二話:狼さん達


 背の高い草に白くて綺麗な花。

 見上げれば、雲一つない空が見える。

 深く息を吸ってみると、澄んだ空気と一緒に花の香りが胸いっぱいに入ってきた。


 僕はエルピと一緒に森を探検している。

 ここはいいところだね!

 空気も綺麗で土も栄養いっぱい!

 木も草ものびのびーってしてる!


 背の高い草むらに飛び込んでみたり。

 地面から顔を出している木の根っこを踏まないように歩いてみたり。


 久しぶりのお散歩たのしい!

 どんどん歩けるよ!

 それに帰り道もちゃんとわかるから、どんどん進める!


 木の実を探すついでにうしろを見る。

 匂いがしていなかったこともあって、やっぱり木の実はない。

 でも、僕の体に付いた一本の糸が、淡い緑色の光を帯びてまっすぐ伸びていた。


 この糸は僕が生まれた時から出来ることの一つで、僕はこれを“えん”って呼んでいる。


 今はこの糸の先を最初の場所にあった大きな樹に付けているんだ。

 間にある木や草とか、もっと言っちゃうと、ヒトなんかもすり抜けちゃう不思議な糸なんだよー。


 友達と話す時に使ったり!

 今みたいに来た道をもどる時に使ったり! ほかにも色々出来るの!

 すごいでしょ!


『“ときこ”達には、見えていない、様だった、けれど』


 うん! 見えない人が多いみたいだね!

 不思議だよね!


『ボクには、若葉の方が、不思議』


 そうなんだ!

 じゃあ、もっとお話しようね!


『わかった』


 お話しながらのお散歩! すっごいたのしい! うれしい!

 でもこうやって歩いていても、木の実はぜんぜん見ないね。

 そこはすこしだけ残念かも。


『ここは、世界樹の、森』


 世界樹の森? そうなんだ!

 エルピってものしりなんだね!

 ここの木は、世界樹って名前なんだー。


『若葉、この辺りの木は、普通の木』


 へー、普通の木って名前なんだー。


『違う。そうじゃない』


 そういえば、結構前から視線を感じる。


 木の実の匂いがないから、動物さんもいないのかもって思っていたけれど、ちゃんといるみたい。

 でも、恥ずかしがりやなのかな?

 お話しして、友達になれたらうれしいな!


 ボサッと音がして、目の前の背の高い草むらの中から、大きな狼さんが顔を出した。


 赤っぽい黒で、目もキリッてしていて、かっこいい!

 あ! まずは挨拶しないとね!


 こんにちは!


『若葉。念での、会話は、魔力に、のせないと』


 まりょく?

 そういうものがあるんだ!

 やっぱり、エルピはものしりだね!


 ウオオォォーーーンと狼さんが雄叫びを上げる。


 挨拶してくれたのかな?


 狼さんの雄叫びに反応したのか、周りの木々の間から灰色の狼さん達が顔を出した。


 ほかの狼さん達も大きいけれど、目の前の狼さんの方が二回りくらい大きいね!

 それに、やっぱりかっこいい!


『若葉、逃げて』


 ? なんで?


「侵入者の飼い犬よ。瘴気を隠した程度で、我らの鼻をあざむけると思うたか」


 わ! 大きな狼さんがしゃべった!

 僕もしゃべられるんだけれど、いっぱい練習して大変だったんだ。

 最近はしゃべらないようにしていたから、今は自信がないんだけれどね。


 君も練習たいへんだったー?


『若葉、念を、飛ばすなら、魔力に、意思を、のせて』


 魔力? にのせる?

 どうすればいいかさっぱり!

 伝えようとすることが大切なのかな?

 伝われーって思いながらやってみる?


『こんにちはー?』


「ほう、言葉が理解出来るのか」


 あ! 大きな狼さんに届いたみたい!

 やった!


『それは、おかしい』


 エルピにとってはおかしいみたいだけれど、出来たからおっけーだよね!


 あ、そうだ!


『狼さん、狼さん、“しんにゅうしゃ”と“しょうき”ってなにー?』


『この、状況で――』


「侵入者とはお前の飼い主の事だ。

 瘴気とはそうだな……お前達魔物を生み出すもの、我らの力を弱めるものといったところか」


『へー! 教えてくれてありがとう!』


『答える、のも、おかしい』


 えっと、侵入者さんは飼い主さんで、瘴気さんは……いろいろたいへんなもの? なのかな?

