第5話:実技試験
◇
筆記試験が終わると、俺たち受験生たちは校庭の一つに連れてこられた。
アステリア魔法学院はかなり敷地が広く、校舎の奥には三つの校庭が広がっている。
第一校庭は校庭というよりも演習場のような様相で、王都の外のフィールドを再現したような場所。
第二校庭も一般的な校庭ではない。闘技場のように中央がフラットになっており、周りは階段状の観戦席のようになっている。
第三校庭はいわゆる一般的な校庭というイメージだ。芝生が青々としており、サッカーでもできそうな感じ。この校庭は発光するタイプの魔導具を用いた白線が引かれており、スペースを分割して使うつもりのようだ。
今日の入学試験で使うのは第一・第三校庭のみとなっているらしい。
実技試験は第一校庭、実戦試験は第三校庭を使うとのことだ。
俺たちは20〜30人ごとのグループに分かれて、第一校庭の各地に連れてこられた。
「皆さん集まったようですので、試験の説明を始めますね」
おそらく学院の職員なのだろう、女性試験官は人数が正確かどうか確認した後、手元の資料を読み上げる。
「二次試験は『実技試験』を行います。皆さん、向こうを見てください」
試験官の目線の先を眺めると、そこには琥珀(こはく)色のカカシが立っていた。
カカシは異世界だから特別な形をしているということはなく、普通に畑に刺さっていそうな感じ。
「皆さんにはあのカカシを的に、魔法で攻撃してもらいます。攻撃をするとすぐに攻撃力の表示がされますから、それがそのまま点数になります」
ここにいる者は全員が試験内容については予習済みだということは理解しているはずだが、なかなか丁寧な説明だな。
すぐに試験を始めないのは、受験生の緊張を解すための心配りなのかもしれない。
「ここまでで何か質問がある方はいますか?」
質問か……ないこともないな。
俺はスッと手を上げた。
「質問というより確認なんだが……あのカカシって、壊したりしても弁償しなくていいんだよな?」
俺が質問を投げると、試験官と受験生たちが一斉に俺を見て「何言ってんだこいつ」と言わんばかりの目を向けられた。
え、何か変な質問しちゃったみたいだな?
さすがに壊れた時に弁償させることはないとは俺も分かっているが、確認くらいさせてくれても良くないか?
「え、ええとですね……。このカカシ……測定器は、王国魔法騎士団で使われているものと同じで、オリハルコンとアダマンタイトを合成した世界最高の強度をもっています。そもそも壊れることはありえないでしょう。ですから当然弁償もありませんよ、安心してくださいね」
試験官が答えると同時に、周りの受験生たちからクスクスと笑いが漏れた。
ふむ、壊すというのがジョークだと思われたようだな。
確かにそれほど硬い素材でできているなら安心して良いのだろう。
安全に練習できる場所がなさすぎて最上級魔法の練習はできていなかったので、良い機会だ。
俺は拳を握り、気合を入れた。
「ではそろそろ始めたいのですが、もう一点だけ。使用できる魔法は初級魔法のみです。事前にお伝えはしているかと思いますが……」
……と、そうだった。
実技試験では同じ規模の魔法じゃないと正確に実力を測れなかったり、ここで無理をしすぎて実戦試験でバテてしまうのを防止するため、初級魔法のみのレギュレーションになっている。
最上級魔法はまたの機会にお預けだな……。
「では、試験を始めます。一人目——」
名前を呼ばれた受験生が定位置につく。
右手をカカシの方に向けた。
「神より賜りし我が魔力、魔法となって顕現せよ。出でよ『火球』——!!」
だ、だっせええええ……!
俺は顔から共感性羞恥で顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなった。
な、なんなんだよこのダサい詠唱……。
いや確かに俺も魔法を使うには詠唱が必要だと教わったから、ほんの数日前までこのクソダサイ詠唱をしていた。……だから、人のことは言えない。
これが普通のことなのだから、本来は恥ずかしいと思うことではないのだ。
しかし俺は『賢者の実』で異世界の知識を手に入れてしまった。
異世界ではこんな詠唱をリアルで言う人間のことを『中二病』と呼ぶらしい。すごく痛々しく見えてしまうのだ……。
俺はもちろん無詠唱魔法が使えるので、もう詠唱魔法を使うことがない。馴染みが薄れてしまっただけに気になってしまうのかもしれないな……。
と、そんなことはともかく。
トップバッターの受験生が詠唱を叫んだと同時に、小さな火の球がヒューっと綺麗な放物線を描いて飛んでいく。
プシュン!
