三話:泉の底
――ここは、どこ?
木を編むようにして作られたトンネルの中にある広い
その空間の落ち葉をあつめて作られた寝床の上に、僕は寝そべっていた。
木の間からやわらかな光が差し込んで、とてもあったかい。
鳥さんの声がして、上を向くと、天井にぽっかりと開いた穴に青い空が見えた。
晴れの日は、いつも開けていたっけ。
思い出した。
ここは僕と の
あのころは、毎日がすっごくたのしかった。
もちろん、今もたのしいけれどね。
「………」
……声?
だれかはわからない。
なにを言っているのかもわからない。
けれど、すごくすごくなつかしい声。
日の光がだんだんと、強くなっていく。
どこ?
だれの声?
もう視界はまっしろ。
けれど、耳を頼りに探す。
僕は目を覚ました。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
あったかい光に包まれていた。
目の前には、白いお花畑が広がっている。
葉っぱの上の朝露が日差しを反射して、キラキラと綺麗。
そうだ、僕は狼さんと別れたあと、森を歩いて回って、日が
そして、かぼちゃコロッケをエルピに出してもらって食べて、おなかいっぱいになったら眠くなって、石の上で眠ったんだっけ。
立ち上がって、ぐぐぐと伸びる。
石の上は苔が生えていて、ひんやりふかふかで気持ちがいい!
眠るのにすっごくいい場所!
まだここで眠るのは二回目? だけれど、すっかり気に入っちゃった!
『おはよう、若葉』
あ、エルピ! おはよう!
エルピも起きたみたい。
って、あれ? おいしそうな香りがする。
上!
見上げると、コロッケが落ちて来ていた。
すかさずキャッチ!
もぐもぐもぐ……うん! 今日もおいしい!
エルピ、コロッケをありがとう!
でも、いきなりはすこしびっくりしたよ。
今度からコロッケを出す時は、教えてくれるとうれしいな!
『わかった』
おなかもいっぱいになったし、今日も森の探検がんばろう!
石の上からおりて、もう一度伸びをする。
白い花のまっすぐな香りがした。
なんて名前の花なんだろう?
エルピならわかるかな?
『わからない』
エルピでもわからないことがあるんだね!
びっくり!
『ごめん』
ううん、一緒に知っていこうね!
『わかった』
うん!
ぃよし! 準備運動も出来たし、そろそろ行こう!
今日は昨日と違う方向に歩いてみよう!
なにに出会えるかな?
楽しみだね!
大きな樹と石、お花畑に見送られて、僕は森の中に入って行った。
木と木の間をずんずんと進んで行く。
やっぱり木の実は見当たらない。
こんなにないと、動物さん達は大丈夫なのかな?
……あれ? そういえば、この森で見た動物さんって、狼さん達だけだね。
こんなに歩いているのに、狼さん達以外の動物さんに会っていないし、気配すら感じない。
渡り鳥さんすらいないのは、季節が違うから?
それとも、なにか理由があるのかな?
うーん。
歩きながら考える。
正面からなにかに当たった。
でも考える。
もうすこしでなにかわかるかも…………わからないや!
そして、僕は一旦考えることをやめた。
考えてもわからないからしかたがないよね!
いつの間にか倒れていたみたいだから、起き上がって前を見る。
さっきぶつかっちゃったのは、普通の木だったんだね!
『訂正、しないよ』
あ、なんだか水の匂いがする。
こう、ほかの場所とくらべて湿っているというか、草や土の香りが濃くなっているというか、なんかそんな感じ!
匂いは目の前の普通の木の向こうから。
ひょいっと木のよこから顔を出して、のぞいてみる。
おー! 湖だー!
タタタッと湖に近づいて、水を飲む。
かぼちゃコロッケを食べると、不思議と喉の渇きがなくなるんだけれど、やっぱりお水も飲みたいよね!
うん! ぬるめでおいしい!
『ここ、泉、なんだね』
ん? そうなの?
ぬるめだよ?
『そ、それは、知らない、けど。あそこ、水が、出てる』
あそこってどこ? と思っていたら、頭が勝手に動いて、泉のある一点を向いて止まった。
『あそこ』
教えてくれたんだね! ありがとう!