 飼い主さんは、たぶん一緒にいたヒトのことだよね。

 僕が最後に一緒にいたのは……“ときこ”だ!


 あれ? 狼さん、“ときこ”のこと知っているんだね! びっくり!


『狼さんは“ときこ”のこと知っているんだね!』


「驚いた。飼い主の名を知っているとは、大事に育てられていたようだな。瘴気を隠せるという事も納得出来る。先程使っていた我らと同じような力も、手塩にかけたと見れば有り得ぬとは言えんな」


『うん! 僕のことすっごーく大事にしてくれたよ! 毎日とってもたのしかったんだー!』


「ハハハそうかそうか……で、今そいつはどこに居る?」


『僕が前にいた世界だよ。僕は気付いたらこの森の中にいたんだー』


「ぬ、お前は異世界から来たのか」


『そうだよ! 生まれ変わりだってー。最初はすっごいびっくりしたんだ! でも、せっかくだからいっぱい友達を作って、いっぱいたのしいことしようと思って、今は探検中なんだよー』


「ふむ、生まれ変わり……」


 あれれ?

 大きな狼さんが考え始めちゃった。

 どうしよう、座って待っていようかな。

 あ、周りの狼さん達に挨拶がまだだった!


『こんにちは! 僕は若葉、よろしくね!』


 木の間から顔を出している狼さん達ひとりずつにあいさつしていく。

 すると、狼さん達も軽く頭をさげて、『こんにちは』って返してくれた。

 うれしいな。


 考えごとが終わったのか、大きな狼さんが口を開いた。


「お前は……魔物、じゃないな?」


 さっきも言っていたけれど、魔物?

 魔物ってどんなものかよくわからないから答えられない。

 どうしよう……あ、エルピならわかるかな?

 ねえエルピ、僕って魔物?


『若葉は、魔物、じゃない』


 そうなんだ! ありがとう!

 やっぱりエルピはものしりだね!

 さっそく大きな狼さんに伝えよう!


『狼さん! 僕は魔物じゃないよ!』


「そうか! いや、すまぬ。我とした事が、早とちりしてしまったな。魔物がこんなにも友好的な訳が無いというものよ!」


 大きな狼さんは笑いながら、僕の背中を右前足で叩いてくる。


 すこし背中が重たいけれど、安心してくれたみたいでよかった。

 周りのみんなも安心したようで、その場で寝っ転がったり、おいかけっこを始めたり、それぞれ好きなことをし始めた。


 ……あ! 大きな狼さんに自己紹介がまだだったかも!

 それに狼さん達の名前を聞いていないね!

 じゃあ、自己紹介してから、訊いちゃおう!


『狼さん、僕の名前は若葉! 狼さんはー?』


「ほう、名もあったのか。しかしすまぬな。我等は名を持たぬ」


 そうなんだ。

 それはちょっと残念……あ!


 じゃあ、名前を付けちゃえばいいんじゃないかな!

 もちろん、狼さんがよかったらだし、たくさん考えるのは大変だから、目の前の大きな狼さんだけにだけれど……うん! いいかも!


『狼さん! 僕に名前を付けさせて!』


「若葉が我に名を付けると?」


『うん! がんばって考えるよ! だめ?』


「ふぅむ……まあ、よいか」


 やったー!

 どんな名前にしようかな?

 やっぱり、かっこいい名前がいいよね!


 僕はその場で座って、狼さんの名前を考えだす。

 すると、隣で座っていた狼さんが、ふとどこか遠くを見た。

 そして、ゆっくりと立ち上がった。


「若葉、明日あす、お前の住処に顔を出す。それまでに我の名を考えておけ」


 狼さんはそう言うと、周りで寝たり遊んだりしていた狼さん達を連れて、どこかへ走って行ってしまった。


 狼さん達も大変なんだね。

 また明日って言っていたし、僕達はもうすこしこの辺りを探検しよう!


 僕が歩き始めようとすると、すぐ側の背の高い草むらからバフッと音がした。

 おどろいて、そちらへと向くと、


「すまぬ! お前の住処が何処にあるのか聞くのを忘れた! 教えてくれ!」


 草むらから顔を出す大きな狼さんの姿があった。

 その葉っぱがたくさん付いた顔がなんだかおもしろくて、思わず笑っちゃった。

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