六話:すこし日が経って


 光を感じる。


 まぶたを熱がなでる。


 目を開くと、空に太陽が輝いていた。


『おはよう、若葉』


 おはよーエルピー。


 エルピに朝の挨拶をしながら、大きく伸びをする。

 そういえば、ここのところすこし太陽が早く昇るようになった気がする。


『若葉、コロッケ出すよ』


 うん。

 おねがーい。


 僕の頭よりすこし高い宙に、かぼちゃコロッケが現れる。

 それを、パクッとキャッチ。

 もぐもぐ……うん! 今日もおいしい!


 朝ごはんを食べたら、すっかり寝床として定着した大きな石から下りて、泉に向かう。

 とっとと、そのまえに!


 大きな石のうしろにまわって……


 大きな石で影になっている地面に、たて線を四つ引いて、その線のまんなかをよこ線一つで繋げたものが五つ、まだよこ線で繋げられていないものが一つ書いてあった。

 いつものように、爪で今日の分の線を一つ引く。


 これで三十達成! やったー!

 三十日って、一ヶ月って言うんでしょ? 僕、知っているんだー!

 どう? すごいでしょー。


『月によって、違うはず、だけどね。それに若葉が、尻尾で消しちゃった、分は?』


 え、エルピー、それは言わない約束でしょー。


『これの倍は、あった気が……』


 よし! 今日の分も書いたし、泉に行こー!

 今日こそ出来るようになるぞー!


『……頑張ってね』


 うん! 今日こそ狼さんに勝つんだから!


 泉までの道中、歩きながらウォーミングアップの魔力感知!

 うん! 普通の木とハルサキ草がいっぱい!


『だろうね……』


 この森にたくさん咲いている白い花は、ハルサキ草。

 たしかに、春に咲きそうだよねー。

 ずっと前に、この森にきた人が付けた名前なんだってー。

 赤べえに教えてもらったんだー。


 魔力感知は、この世界にきて三日、よっ……五日?

 ……とにかく、それくらいに出来るようになったの!

 毎日目をつむって森を歩いたり、狼さん達と遊んでいたからかな?

 やったね!


 魔素ってすごいね! だって、どこにでもあるんだもん!

 僕の中にもあるし、森の中にも、普通の木にも、泉の中にも!

 がんばれば、すっごく遠いところもみれるんだー!

 こっちの世界にくる前から、目や鼻、耳には自信があった僕だけれど、魔力感知は目では見えないところまでみえて、鼻や耳よりもはっきりと香りがするものや音をたてるものがみえる。


 すごいね!


 でも、目のように小さな変化をとらえることはむずかしいし、鼻や耳のように魔力がのっていない?香りや音を感じることは出来ないみたい。

 魔力がのった?香りと音は感じられるってエルピが言っていたけれど、やっぱりよくわかんないや。


 あ、そうだ。


 あんまり広い範囲をみていると、自分と世界の境界線?っていうのがわからなくなっちゃうんだって。

 だから、今は僕の周りをぐるっとみれるくらいにしているよ。

 やっぱり魔力感知だけに頼らないで、他のものとあわせて、出来ないことを補っていくのがいいよね!

 これからもがんばろうね! 目! 鼻! 耳!

 まあこれでも、目で見なくても、普通の木のうしろ側や空、地面の中もみえるから、とってもたのしいんだけれどね!


『若葉を中心に、半径約、四メートルの、球状だね』


 僕を中心に、はんけい? よんめーとる?

 よくわからないけれど、そうなんだ!


 あ、そうだ。

 魔力感知は、いつでも出来ていた方がいいんだって。

 でも、ながーくやっていると、頭がぐるんぐるんしてきちゃう。

 だから、まだまだ練習中なんだー。


 しばらくして泉に着いた。

 森の中を探検して見つけたのは、泉と広場。

 他には……えっと、普通の木がいっぱい!


『木の実も、見付からなかった、ね』


 そうだね。

 でも、まだ住処にしている大きな樹の周りだけしか行っていないもん!

 きっと僕が知らない素敵なものが、この森の中にあるはず!


 たぶん!


