四話:追いかけっこ



 飛んでくる狼さん。

 避けると狼さんがケガしちゃうかも。

 でも、受け止められるかわからないし……って、考えている場合じゃなかった!


 ぶつかるー!


 ぼふんと音がして、予想していた衝撃は、いつまで経ってもこない。

 思わず閉じていた目を開くと


『狼さん!』


 赤黒い毛の大きな狼さんが、僕の代わりに、飛んできていた狼さんを受け止めてくれていた。


「もう暫くしてからお前の住処を訪ねようと思っていたのだがな……まあいい。昨日さくじつぶりだな、若葉」


『うん! おはよう狼さん!』


「うむ、だが此処は危ないぞ。話があるなら、あの木の下で聞こう」


 大きな狼さんはそう言って歩いて行こうとするけれど、


『狼さん! あのね、僕も混ぜてほしいの!』


 僕は追いかけっこがしたい!

 この世界にきてまだ一度も走っていないんだもん!

 このままだと体がなまっちゃうよ!

 それに、もっとみんなと仲良くなりたいしね!


「混ぜる? 訓練にか?」


 そう言って、大きな狼さんが足を止めて振り返る。


 訓練?


 なんの訓練?


 あ、もしかして



 追いかけっこの訓練?



 追いかけっこに訓練があるなんて不思議!


 でも、きっとそうだよね!


『そう、なの……?』


 うん! たぶんそうだよエルピ!

 あ、大きな狼さんに返事をしないと!


『うん! 僕もやりたい!』


「……そうか。ならば、先ずは一対一からだ。相手の頭を地に付けるか動けなくするか、“降参”と言わせたら勝ち。手段は即死しないものであれば何でもよい。少しでも息をしていれば、我が全快させる」


 大きな狼さんはそう言うと、また歩き始めた。

 その赤黒い背中の上に、灰色が一つ見えた。

 さっき大きな狼さんに受け止められた狼さん、ケガもないようでよかった。


 よし! と気合いを入れて前を向く。

 あれ? もうひとりの狼さんは? いたよね?


『いたよ』


 だよね?


 キョロキョロと探していると、狼さんがひとり、僕のいる広場の中央へ歩いてきた。

 でも、さっき追いかけっこをしていた狼さん達とは違うみたい。

 灰色の毛はふわふわというよりもしんなりしていて、さっきの狼さん達は“ぎゅいーん!”って感じだったけれど、この狼さんは“ふわ~”って感じがする。


 たぶん、さっきまで寝ていたのかな?


『ぎゅいーん、と、ふわ~、ってなに?』


 ぎゅいーん! とふわ~は、ぎゅいーん! とふわ~だよ!


『理解、出来ないよ』


 あ、相手の狼さん、目は見えているようだけれど、左の目のところに傷痕があるね。


「準備はいいか? では……始め!」


 大きな狼さんの合図で走り出す。

 相手の狼さんも、ゆっくりだけれど僕に向かって歩き出した。


『何か、作戦は?』


 ふふー、もちろん!


 相手の狼さんまであと数歩のところで方向転換。

 狼さんを中心にして、反時計回りにぐるぐると回る。


 わーい!

 ひさしぶり? それともはじめてって言った方がいいのかな?

 まあいっか! とにかく、走れてうれしい!

 たのしい!


『若葉、相手から、目を、離さないで』


 大丈夫だよエルピ!

 もう、狼さんは僕の作戦でぐるぐるだもん!


『ぐるぐる……?』


 ふっふーん。


 相手の周りを走って、相手の目を回す。


 これが僕の必勝法“ぐるぐる作戦”だよ!


『お、……おおー?』


 このまま走っているだけで相手は目を……まわ…………まわー?



 全然大丈夫みたい!



 あれー? どうしてー?

 あ、そっか!


 狼さんは、僕をじっと見ていないで、度々目をぎゅっと閉じている。

 だから、目が回らないんだ!


 すごいね! こんな対策があるなんて!


『ただ、眠いだけ、かな』


 そっか!

 なら、もうすこし近くで回ってみよう!


『え、何で?』


 どうかな……あ、これ、僕が先に目が回るー!

 あれ? これって、こんなにすぐに目が回るものだったっけ?

 いつもよりスピード? は出ていない気がするのに、なんでー?


『色々、言いたい、けれど、先ずは、走ったら?』


 ? 走っているよ?


『まだ、早歩き、程度、でしょ。もっと、後ろ脚に、力を』


 そうなの?

 たしかに、もっと速く走れる気がするような、しないような……


 エルピに言われた通りに、うしろ脚を意識して――蹴る。


 わわっ!


 びっくりして、思わず足を止める。

 目の前には、さっきいたところから、数十歩は先にあったはずの木がある。

 今の一瞬で、こんなに近くになっちゃうなんて……

 すごい! まるで風になった時みたい!

 すごいねエルピ!


『加減を、覚えないと、だね』


 うん!

 がんばるよ!


 あ! まだ訓練中だった!


 僕が振り返ると、相手の狼さんがゆっくりと歩いて来ていた。

 その目はおもしろいものを見つけたように輝いていて、しきりに『すごいすごい!』と言っていた。


『えへへ。ありがとう!』


 褒められてとってもうれしかったから、僕はその場でくるりと回って、狼さんへと近づく。

 僕の頭を撫でてくれようとしているのか、ぽんっと狼さんの右前足が僕の頭にのせられて……あれ? おも、おもい、重ーい。


 狼さんに頭を上から押さえられて、伏せの姿勢になる。

 あうー。


「そこまでだ!」


 大きな狼さんが訓練の終わりを告げる。

 そういえば、地面に頭をつけちゃだめなんだった……。

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