第15話:入学前夜

 ◇


 厳しい修行の末、ルリアとアリエルはかなり無詠唱魔法の腕を上げた。


 今では中級魔法をほぼ完璧にマスターし、初級魔法に関してはアレンジもできるようになっている。


 アレンジというのは、使うべきところではない部分の消費魔力を削減することで魔力消費を抑えたり、逆に使うべきところで集中的に魔力を消費することで威力を上げたり。……これができれば、無詠唱魔法の旨味を享受できていると言える。


 上級魔法に関しても時間をかければなんとかなるというところまでは来ていた。実戦では使い物にならないが、これも時間の問題だろう。


 この二週間は時の流れがあっという間に感じた。

 時間を気にできないほど忙しかったというのもそうだが、ものすごく楽しかったのだ。


 実家にいた頃は成果の出ない修行の日々であり、同居していた父レイモンドや兄ユリウスからは「初級魔法しか使えない無能」だと言われ、ぞんざいな扱いを受けていた。


 それがないだけでストレスが少なく、本当に充実している。


 これが『普通』のことなのかもしれないが、『普通』の幸せを噛みしめざるをえない。


 明日はアステリア魔法学院の入学式。

 学院寮のベッドをソファー代わりにして座りながら、入学案内の資料を確認しつつ二週間の思い出に耽っていると——


「アレン?」


 突然ルリアに横から声をかけられた。


「ん?」


「そろそろご飯なのでテーブルに来てくださいね」


「ああ、すまん。ありがとう」


 そう、今日はルリアとアリエルが手作りの夕食を作ってくれていたのだ。


 良い香りがする。


 二週間の修行中は学院寮の食堂に通っていた。

 しかし入学前日の今日は特別だということで部屋でご飯を食べようという話になったのだ。


 三人掛けの丸テーブルに座る。

 左にルリア、右にアリエル。丸テーブルなので全員が隣り合わせだ。


 食卓には、湯気がたった美味しそうな料理が並んでいた。


 ロールキャベツのスープ、あさりとトマトのスパゲティ、白身魚のフライ、スモークチキン。

 どれも手間がかなりかかっていそうだ。


 俺は待っていただけだが、二人はかなり頑張っていた。


「めちゃくちゃ美味しそうだな。これならやっぱり俺も何か手伝ったほうが良かったんじゃないか?」


「アレンのお礼も込めてるんですから、ダメですよ!」


「ええ。それにアレンのことだから料理の腕も凄そうだし? 手伝うとか言いつつ仕事全部取られちゃいそうだもの」


「いやいやいや、料理の腕は普通だぞ!?」


 実は俺も手伝うと言ってみたのだが、調理前もこんな感じで俺は何もせずに待っていろと言われてしまったのだ。


 修行のお礼の意図はともかくとして、料理の腕は本当に普通だと思うんだがな……。


 実家にいた頃は家事全般はやっていて、魔法が上達してからは料理と魔法のプロセスが似ていることから多少は上手くなっているんじゃないかという自信はあるが……あくまで普通の範疇でしかない。


「アレンが普通だと言って普通だったことが今まであったでしょうか」


「いえ、ないわ」


「お前ら仲良いな……!? ……じゃなくて、普通にあるだろ!?」


 ルリアとアリエルは俺のことをなんだと思ってるんだ……?


「まあまあ、そんなことはともかく食べましょう! 冷めちゃいますよ!」


「お、そうだな」


 順番に一品ずつ食べていく。


 ロールキャベツのスープ、あさりとトマトのスパゲティ、白身魚のフライ、スモークチキン。


「どれも美味いな!」


 絶望的に食レポのセンスがなさすぎて小学生並の感想しか出てこないのだが、本当に美味しい。


 というか、異世界で見た漫画やアニメではキャラクターがスラスラ素晴らしい食レポをしていたが、普通の一般人がいきなりこんなことできるわけないよな。


 あれは特殊訓練が必要だと思う。

 よって俺は悪くない。


 誰に言われているわけでもないツッコミを論破しつつ食事を楽しんだ。


「それは良かったです〜!」


「作った甲斐があったわね」


 二人は美味しく作れているか不安だったのだろう。俺が美味しいと言うと、どこか安堵した表情になったのだった。


「そういえば、時間割ってどうなるんだろうな?」


「う〜ん、今のところは何もわからないですね」


「噂レベルでしか聞いたことないけれど、忙しいとは聞くわね」


「明日にならないとわからないか」


 この二週間やってきた修行は継続してこそ大きな力になる。

 王国一の名門魔法学院ともあれば、ある程度忙しいことは覚悟していたが、どうなるか……。


 まあ、幸い学院寮が同室になったので、なんとでもなるか。


 夕食は修行の日々を思い返したり、入学後の展望を語り合った。


 こうして食事が終わり、目蓋が重くなった。

 そろそろ眠ろうかと歯を磨いてベッドに向かったその時だった。


「アレン、私素晴らしい閃きがありました!」


「うん?」


「この部屋、ちょっと狭いじゃないですか」


「そうでもないと思うぞ」


 三人で共用とはいえ、十分余裕のある造りになっていると思う。

 少なくとも俺が借りていた安宿よりは一人当たりが使えるスペースは広いだろう。


「狭いのですが……こんな感じでベッドを詰めればすごく広くなるんです!」


「え? お、おう……」


 ルリアはシングルベッド三台を連ねて、一台のベッドのようにしてしまった。


「ほら、ここにスペースができましたよ!」


「ルリア、ナイスアイデアね」


 なぜかルリアを褒めるアリエル。


「いやしかしだな……これは初日の時のことじゃないが……ちょっと問題あるんじゃないか?」


「何が問題あるんですか?」


「いや、何とは言わないんだが……」


 確かにベッド自体は独立しているので、一緒に眠るわけではない。

 なのでダメなわけではないのだが……こう、なんともいえない気持ちになる。


「二人は……嫌じゃないのか?」


「なぜですか? こっちの方が、アレンと近くになれて……良いと思います!」


「そうね、アレンが真ん中で寝れば良いと思うわ」


「そ、そうなのか……?」


 俺は頭が意味不明だったが、よく考えると俺には常識がないのだ。

 ルリアとアリエルの方が正しいと考える方が自然だろう。


 二人が自信を持って良いと言っているのだから、俺の方が間違っている可能性が高い。


「なるほど、そういうことならそうしてみようか。実際、部屋は広く使えそうだしな」


「そうですよね! アレンさすがです!」


「部屋を広く使うためだものね。ええ、これは仕方がないことなのよ」


 二人はどういうわけかウキウキなので、これで良いのだろう。

 その後消灯し、俺たち三人は眠りについたのだが——


「な、なんか近くないか……?」


 ベッドが独立しているというのに、なぜか二人は俺に密着しそうなくらい近くで横になっているのだ。l


「ええ? これくらい普通ですよ?」


「そうそう、これが普通よ?」


「そ、そうか……普通なら問題ないな」


 まさか、俺に常識がないのがバレて嘘の常識を教えられてるとか……そんなことはないよな?


「アレン、隣同士で寝るときはこう……胸を揉んだりしても良いのですよ」


 なぜか顔を赤らめ、艶っぽく言うルリア。


「それはさすがに冗談だろ!?」


「……冗談です。ばれましたか」


「……やれやれ」


 まったく、油断も隙もないな。

 俺の反応を面白がってちょっかいをかけてくるとは……。


 完全に弄ばれてしまっているな。


 ——こうしているうちに、いつの間にか俺は夢に落ちていた。

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