けれど、太陽の光を水面が反射して、よく見えないや。
エルピはよく見えるね。
『魔力感知』
? 魔力感知ってなんだろう?
魔力は、狼さん達とお話する時に使ったよね。
あれ? どうやって使ったんだろう?
たしか、届けーって思ったら出来て……あれ?
そもそも魔力ってなんだろう?
うーん、わからない。
『魔力は、指向性を、持った、魔素の、集合体』
魔素?
むずかしい言葉がまた出てきた。
頭がパンクしそう。
エルピ! 僕はどうすればいいの?
『魔力を、感知して』
わかっ……どうやって?
魔力ってどこにあるんだろう。
エルピが泉の中を見られるんだから、泉の中にはたぶんある。
じゃあ、泉の中を感知する?
そもそも感知って、どうやるの?
僕がいつもしている見て、聞いて、嗅いで、感じていることと、なにが違うんだろう。
そういえば、僕ってどうやって見て、聞いて、嗅いで、感じているんだろう。
目で見ている、耳で聞いている、鼻で嗅いでいる、肌で感じている、と言えばそれまでだけれど、なんでそれが出来るんだろう。
一度そのやり方を忘れちゃった時、どうやってそのやり方を……
うん! さっぱりわからない!
全然わからないから、一回考えないでやってみよう!
もしかしたら、なんとかなるかもしれないよね!
泉の水面をじっと見つめる。
水面は相変わらず太陽の光を反射していて、とってもまぶしい。
それでも、僕は見続ける。
あとすこし、あとすこしでなにかが見えそう!
不思議とまぶしくなくなってきた。
もしかして、これが魔力感知?
水面の向こうがだんだんと見えてくる……気がする!
やったー! 出来た!
これ、たぶん魔力感知だよ!
水面の向こうは、まっくらだった。
『太陽が、雲に、隠れた、みたい』
……違ったみたい。
ああ、もう!
エルピたすけて!
『わかった』
がーっと体が熱くなる。
体の中をなにかがすごい勢いで動き回っている。
なにこれ?!
『若葉の、体内にある、魔力を、動かして、いる』
そうなんだ! これが魔力!
僕の中にも魔力があったんだ!
わわっ、今度は周りの空気が動き出したよ!
僕の周りをぐるぐるって、すごい勢いで回ってる!
でも、僕の毛は全然動いていないし、風で吹き飛ばされることもない。
もちろん、息も出来る。
すっごい不思議だー。
『これが、周辺の、魔力』
あ、これも魔力を動かしていたんだね!
すごーい! まるでつむじ風だね!
『若葉、目を、瞑って』
目? いいよー。
わわっ!
エルピに言われて目を閉じると、僕の周りをぐるぐると回っている魔力の流れがより強く感じられて、おどろいた。
まるで、僕が魔力の流れにそのものになったみたいに、強く、強く……
魔力の流れは、“なにか”にぶつかって二つに分かれる。
二つに分かれた一方の流れは、他の流れと合流して、もう一方は、またべつの“なにか”にぶつかって二つに分かれる。
この“なにか”は、もしかして、草?
じゃあ、もう一つは?
うーん、結構大きい気がする。
……あ、わかった!
これは、僕だ!
へー、僕ってこんなに大きかったんだね。
あ、でも、普通の木と比べると、小さいね。
ヒトは、この大きさの僕みたいな形の動物さんを、なんて呼んでいたっけ?
えーっと……あ! 思い出した! 小型犬!
僕が小型犬! なんだか新鮮!
あれ? でも、まだ大きくなる前かもね。
また大きくなれるかな?
なんだかたのしみ!
流れはどんどん広がって、森の中を回り始める。
回る範囲が広くなるにつれて、ぶつかったものがなんなのか、すぐにわかるようになってくる。
なれてきたのかな?
あ、狼さん達だ!
狼さん達は、森の中にある広場で、遊んでいる様だった。
楽しそう! 僕も混ざりたいなぁ……
あ、泉から結構近い! 今から行って、みんなと遊びたいな。
ふと、狼さん達と目が合った気がした。
気のせいかな……?
