第25話:協力依頼

 オーガスは、順を追って説明を始めた。


「もう何十年も前の話だが、学院長——テルサ・ディストルには庶民の恋人がいたらしい。ディストル家ってのは知っていると思うがディストル伯爵家のことだ。それも、後継ぎだった」


「学院長に庶民の……? 意外だな……」


 あれだけ庶民を嫌悪していた学院長にそんな過去があったとは。

 しかしそうだとすれば庶民を大事にしようとなるはずだが、なぜそうならなかったんだ?


「まあ、そうだな。それで、二人は結婚を考えるようになったわけだが……学院長の両親が猛反対したそうでな」


「伯爵家なら仕方のないことだろうな……気の毒だが」


 上級貴族のそれも後継ぎともなれば、家柄を無視して当人たちの意思だけで結婚するというのは難しい。


「それで、学院長の両親は結婚を諦めないのであれば勘当すると言い放ったそうだ」


「……」


「当時の学院長はそれでも諦めなかったようだが、その後不幸があったようでな」


「不幸……?」


「ああ。学院長の恋人はその夜、首を吊ったとのことだ」


「それは……」


 声に出そうとした言葉を引っ込める。


 つまり、学院長の当時の恋人は、自分のために立場を犠牲にしようとすることに耐えられず、自ら命を絶ってしまったということか。


「アレンが想像している通りだ」


「……なるほど。でも、なんでこれで庶民を嫌うことになるんだ? 貴族と庶民が幸せになれるよう目指していく道もあったはずだが……」


「結局、人だということだろうよ。失ったものがあまりに大きく、傷は癒えなかった。どうせ叶わぬ夢なら、最初から夢など見ない方がいい。こんな夢を見せたのは庶民が悪い。……不憫なことだが、考えていることはそんなところだろう」


「なるほど……」


「もっとも、だからといって庶民を一括りにして排除するするという考えには賛同できん。今の学院長が上の立場にいる限り、これは変わらないだろう」


 ある意味では、学院長も被害者……か。


 確かに共感はできるが、俺にとっては切実な問題でもある。

 オーガスの言う通り、仮に学院長にそうした過去があったとしても譲れないものはある。


「こうした経緯を含めて、アレンには俺たちに協力をしてほしいんだ」


「協力?」


「ああ、さっきも言った通り、学院上層部も一枚岩じゃない。学院長派閥の勢力が大きいが、俺やシルファみたいに保守派もそれなりにいるんだ。俺たち保守派が実権を握ることで貴族優遇主義を終わらせる。実力で評価される枠組みを取り戻し、真の実力者を排出できる学院を目指すつもりだ。そこでアレンの力を借りたい」


 なるほど、学院内政治のカードに俺を使おうということか。

 確かにこの学院で唯一の庶民とはいえば、俺しかいないからな。


「えっと、疑問点がいくつかあるんだけど……」


「なんでも答えよう」


 熱くなっていたオーガスだったが、俺の言葉で少し落ち着きを見せた。


「そもそもこの学院は王立だろ? 学院長の権限云々の前に、今の環境には少なからず国王の思想も入ってるんじゃないのか?」


 かつて、庶民も受け入れていた唯一の学院がここアステリア魔法学院だ。

 裏返せば、七つもある王立魔法学院のうち、六つの学院は昔から貴族のみの入学しか認めてこなかったという歴史があるのだ。


「いや、国王は今も昔も一貫して実力主義だ。今の体制を認めているのも、各学院の卒業生が大半を占める騎士団が優秀な成績を残してきたからにすぎない。庶民の入学を許可することでさらに優秀な人材を確保できるのなら、反対はしないと仰っている」


「普通に考えれば受験生の数が増えれば増えるほど優秀な人材が集まりやすいように思うんだが……」


 常識がないが故の疑問なのかもしれないが、そんなことを思ってしまう。

 初めから誰でも受験できるようにすれば良かったのに……と。


「それは、あえてそうされてこなかったんだ」


「……?」


「今でこそこの国はある程度豊かになり、庶民の子供でも魔法の力を磨くことができるようになったが、昔からそうだったわけじゃない。昔の庶民は『今日』を生きることに精一杯であり、暇があれば家の仕事をさせられていたそうだ。魔法の練習などという『明日』を考える余裕は貴族にしかなかったんだ」


「なるほど……」


 言われてみればそうだ。

 庶民と貴族は初めから同じ環境を用意すれば良かった——などと言うのはある程度豊かな現代を生きる俺たちの傲りなのかもしれない。


「今日を生きるのに精一杯だった庶民の子供に、叶わぬ未来を見せるというのは残酷だった。叶わない未来は見せない……というのが当時の国王や学院の責任者たちの優しさだったんじゃないか……という見解が有力だ」


「事情が色々とわかった気がするよ」


「それなら良かった」


 今は昔とは違う。

 オーガスとシルファ……その他保守派の講師たちは今の時代に合った合理的なやり方に変えようとしている。俺にはそう伝わった。


「でも、余計なことしなけりゃ何事もなく平穏に暮らせたはずだろ? オーガスも、シルファも。なんで庶民のためにこんなに頑張ってくれるんだ?」


「それは……色々あったからな」


「そうね……」


「……」


 おそらく、突っ込んで聞けば教えてくれるのだろう。

 少なくとも今世の俺よりは長く生きている二人。


 何事もなく主流派に争うようなことはない、か……。

 たとえ、今聞かなくとも二人に協力するのならいずれ知ることになるだろう。


 今日は新しい情報が大量に頭に入ってきてパンクしてしまいそうだ。

 聞かないでおくことにしよう。


「わかった、二人に協力するよ。そもそも俺が損することはないわけだしな。色々と話してくれてありがとう」


「アレン……協力してくれるか!」


「ありがとう! 先生たち頑張るね!」


 二人の中では俺が協力を受け入れない場合のことも頭にあったのかもしれない。

 しかし、まだ分かっていないことがある。

 それは——


「あの……それで、俺は何をすればいいんだ?」


「っと、そうだったな。アレンには今まで通り学院生らしく、学院生活を謳歌してほしい。その上で、近々あるクラス対抗戦をはじめ、なるべく庶民の顔として目立ってほしいんだ」


「め、目立つ……? 俺が……?」


 俺は思わずシュンとなってしまう。

 あまり目立ちたくはないのだが……。


 これはもう魂に刻み込まれてしまっているのだろうか、前世から性格の根本はあまり変わっていないようだ。


「さっきも説明した通り、国王は強い人材を求められている。そこでこれまで差別してきた庶民にも実力者がいるとなれば、状況は大きく変わるだろう」


 なるほど……。

 俺が改革のためのわかりやすいキャラクターとなり、国王に変革の決断をさせるというのが目的か。


 確かに、国王の考えが変わればすぐに学院の教育に関してメスを入れることができようになる。

 今の学院長は責任を取って退任という形になり、現在の保守派勢力が学院統治の実権を握ることができるようになり、さらに話は円滑に進むようになる……ということか。


「う〜ん、あんまり目立つのは俺の本意じゃないんだが……そういうことなら仕方なさそうだな」

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