『若葉の、無駄に、前向きな所は、好きだよ』


 えへへ、褒められちゃった。


 いつものようにほとりに座る。

 魔力感知でみた泉の中は、ワカメみたいな形の水草はあるけれど、お魚さんはいない。

 でも、今日もきらきらしていて綺麗。

 このきらきらしたものは、魔素があつまっているところなんだって。

 森の中にもあるけれど、泉の中はすっごいいっぱいで星空みたい!


『若葉?』


 あ、大丈夫だよエルピ!


 ついついみとれちゃって、エルピに心配されちゃった。

 ぼーっとしてちゃだめだよね。

 ここには、言霊を練習しにきたんだもん。


 言霊は、言葉を使って、魔素を……なんか、すごい、感じにするものなんだって!


『言霊は、言葉にのせた、魔力によって、周囲の魔素に、干渉するもの』


 そうそう、それ!

 とりゃーって言ったら、本当にとりゃーってなるってことだよね!


『そ、それは、ちょっと……理解、出来ない』


 むう、まあいっか!

 とにかく、上手に出来るように、今日もがんばるよー。


『うん。言霊が出来ると、魔法の対策にも、なるから』


 魔法?

 聞いたことあるようなー、ないようなー。


『前に、話したんだけど……』


 そうなんだ!


『……オーケー。もう一度、教えるね』


 うん! おねがい!


『魔法は体内の、魔力を使用して、様々な事象を、起こすもの。炎や水の球を、出したり、傷を癒したりも、出来るよ。最大の利点は、安定した効果。体内魔力が、残っている限り、周囲の魔素が、少なくても、効果が落ちない。でもその反面、体内のみの、魔力を使用する、から、言霊と比べ、使用者の、魔力消費が、激しい』


 えっと、言霊はすこしの自分の魔力と周囲の魔素でえいやっ! ってするけれど、魔法は、全部自分の魔力でえいやっ! ってするのかな?


『それに、魔法によって、引き起こされた、事象は、言霊で操れる。少しコツが要る、けど』


 え、えーっと、じゃあ、魔法で水の球を出して、言霊でキャッチボールみたいなことも出来るのー?


『うん。でも、魔法を相手に、取られたくない、って時もある、でしょ? 例えば、魔法で作った、砂のお城とか』


 あ、砂のお城も魔法で作れるんだー。

 でも、うーん、たしかに、魔法で作った砂のお城を、取られちゃったら、すこし悲しいかも……。


『だから、魔法には詠唱、という段階が、ある。簡単に言えば、言霊を併用、した魔法。詠唱によって、相手の言霊が、入る余地を、無くす。そうすれば、魔法を取られない。それに、周囲の魔素も、使えて、魔法の効果を、上げたり、本来魔力が、足りなくて、使用出来ない、魔法も使用、出来る』


 ……すごいってことかな?


『詠唱で使う言葉、にも、注意してほしい、事があるけど、まずは、いつも通り、言霊から、やってみよう』


 うん! わかった!

 まずは発声練習!


「あ˝、あ~ー」


 生まれ変わったこの体は、発声するとまだすこし、喉に引っかかりがある感じ。

 けれど、出せないことはないよ。


「えーと、ういて!」


 声に魔力をのせて泉の水へと放つ。

 すると、泉の中央付近の水面がぷっくりと膨れ、そこから大きな球体になった水がゆっくりと宙に浮いた。


『相変わらず、思い切りが、いいね』


 えへへ、また褒められちゃった。


 言霊は、魔力感知が出来てから練習し始めたんだけれど、最初のなん十日間は、言葉に魔力をのせる感覚がわからなくて、なんにも起こらなかったんだー。

 でも、今はこの通り! 泉の水をこんなに浮かせられる!

 すごいでしょー。


 大きな水の玉は、太陽の光を乱反射させて、きらきらととっても綺麗。

 赤べえ達にも見せたいなぁ……。


 びちゃびちゃーと音がする。

 見れば、一気に大量の水がなくなって剥き出しになった泉の底から、水か湧き出ていた。

 そういえば、いつも魔力感知でみていた泉の底だけれど、こうやって自分の目で見るのは、初めてな気がする。

 あのワカメみたいな水草は、あんなに緑色だったんだー。

 魔力感知だと、形はよくわかるんだけれど、色や硬さとかはわからないから、新鮮だね。


 水が湧き出ている場所のすぐ隣に、不思議な形をした像が見える。

 泉の底からひょっこりと出ているその像は、人のようだけれど、人より大きな上半身に、大きな獣の頭。

 両腕や背中の方は土に埋もれて見えないけれど、肩と頭からは、湾曲した大きな角が生えている。

 かなり昔からあるのか、緑青に覆われていた。


 新しい発見! わーなんだろう?

