく、身体も鍛えたからな。指の筋肉を鍛えたおかげで文字を書くのが周りより早くなっていたのだろう。


 そうじゃなければ俺だけ早く解き終えられたことの説明がつかない。


 となるとここで点差はつかないのか……。

 まあいい、残りの暇な時間は実技試験に備えて眠って待つとしよう。

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