——と小さな音を出してカカシに衝突した。
カカシの上に攻撃力が表示される。
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威力:192
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その瞬間。
「うおおおおお——!! す、すっげえええ!」
「いきなりすごいのが出たな……!」
「くっ……俺はこんな奴らと戦わなくちゃいけないのか……!」
他の受験生たちから次々にこのような声が漏れた。
ええええ……?
今のって凄かったんだっけ……?
まずい、常識を失ってしまったせいでまともな判断ができなくなってるな。
すごいものをすごいと思えなくなっている。
……みんながすごいと言ってるってことはすごいんだろう、多分。
「では、二人目。アレン・アルステイン」
あれは凄かったのだろうと無理やり自分を納得させようと努力していたところで、俺の名前が呼ばれた。
そうだ、二番目だったな。
一人目が凄すぎたせいか、なぜか後に続く俺まで注目されているような気がするな?
あまり人前に出るのは得意じゃないので少し緊張してしまうが、ここは平常心……平常心だ。
「よし——!」
俺は右手を突き出し、カカシに向ける。
そして、魔法式を組み立てていく。
魔法というのは、異世界のいわば魔導具……コンピュータに似ている。
コンピュータ上で動くソフトウェアは全て0と1の組み合わせで動いており、電流のオン・オフで区別している。
それと同じ考え方で魔力のオン・オフにより論理的に可能な範囲でどんな魔法も再現できるのだ。
詠唱魔法はダサいという問題以外にも、雑音が混じってしまっているという問題がある。詠唱魔法は『言葉』が自動的に魔法式に変換され、事象を再現することができる技術。
しかし人の魔力回路はそれぞれ違う。単一の言葉で同じ魔法を再現しようとすれば、自動で最適化はされるもののそこに何の意味もない調整コスト——すなわち無駄が生じる。
いわゆる教科書的な魔法の練習というのは、何度も無理やり魔力回路に魔法を流すことにより、人体を魔法式に最適化させるというもの。
ただし俺のように生まれつき魔力回路の柔軟性がない人間は魔法式に合わせることができず、能力を発揮しきれない。
まあ、そもそもこんな無駄だらけの技術を使う必要性もないわけだが——
そんなことをコンマ一秒の間に思いながら、俺は『火球』を放った。
さっきの受験生とは比べものにならないほどにメラメラと蒼く燃える巨大な火球がカカシに向けて飛んでいき——
ドゴオオオオオンンンッッッ!!!!
轟音と爆風にこの場が包まれたのだった。
砂埃が舞い、視界がゼロになる。
「……な、なんだなんだ!?」
「な、何が起こったんだ!?」
「王国魔法騎士団顔負けの破壊力……いや、それどころじゃねえ。詠唱すら……!」
突然の出来事に辺り一帯は騒然としていた。
約一分ほどで粉塵が落ち着き、被弾地点が見えた。
カカシは半壊という状態。ギリギリ形を保っているが、亀裂が入っていた。
なんか硬い素材らしいけど、普通に壊れちゃったな?
念のため確認しておいて正解だったようだ。
というか、初級魔法『火球』じゃなかったら亀裂だけで済まなかったなこれ。
亀裂が入っているとはいえ、攻撃力の表示は出るらしく、結果が表示された。
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威力:99999+
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……いや、バグってるなこれ。
試験官は目を見開き、しばらく大口を開けただけで声も出ない様子だったが、そろそろ正気に戻ったらしい。
「な、な、な、なんということですか……!? あれが壊れるなんて……聞いたことがありません! アレン・アルステイン……き、規格外すぎますよ……これは!」
と思ったら、正気ではなかったようだ。
規格外ってほどではないだろう。
普通のことを普通にしただけなんだからな。
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