第23話:夜のお誘い

「アレン凄かったです!」


「攻撃魔法を一回も使わずに完勝なんてなかなかできることじゃないわ。さすがはアレンね」


 担架で運ばれていく不良たちと、俺から逃げるように闘技場から出ていく二年生の二人を見ながらボケーっと立っていると、ルリアとアリエルが俺を労ってくれた。


 ちょっと持ち上げすぎな気もするが……。


「褒めてくれるのはありがたいんだが……力の差が大きすぎたからな。そんなに大したことはしてないよ」


「それはわかってます!」


「え?」


「大きな力を加減するのはなかなか難しいのよ? 最小限の怪我で事を収めたのは、単純に蹂躙するよりも凄い事だと思うわ」


「そ、そうなのか……?」


 うーむ、どうやらまた無自覚で凄いことをしでかしてしまっていたらしい。


 俺にかつてのような常識が残っていれば客観的に判断もできたのだろうが……まあ、失くしてしまったのは仕方がない。また身に付けられるようにこれから頑張ろう。


「なにはともあれ、これでみんなの安全が確保できそうで良かった。そろそろ部屋に戻るか」


 そう言って、二人とともに建物を出た。

 その時だった。


「あの、アレン君! ちょ、ちょっと時間良いかな?」


「うん?」


 後ろから走ってきた人影から声をかけられ、振り向いた。

 緑色の女性講師——俺たちSクラスの担任講師であるシルファだった。


「用件があって声をかけようとしたんだけど、決闘場に行っちゃったから……終わるまで待ってたのよ」


「そうなのか。手間をかけたな」


「いいえ、謝る必要はありません。アレン君にはちょっとしたお願いがあって来たんだからね」


「なるほど……。それで、用件っていうのは?」


 俺は慎重に言葉を選びながら尋ねた。


 シルファからは人が良さそうな印象を受けるが、油断はしない。

 担任講師とはいえ、俺の味方とは限らないからだ。


 今のところ、オーガス以外は皆敵だと思っておいた方が良いと判断している。

 常に言葉の裏を探り、学院長の罠にハマらないように気をつけよう。


「お願いというのは……今夜、先生の部屋にお食事を食べに来て欲しいの」


 なんだ、そんなことか。

 俺が拍子抜けした一方——


「な、な、な、なんですかそれ!?」


「そ、そういうことを学院生と講師がするのは良くないと思うわ!」


 なぜかルリアとアリエルの二人が声を荒らげていたのだった。


「落ち着け、二人とも。ただ単にこの場では話せない話があって、じっくり話したいというだけなんだろ?」


「そう、その通りなのよ。ルリアちゃん、アリエルちゃん、心配しなくて大丈夫よ。大事なアレン君を盗ったりしないから!」


 俺のことを盗るというのは意味がよくわからないが、あえて聞くほどのことでもないか。


「ということだ。まあ、俺は色々と特別な立場の学院生らしいからな……。こういうこともあるだろう」


 俺は自分の黒い制服を指差しながら言った。


「わ、わかりました……。早とちりしてすみません」


「まあ、そうよね……。よく考えれば分別ある大人が早々に変なことをするわけがないわよね」


 なぜかアリエルはシルファをキッと睨みながら何か言いたげな様子。

 何を思っているのかよくわからないが、とりあえず納得はしてくれたようだ。


「……ということで、すまないが今日は別々の夜ご飯になるみたいだ。先に戻っててくれるか?」


「アレンはそのまま先生の部屋に行くのですか……?」


「教職寮と学院寮は離れてるからな。いちいち戻るのも面倒だしそのまま行けると楽で良い。……と思ってたんだが、シルファ先生もそれでいいか?」


「ええ、構わないわ」


 もう空が暗くなり始めている。


 食事という名目だが、二人に聞かれるとマズい類のもので俺に聞かせたい話があるのだろう。長めの話になるかもしれない。それなら早めに聞けるに越したことはないだろう。


「ということだ。終わったらすぐに戻るよ」


「約束ですからね〜!」


「はいはい約束な」


「裏切った時のペナルティはどうしようかしら」


「裏切らねえって!?」


 やれやれ、何を心配しているのかさっぱりだ。

 食事を囲みながら話をするだけだというのに。


 まったく、常識ある人間の思考というのはわからないものだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る