二十八話:考えてみる
目が覚めると、目の前にハルサキ草が見えた。
僕の鼻息を受けてふわっ、ふわっと揺れている。
そういえば、昨日は赤べえに送ってもらったんだっけ。
それで、僕は途中で寝ちゃったんだっけ。
目だけで空を見上げると、もう空は青くて、太陽が高々と僕を見下ろしていた。
今日は太陽の勝ちみたい。
まだはっきりとしていない頭。
すこし待ったら、はっきりとするかな。
ぼーっと空を見上げる。
昨日は気を失って、倒れちゃった。
前にいた世界であんな感覚を覚えたことは、あとにも先にも“ときこ”と“しん”に初めて会ったあの日だけで、気を失って倒れたことも、あの日だけ。
いつでもなんどでも出来てあたり前のものだったし、この世界に来てからも、そうだと思っていた。
それは、この世界に来て、初めて縁を結んだ時に疲れを感じても、あんまり変わらなかった。
ひどくても、疲れて動けないくらいだと思っていた。
でも、これからはそうじゃない。
ずっと前からだったかもしれないけれど、これからは。
不安がないと言ったら嘘になる。
でも、これはたぶん変えようがない。
だから、その時その時でしっかりと考えてこの力を使わないと。
ここぞって時、ぜったいにこの力じゃないとダメな時に、この力が使えないのは嫌。
だから、もっとみんなのこと、僕のことをよく知って、この力に頼らなくていいことを、増やさないと。
がんばらないと……。
ふと、ハルサキ草の香りがふわりとした。
……あ。
ばっと起き上がって、周りを見渡す。
僕の周りでハルサキ草が元気そうに揺れている。
よかった。僕の寝相で潰れちゃったハルサキ草はなかったんだね。
安心して視線を下に……あ。
あー!
ハルサキ草を潰さないように慎重に、けれどなるべくはやくうしろに下がる。
さっきまで僕が眠っていた場所にも、ハルサキ草がたくさんあった。
じっと見てみれば、殆どのハルサキ草は元気そうだけれど、茎の上の辺りでぽっきりしちゃっているものもある。
と、とととにかく繋げないと!
急いで折れちゃっている茎の端と端に縁を伸ばして、繋げていく。
体からなにかが抜けていく感覚がする。
これが力を使っているってことなのかな。
この世界に来てから――ううん、前の世界にいた時も、僕はこの感覚をどこかで感じていたのかな。
わからない。
でも、これからわかっていけばいいよね。
この世界のことも、この力のことも。
よし!
折れちゃっていたハルサキ草は綺麗にぜんぶ繋げられた。
けれど、なんだか元気がない。
ほかのハルサキ草は上を向いているのに、下や横を向いちゃっている。
どうしよう。
『その問題を解決する、魔法は、若葉の前で使ったはず、なんだけどなぁ……』
あ! エルピ!
昨日の倒れたあとから声がしなかったから、心配していたんだよ?!
『ああ、ごめんね。ちょっと寝ていたんだ』
そうなんだ!
『そうそう。で、思い出せた? ボクが使った魔法。風を起こすやつだよ』
風?
ここのところよく風のお話が多いね。
でも、うーん……あ!
口を開いて、ぽっと頭に浮かんだ言葉を唱える。
「あったかいかぜ、このみで……」
あれ?
なんか違う。
だって、このみって、自分のことってエルピが言っていた気がする。
じゃあ、きのみ……はおしりに木の実がたくさんになっちゃうって言っていた気がする。
それに、風が強すぎたら、ハルサキ草が散っちゃうかも。
じゃあ、やわらかいかぜにして、このみじゃなくて、ハルサキ草にしよう。
よし!
気を取りなおして!
体を巡る魔力を鼻先にあつめながら、頭に浮かべるのはハルサキ草を包み込むやさしい風。
「やわらかいかぜ、はるさきそうをつつんで、やがてはきえる」
ぐっとして――ぽーん!
鼻先にあつめた魔力が体の外に飛び出し、宙に溶け込む。
ふわりとハルサキ草畑に風が吹く。
やがて風は、目の前の折れて元気のなくなったハルサキ草達にあつまって、消えた。
やわらかい風に包まれたハルサキ草は――
元気なくただ揺れるだけだった。
……あれー? なんでー?
なにか足りなかったのかな?
初めて上手く出来たと思うんだけれど、もしかして、また魔法じゃなくて、言霊だった?
『ううん、ちゃんと魔法だったよ。やったね、初の意図した魔法の行使、だよ』
わ、わーい?
でも、ならなんでハルサキ草は元気にならないの?
『状況に合わせて、詠唱を変えた、のは、とてもよかったよ。でも、肝心なもの、が抜けていたんだ』
肝心なもの?
『最初の目的、だよ。ほら、風を使って、若葉はハルサキ草を、どうしたかったんだい?』
それはもちろん元気に……。
元気に!?
『何で驚いたの?』
そっか!
風を吹かせることばかりに気を取られて、元気になってほしいってことを忘れちゃっていたんだ!
『そうだね。まあ、元が風を発生させて、その二次的効果で乾かそう、って魔法だったからね。再生の意なんて、入っていないから、当然と言われれば、当然なんだけどね』
風を起こして、にじてき?
とにかく、元気になれーって思いながらやっていたらよかったって感じかな。
『すこし元気が無い程度、ならそうだね。でもボクが使っていた魔法、でもいいんだよ?ほら、ラ・フォレの囁き、尾食む竜ってやつ。実するってところを、虚するにしないとだけど、回復力は段違いだよ』
らふぉれの?
うーん……ごめんね! すっかり忘れていたよ!
『だろうと思った』
よし、もう一度!
鼻先に魔力をあつめて……
「やわらかいかぜ、はるさきそうをつつんで、げんきにして!」
またふわりとハルサキ草畑に風が吹いて、元気のなくなったハルサキ草を包む。
やわらかい風に包まれたハルサキ草達は、まるで時がもどって行く様に、見る見る内に元気に上を向いていく。
そして、ぜんぶのハルサキ草が元気にその花弁を広げた。
風はそのままハルサキ草を包んでいる。
やった!
これで、
「とまって!」
僕の魔力を込めた言葉に風がぴたりと止まる。
やった! やったやった!
ハルサキ草を元気に出来たー!
うれしくて、その場でジャンプ――は、今日はやめておこうかな。
せっかくハルサキ草を元気にしたんだもん!
また潰さないようにね!
あ、そうだ!赤べえや狼さん達に教えないと!
初めて魔法がちゃんと出来たよーって!
はやる気持ちをなんとか抑えて、ハルサキ草の中をゆっくり広場の方へ向かう。
いつも走ったりしているけれど、今日はがまんがまん。
ゆっくりみんなの驚く顔を想像しながら行こう!
『はいはい、その前にコロッケ、食べようね』
あ!そうだった!
ぽんっと宙に現れたコロッケを口でキャッチ!
もぐもぐと食べる。
今日もおいしー……あ!
すっごくたいへんなことに気づいちゃった!
それにもうどうしようもない!
ががーん! と浮いていた気持ちが沈んでいく。
『ど、どうしたの?』
あのね、昨日はすっごく早めに寝ちゃったよね。
『そうだね』
早めに寝ちゃったから、
夜ごはん食べ忘れていたの!
『……そりゃ仕方が無いね。じゃあ、行こうか。みんなの驚く顔を、見るんでしょ?』
あ、そうだった!
たのしみだなー!
『びっくりするくらい単純』
ハルサキ草畑を抜けて森の中へ。
目指すは広場!
今日もたのしくがんばろうね!
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