五話:星空とホームシック


 広場で眠そうな狼さんと追いかけっこの訓練!


 あっ、と言わせて勝っちゃおう!


 って思っていたんだけれど


 あっさりまけちゃったー。


 一瞬の油断が命取りだったね。


『一瞬、じゃなくて、常時、でしょ』


 がーん!

 エルピきびしい!


 でも、たしかに、走れたのがうれしくて、注意散漫だったかも。


 反省。


 よーし! こんどはまけないぞー!


『……立ち直りが、早いのは、いい事』


 うん!

 クヨクヨしていても、しかたがないもんね!

 それに、たのしかったし!


 今、僕は広場の外側にある木の下で、狼さん達とお休み中。

 草の地面がひんやりとしていて気持ちいい。

 それに、葉枝の間から差し込む日の光が、体の上半分を温めて、ぽわぽわとした気分にしてくれる。


『ぽ、ぽわぽわ?』


 すこし重くなってきた頭を横に向ける。

 僕の横にいる大きな狼さんは、寝っ転がっていても、とっても大きい。

 僕が“ときこ”と一緒にいた頃に、熊さんが山から下りてきたことがあったけれど、その熊さんよりも一回りから二回りくらいおっきい。


 他の狼さんと毛の色と大きさがぜんぜん違うけれど、食べているものが違うのかな?

 あれ? そもそも、狼さん達はなにを食べて生活しているんだろう?


 さっき、エルピに魔力感知を体験させてもらった時、森の中には木の実や狼さん達以外の生き物が見当たらなかった。

 見つけていないだけかもしれないけれど、木の皮が食べられていた場所もなかった。

 モグラさんはもしかしたら、いるのかもしれない。


 それでも……うーん、不思議だねー。


「さて若葉、我の名は考えてくれたか?」


 あ、そうだった!

 大きな狼さんの名前を今日つけるんだったね!


 ふふふーん。

 昨日の寝る前にしっかり考えてきたよ!


『うん! あのね! “赤べえ”って呼んでいい?』


「赤べえ――それが、我の名か?」


『うん!』


“赤べえ”の“赤”はそのまま毛の色の赤!

“べえ”は、おいしいおうどんのべえ!

 二つを合わせて、赤べえ!

 どう? いい名前でしょ!


『“べえ”は、完全に、若葉の、欲望、だね』


 うん!

 “しん”が食べている時に、香りを嗅いで、絶対おいしいって思ったんだ!

 あー、一度食べてみたいなー。


『コメントに、困る』


 えー、どうしてー?


 大きな狼さんは、僕から視線をはずして、僕が考えた名前をなんどか繰り返す。


「うむ、悪くない――皆の者!」


 周りで休んでいた狼さん達が顔を上げ、僕と入れ替わりで訓練をしていた狼さん達もその足を止めた。

 みんなが大きな狼さんの次の言葉を待っている。


「我の名は、赤べえとする。いいな」


 大きな狼さんがそう言うと、一斉に狼さん達が遠吠えを始めた。


 これは、オッケーってことなのかな?

 大きな狼さんの方を見てみると、遠吠えをする狼さん達を見て、小さく頷いていた。

 やっぱり、オッケーってことだったみたい。


『これからもよろしくね! 赤べえ!』


「うむ、よろしく頼む」


『うん!』


 赤べえがうれしそうで、僕もうれしい!



 それから、同じ狼さんと二回追いかけっこをして、僕は狼さん達と別れて住処にもどってきた。

 今は大きな石の上に生えたふかふかな苔の上で、くつろぎ中。


 それにしても、ここは他の場所よりも空気が一段と澄んでいて居心地がいいね。

 この森で一番大きな樹が生えているからかな?

 それとも、この白い花がいっぱい咲いているからなのかな?

 不思議だね。


 追いかけっこは、まだ全速力に慣れていないせいか、最初をいれて三戦三敗だった。

 この世界に来る前の森で走り回っていた時と同じくらいすっごく速く動けるのはいいんだけれど、速すぎて方向転換がたいへん。

 あちこち木にぶつかっちゃうし、曲がる時に踏ん張り切れなくて転んじゃうし、透明ななにかにぶつかって、相手の狼さんに謝られちゃったしでボロボロだった。

 うーん、とにかく慣れてからが本番だね。


 それにしても、魔力ってすごいね。

 だって、すっごい高くジャンプ出来たり、ケガを治すことも出来るんだもん!

 ぶつけた鼻の先も、赤べえに治してもらった今はぜんぜん痛くなーい!

 赤べえ達はみんな出来るようだし、僕も早く使えるようになりたーい!


『それには、まず、魔力感知、だね』


 うん!

 なにもない時は、いつもあの広場で訓練をしているって赤べえも言っていたから、追いかけっこと一緒に毎日がんばるよ!

 しゅばばびゅびゅーん! って走れるようになるんだー。


『しゅばば?』


 うん! しゅばば!


『どういう、ことなの……』


 ん?

 しゅばばは、しゅばばだよ?


 日も落ちてきて、夜ごはんのかぼちゃコロッケを食べると、たくさん走ったことも相まって、眠くなってきた。


 なんとなく空を見上げる。

 まだすこし明るいけれど、紫色から藍色になっていく空に、たくさんの星が見えた。

 小さな一つ一つが、目いっぱい輝いている。


“ときこ”達と暮らす前は、いつも見ていたなぁ……みんな元気かなぁ……。



 すこし、ほんのすこしだけ



 エルピ


『どうしたの、若葉』


 ……ありがとう、でもなんでもないよ。


『……こちらこそ、ありがとう』


 ?

 僕、エルピになにかしてあげられたっけ?

 うーん、ない気がするんだけれど、でも、なにかしてほしかったら、すぐに言ってね!

 がんばるから!


『うん。ありがとう、若葉』


 えへへ。


 今はエルピが一緒にいてくれるし、この森には赤べえ達もいる。


 だから、大丈夫、だよね。


 うん、大丈夫。


 僕はがんばれる。

 よーし、がんばるぞー。


 でも、さすがに今日はもう、眠たいかな。

 ほら、まぶたさんもねむーい、って垂れ下がってきた。

 だから、がんばるのは明日からだね。

 エルピ、おやすみー。


 魔力感知で見たあの光景


 夢みたいな景色


 あそこには、どんなひとがいるのかな?


 どんなおもしろいことが待っているのかな?


 行くことが出来るのかな?


 もし行けるのなら


 行ってみたいなぁ



 そういえば、ごはんを食べたあとにすぐに寝ちゃうと




 牛さんになっちゃうって





 よく“ときこ”が言っていたなぁ






 この世界でも、牛さんになるのかなぁ







 …………


 ……


 …











『おやすみ、若葉』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る