二十七話:赤べえの背中


 目を開くと、赤べえの顔があった。

 オレンジに染まった空を背景に、じっと僕を見下ろしていて、すこしだけ心配そうな目をしている。

 どうしたんだろう。


「気が付いたか」


 気がつく?


 あ、そっか。


 僕、気を失って倒れちゃったんだ。


 周りを見ようと、起き上がる。

 すこしだけ足に力が入りにくい気がする。


 あれ?


 目の前に泉があった。

 周りに狼さん達はいなくて、赤べえだけが僕と一緒に木の下で横たわっている。


 僕が倒れている間に、狼さん達が運んでくれたのかな。

 それとも、赤べえ?

 どっちだろう?


 赤べえを見上げる。

 赤べえはすこし不思議そうに、僕と目を合わせる。


 あれ?


 なんだか頭を上げているのがつらくなってきた。

 まだ寝たりないのかな?


『まだ眠いかも』


 赤べえにそう言ったあと、体をまるめて、目をつむる。

 体に力が入らない。

 まるでたくさん走って、泳いだあとみたい。

 深く息を吸う。

 すこしつめたい空気が鼻からすーっと入って来る。

 あ、空気がおいしい。

 それにほんのすこしだけだけれど、元気になった気がする。


 なにかやわらかいものがふわりとあたった。

 なんだろう?

 すこしだけ目を開ける。


 あ、赤べえの尻尾だったみたい。

 赤べえの尻尾は大きくて、ふかふかのふわふわだね。

 でも、生まれ変わる前の僕の尻尾もすごかったんだよ。

 赤べえの尻尾と同じくらい大きくて、さらさらだったの。


 ……あれ? エルピは?


「若葉」


 赤べえ?

 どうしたんだろう?


 赤べえの方を向こうと、目を開けて、頭を上げようとすると、


「力を使い切ったのだ、まだ辛かろう。頭を上げず、そのままでよい」


 と赤べえに言われて、また地面に頭をつける。

 すこしの沈黙のあと、赤べえが話しだす。


「若葉、やはりお主は力が、神威かむいが使えるようだな」


 かむい?

 なんだろう?

 それを僕が使えるって……ぜんぜん身に覚えがない。


『ねえ赤べえ、かむいってなに?』


「うむ、そこから教えるべきだろうな。神威とは魔法と似て非なるもの――いや、魔法が神威を模倣したものと言った方がよいだろうか。世界の根源を操り、理を歪ませ、己が望む理とする力だ」


 魔法がかむいをもほう?

 おのがことわり?

 よくわからないけれど、すごいってことかな。


「若葉、お主は生まれ変わりだったな。その力は生まれ変わってから手に入れたものか?」


 その力? どの力?

 あ、風になるやつのことかな?

 今日はじめてやったのは、あれくらいだし、きっとそうだよね?


『ううん、生まれ変わる前から出来るよ。でもひさしぶりにやったからか、すぐに気分が悪くなって、倒れちゃったけれどね』


 僕がそう答えると、赤べえは「ふむ」と言って、黙っちゃった。

 言っちゃダメなことだったのかな。

 それとも、風になるやつのことじゃなかったとか?

 じゃあ、なんのことだろう?


「若葉、この世界とお主が元いた世界、違いがあるとすれば、何か思い当たる事はあるか?」


 この世界ともとの世界との違い?

 それって――


『魔力があるかないか?』


 僕が前にいた世界って、魔力がなかった……気がする。

 なかったよね?

 魔法みたいに風を起こしたりなんて……出来た気がする。

 でもでも、見えない壁を出したりは……似たようなものなら出来る友達がいた気がする。

 あれ、自信がなくなってきた。


「ふむ、若葉のいた世界は魔力が無いのか……。他には何かあるか?」


 え、ほか?

 ほか、ほか……あ!

 大きなミミズさん……はなんか違う気がする。

 大きなミミズさんがいても、僕が風になってすぐ気分がわるくなることとは関係ないもんね。

 それに、大きなミミズさんは見たことがなかったけれど、大きな百足さんは見たことがあるし、友達だったから、やっぱり関係ないよね。


 じゃあ、なんだろう?

 風になって、すぐに気分がわるくなる原因……ん?


 風?


 あ!


『風! もといた世界は、風が自然に吹いていたの! びゅわーって!』


「ほう、風が……世界の区切りが無いという事か? それとも、世界の根源が……両方か」


 くぎり?

 境を作っているってことかな。

 じゃあ、鳥居とかが立っているのかな?


「どうやら、訓練よりも先に、お主には同期が必要だったようだな」


 どうき?

 あ! 動悸!

 動悸がどきどきって、いつも“しん”の友達の眼鏡が似合うひとが、言って、いた……から…………



 やっぱり違うかも。



 じゃあ、どうきってなんだろう?

 うーん。


「お主は前の世界の感覚で神威ちからを行使している。それでは直ぐに息切れを起こし、また倒れるだろう。この森の中であれば、我らがいくらでも守れよう。だが、それも森の中であればだ、お主はこの森を出るのだろう? ならば、前の世界での感覚とこの世界での感覚の違いを明確にし、己の限界と可能性を今一度知る必要がある」


 なんだかたいへんそう。

 どうやってやればいいかわからないし……。


『それって――』


 ひょいっと体が浮いたと思ったら、くるりんと視界が縦に回って、赤べえの背中にぽふんと落ちる。

 ぐーっと赤べえが立ち上がる。


「なに、難しい事ではない。まずはしっかりと体を休めればいい。お主の住処へは我が送ろう」


 そう言って、赤べえは歩きだす。

 のっしのっしと歩いているけれど、すこししか揺れないし、むしろその揺れがなんだかいい感じ。

 まぶたが重たくなってくる。

 さっき起きたばかりなんだけれどなぁ…。

 でも、それくらいがんばったってことだし、まあいっか。


 赤べえの背中はふかふかで、なんだか落ち着く香り。

 傾いた太陽の光を浴びて、より赤くなったその背中をじっと見て、目を閉じる。


 全身が太陽のやわらかい光に包まれているようだった。

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