流れはついに、森の外に出た。
森の外は、すごく平らだった。
木も、草も生えていないみたい。
あ、でも大きなミミズさんみたいな動物さんが、たくさんひなたぼっこしている!
すごく大きくて、長いね!
この森の一番大きな樹とどっちが大きいんだろう!
もっと、もっといろんなものをみたいな。
またどんどん、見える範囲が広がっていく。
これは、森の中……にあるとっても大きな鳥の巣? あ、ヒトがいる。
あれ? こっちは、火山? 空が紅いね。
あ、お城だ。
トゲトゲー。
わぁ! 海だ! 海だよね? たぶん海!
おー、山がいっぱいあるね! でも、木はあんまり生えていないみたい。
なんでだろう?
いろんな景色が見える。
すごいね! とってもたのしい!
でも、そろそろもどらないと!
……
……あれ?
どこにもどるんだっけ?
なにか、大切なことだった気がするけれど……
思い出せない。
まあいっか!
『………』
だれか、僕のことを呼んだ?
『わ……』
まただ。
『わか…』
だれかが、僕を呼んでいる。
あれ?
でも……あれ?
僕ってなんだろう?
『若葉!』
エルピの声。
はっと目を開けると、目の前には泉が変わらずあった。
『若葉、大丈夫?』
うん! 大丈夫だよ!
エルピに大丈夫ってわかるように、その場でかるくジャンプする。
すると、僕が元気だってわかったのか、安堵のため息が聞こえた。
『急に、若葉が、感知範囲を、広げるから、びっくりした』
あれ、そうなんだ。
すごく不思議な体験だった。
まるで、僕が世界に溶け込んじゃったみたいで、いろんなものがみえた。
なんだか夢みたいだったけれど、いつかあの光景をもう一度。
今度は僕の目で、見ることが出来たらいいな。
でも、その前に……
僕はもう一度、泉を見つめる。
泉はどこまでもまっくらで、底がどうなっているかは、魔力感知が出来ないと見ることは出来ない。
さっきは、上手く出来なかった。
けれど、今度は、出来る……気がする。
じっと泉を見つめていると、まっくらだった水面がだんだんと明るくなってくる。
そして、まるで太陽の光を反射している様に、水面が輝きだし……まぶしい、まぶしい!
これって、もしかして!
『太陽が、雲から、出てきたね』
そうだよね。
うーん、上手く出来ない。
でも、エルピのおかげで、魔力を感じることが一回出来たし、いつか出来るようになるよ! たぶん!
『そうだね。毎日、練習、しよう』
うん! じゃあ、行こう!
僕は立ち上がって、ある方向へ歩き始める。
『? どこに、行くの?』
こっちに広場があってね、狼さん達が遊んでいるんだー。
『そうなんだ』
うん! みんなともっと仲良くなりたいし、僕も遊びに混ぜてもらいに行くの!
『確かに、若葉が、狼と、呼ぶ個体が、数体、いるけれど……これは』
エルピ、どうしたんだろう?
まあ、行ってみればわかるよね!
走り回っているような音が聞こえてくるし、広場はもうすぐそこ!
広場に出る。
その中央では、二頭の狼さん達が、追いかけっこをしている。
その外側では、ほかの狼さん達がよこたわって、二頭の狼さん達の追いかけっこを見ていた。
あの狼さん達以外は、みんな休んでいるのかな?
じゃあ、今がチャンスだね!
二人よりも、三人の方が、追いかけっこはたのしいもん!
僕は気持ち駆け足で、追いかけっこをしている狼さん達に近づいて行く。
追われている方の狼さんが前にジャンプしたと思ったら、空中の見えないなにかを足場にして、追っていた方の狼さんを上から押し倒した。
すると、今度は押し倒された狼さんの姿が陽炎の様にぐにゃりと歪んで消える。
二人のやっている追いかけっこは、両方が追う側、追われる側でもあるみたい。
すごい奥が深そうな追いかけっこだね!
僕、二人について行けるかな?
ううん、僕だってがんばるよ!
二人にあっ、と言わせて、一人勝ちしちゃうんだから!
『ねぇ! 僕も混ぜて――』
近づきながら念を飛ばした僕に向かって、よこから突き飛ばされた様な体勢で、狼さんが飛んできた。
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