第27話:初めての授業

 ◇


 翌日。

 今日から授業が始まった。


 時間割は一限目が座学で、二限目が実技だ。

 それぞれの授業は90分なので、二限目が終わると休み時間になる。


 シルファとオーガスからなるべく目立ってくれと頼まれ、引き受けたのは良いのだが……具体的にどうするかな。


「え〜、魔法学というのはですねぇ……。いかに多くの詠唱を覚え、いかに繰り返し身体を慣らすことで魔法を自分のものにするのかが大切でぇ……あっ、ここ試験に出ますよぉ〜?」


 今日の座学の講義は、メガネのハゲ講師による魔法学らしかった。

 物凄いスピードで黒板に文字を書き殴っていく講師。


 同時に、クラスメイトたちのヒソヒソ話が聞こえてきた。


「や、やべえ……さすがアステリア魔法学院の授業だぜ……」


「授業の質もスピードも段違いだ!」


「置いていかれないようにノートちゃんと取らないと!」


 やっべえ……簡単すぎて眠くなってきた。

 しかも簡単なだけじゃなく無駄な話のせいでスピードも遅すぎる。


 本当にここは名門学院なのか?

 わかりやすい解説をしているつもりなのかもしれないが、あまりにどうでもいい話が多すぎて逆にわからなくなってくる。


 でも、ちゃんと聞いておかないとな。

 テストに出るらしいし……。


 学院生にとって、最も目立てるチャンスがあるのはテストだろう。

 ここで満点……とはいかなくとも9割くらいの得点が取れれば、意図せずとも目立てるに違いない。


「であるからして——」


 ………………。


 ガクッ。


 危ない危ない……あまりに退屈すぎて眠ってしまうところだった。

 っていうかちょっと寝てたな。


 さて、ちゃんとノートを取ろう。

 ——と、顔を上げた時だった。


「アレン・アルステイン! 私の講義を聞いているのか!」


 と言いながら、ハゲた教授が白いチョークを投げてきたのだった。


「……!?」


 思わず俺は手を伸ばす。


 パシッ!


 ふう。


 どうやら無事にチョークをキャッチできたようだった。


 寝ていた俺も悪いが、チョークを投げつけるのは体罰だろう。

 そんなことが許されていいのか?


 ……いや、俺の常識がズレている可能性が高いな。

 ここは異世界なのだ。異世界の学院ではこれが普通なのかもしれない。


「ぐぬぬ……キャッチするとは……」


 なぜか、チョークを投げつけてきたハゲ講師は怒りで頭を赤く染めて悔しそうな顔をしていた。


 同時に、クラス中がクスクスと笑いに包まれる。


 ふむ、どうやら俺は意図せず笑いを提供していたらしい。


「お、おいアレン! 黒板に解答を書きに来なさい!」


「……?」


 まるでタコのように怒りで頭を赤く染めたハゲ講師が怒鳴りつけてきた。


 黒板には魔法学の基礎となる図が描かれている。

 今日の講義は、魔力と魔法の関係を解説するというもの。


 基礎中の基礎だが、実はこの分野はかなり深い。

 まだ発展途上の分野である。


 問題というのは、魔力と魔法からより発展し、魔力と詠唱省略に関するものだったらしい。


 詠唱省略というのは文字通り詠唱を省略する技術だが、無詠唱とは明確に区別される。

 一部使わなければならない単語を省略する際に魔力がどのように魔法に変化しているか——これを図に示せということのようだ。


「何をしている? 寝ていたということは完璧に理解しているのだろう! 早く書きに来ないか!」


 ハゲ講師は、ニヤニヤと楽しそうにしていた。


「ひ、ひでえ……さっきまだこれは研究途上だって……」


「魔法学の研究者でもわかってないことを学院生に解答させるなんて……」


「これじゃまるで晒し上げだよ……。さすがにアレンくんでもこれは……」


 クラス中からヒソヒソと声が漏れてくる。

 何を言っているか判別できないが、おそらく皆んな自分が解答するならという立場で考えているのだろう。


 前世でも高校時代、やたらと指名してくる先生に備えて常に自分でも解答を出していたものだ。


「あ、あの……アレン。ここは先生に謝った方が良いかもしれません」


「そうね。目立つって言っても悪い風に目立つのは本来の意図からズレてると思うし……」


 どういうわけか、ルリアとアリエルがそんなことを提案してきたのだった。

 謝る……?


 俺が寝ていたせいで問題が解けないのだとしたらそれもわからなくはないが、今回は違う。

 ちょっと性格が悪そうな講師だが、幸いにも基礎的な問題を尋ねてくれているので、まったくの無問題だ。


 それに——


「何言ってるんだ? このくらいで目立つもクソもないだろ」


 そう、あまりに基礎的な問題すぎて、解答できたとしてもそれほど目立つ結果にはならないのだ。

 教科書に書いてあることなら解答できても普通だろう。


 今回は目立ちたいので残念だが、多少の優秀さを見せれば、次からは難問を提供してくれるかもしれない。


 黒板に向かい、ハゲ講師からチョークを受け取る。

 そして、解答を書き始めた——


 詠唱省略魔法は、詠唱魔法に比べると無駄が少ないため、同じ魔力量・質でも最大限効果を発揮する。

 複雑な幾何学模様を頭の中でイメージし、黒板に示した。


 ついでに、講師が(わざとだと思うけど)魔力と魔法の関係に関する図を間違えていたので、訂正を入れておく。


 ふう、こんなもんか。


「す、すげえええ……」


「全然意味わかんないけど、すごいのはわかるぞ!」


「さすがアレンくんだね!」


 うん? なぜかクラスメイトからの評価が高いな。

 問題自体は簡単だったが、書き示すのはやや面倒だったから思ったより反応が良いのはありがたいが。


「これでいいのか? ——って、どうした?」


 正解なのかどうかを確かめようと講師の顔を覗いたのだが……。


「あわわわわわ……う、嘘だろ……。私が二十年も専門に研究していたことをこうもあっさりと……。し、しかも完璧だ……あ、ありえない……。私の研究の間違いまで……。世紀の大発見がいくつも……! ああああ……」


 なぜか、狼狽えていた。


 え、もしかして自分が解けない問題を俺に解かせていたってことなのか……?


 しかし、この詠唱省略の性質に関しては太古の昔にすでにこれは発見されていたはずなのだが……。

 やれやれ、どうなっているのやら。

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