 あれは、なんのために作られたのかな?

 そして、なんであそこに埋まっているのかな?

 気になるー!


 びっちゃーんって音がして、顔にたくさんの水がかかる。

 声にのせた魔力が切れて、浮かんでいた水が落ちたみたい。


 うひゃあ、びしょびしょだー。


 ぶるぶると体を振るわせて水を飛ばす。


 不思議な像、見えなくなっちゃったー。

 魔力感知だと、みえないんだねー。


『大丈夫? 直ぐに乾か……そうだ』


 ? エルピ?


『これから、詠唱短縮、をした魔法を、使うから、言霊で止めて、みて。大丈夫、すっごく簡単。……あたたかな日差し。やわらかな風。この身を包んで。やがては』


 やがては?


 ぽかぽかした風がどこからか流れてきて、僕の体を包み込み、僕の濡れた毛が見る見るうちに乾いて、ふんわりとしていく。


 わー! これが魔法なんだね!

 すごいすごい! ……あれ?

 もうふわふわになったよ?

 止まらないの?


『止めてみて? やがては、からだよ』


 止める?

 あ、わかったかも。

 えーっと、じゃあ、


「とまって!」


 さっきまで吹いていた風が、ピタッと止まった。


 わー! なんか出来た!

 出来たよエルピ!


『やったね。今、若葉がやった、みたいに、相手が詠唱を、している途中に、言霊を挟む事、も出来るんだよ。でも、術者もそれだと、困るから、言い換えるんだ』


 へー、難しいんだねー。


『まあ、慣れていない、内は、大変だね。でも、出来るように、なれば、色んな事が、出来るよ』


 そっかー。

 そうだよね。

 今出来ないなら、これから出来るようになればいいんだもん!

 よーしっ! がんばるぞー!


 あ、そういえば、こっちの世界であれはまだ使っていなかったかも。

 こっちの世界でも、出来るか確認しておいた方がいいかな?

 いいよね?


 立ち上がって、泉の周りに生えている木々に近づいた。


 僕が生まれた時から出来ることの一つ“縁”。

 これを使って、面白いことが出来るんだよー。

 でも、魔法は色んなことが出来るって言ってたし、もしかしたら珍しくないかも。


 ねえエルピ、こんなことも魔法で出来るのー?


『ん? やってみて』


 うん! やってみるね!


 近くに生えた二つの木の根を、それぞれ僕と“縁”で繋ぐ。

 そして、左右の木に繋がる糸を“結ぶ”。

 エルピに見やすいように、すこし上に持ち上げて、ぎゅぎゅっと一つに!


 左右の木の間の地面から、根っこが二つタケノコの様に飛び出し、地面からすこし上のところで、繋がった。


 これが僕の生まれた時から出来ることの一つ。


  “縁”を“結ぶ”こと。


 魔法と同じくらいかはわからないけれど、色々出来て便利なんだ!

 とくに、山菜とかをあつめるのにいいよ!

  “ときこ”も若葉は山菜採りが得意だね、って言っていたし!

 なにはともあれ、こっちでも問題なく使えたね。


 よかったー。


『わ、若葉が生まれた、時から出来た、事って、全部でいくつ?』


 全部?

 うーん、食べること、寝ること……いっぱい!


『……今のは、ボクの訊き方が、悪かった。他のひとが、出来ない、けれど、若葉が生まれた、時から出来た、事は、全部でいくつ?』


 ……?

 いっぱい!


『……若葉って、結構適当、だよね』


 そうかも!


 もう用は済んだから、結んだ糸を断つ。

 すると、繋がっていた根っこが離れた。

 あとは、


 エルピ!


『え、あ、な、何?』


 根っこを土の中にもどす魔法を教えて!


『あ、戻せないんだ……』



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