三十四話:勝利のあとはがうがう


 立ちはだかる寝坊助狼さん。

 その表情は楽しそうだけれど、目は鋭い。


 ここ最近の訓練の時はいつもあんな表情をしている。

 やっぱり、手加減をしないでいいのはうれしいし、たのしいみたい。

 みんなが手加減しないでもいいように毎日がんばったから、あの顔が見られて僕もとってもうれしい。

 でも、今日は初めての狼先生と寝坊助狼さん対僕の二対一の訓練だから、うれしいだけじゃ終わらせたくない。


 ぎゅわんぎゅわんと体の中を流れる魔力。

 すこし息は荒くなっているけれど、まだまだ余力がある。

 そしてなによりも、たくさん訓練をした今でも魔力感知でみえないし、気配も動き出す前くらいにしかわからない寝坊助狼さんが目の前・・・にいる。

 これはとってもチャンス。


 ここで寝坊助狼さんに勝っちゃおう!


 寝坊助狼さんへとまっすぐに近づく。


 目線は、じっと寝坊助狼さんに。

 魔力で体を覆って、魔力を前とうしろそれぞれの足にあつめておく。

 すこしむずかしいけれど、大丈夫。

 なんども練習したからね。


 こうすると、すぐに動きを先読みされることが減って、体の中の魔力の動きがわかりにくくなるんだって。

 赤べえに教えてもらったんだ。

 でも、これってちゃんと出来ているかわからないんだよね。

 だって、ちゃんと出来ているかわかるのは、僕が動いてからだし。

 それに、もっと前から魔力で体を覆っておかないと、相手になにかするってバレ……バレているね。


 まあいっか。やっちゃえ。


 足場にしている棒から、思いっきり右に跳ぶ。

 僕が離れたことで、枝分かれをした棒がまた伸び始める。


 右前足の魔力をぐっとしてぽん。

 瞬時に形作られた小さな壁を足場にすこし止まる。

 寝坊助狼さんは、目で僕を追っているけれど、動いていない。


 もしかして。


 このまま寝坊助狼さんのうしろ――は見えないけれど、寝坊助狼さんの背中越しに棒がいっぱい見えるから、左にしよう。

 最初に跳んだ勢いがなくなる前に、うしろ足で壁を思いっきり蹴る。

 伸びてきた棒を前足で上から押して、体を逸らす。


 下から伸びてくる棒を左うしろ足にあつめた魔力で作った壁を蹴って避け、左側へ。


 左前足に――いいや。


 下から上へ、僕の鼻先を掠める様に伸びていった棒を足場にして、枝分かれした棒がすくない寝坊助狼さんの前へ。

 棒の上に着地した瞬間に、僕へと伸びてきている棒の根元を縁を切ることで切り落とす。

 こんなに僕が動いても、目の前の寝坊助狼さんは目だけしか動かない。


 やっぱり。


 寝坊助狼さんに思いっきりたいあたり。


 ぶわりと寝坊助狼さんの形が崩れて、黒い煙に変わる。

 すこしだけ見えた煙の向こうには、寝坊助狼さん。

 すこし遠い。


『――と追いかけっこ。がうがう鳴くよ。影の中から』


 寝坊助狼さんの声。


 避けないと!


 勢いをつけるために走って、跳び上がる。

 けれど、これじゃたりない。

 前に見たアレはもっと大きくて、もっと上に行かないと避けられないみたいに見えた。


『穴の中みたいで、目はふくろう。一度噛んだらおしまいだけど、それまで一緒に遊ぼうよ――まんまるな大口』


 漂っていた黒い煙が吸い込まれる様に、寝坊助狼さんの前で一つにまるくあつまると、二つの鋭い目と大きな口を開いた。

 そしてそれは、がうがうと鳴きながら、口をガチンガチンと開閉させて、僕へとまっすぐに向かって来る。


 左前足にあつめた魔力で作った壁を横向きの足場にして、もっと上に。

 上から押さえつける様に伸びてきた棒を風になることで無理矢理避ける。

 けれど、高さがあと体半分たりない。


 噛まれちゃうー!


 尻尾を噛まれた自分を想像しながら、せめて最後のあがきと、右うしろ足にあつめていた魔力で壁を作って、それをうしろ足で思いっきり蹴る。

 すると、蹴った勢いで体が縦に回り始める。

 大きな口に噛まれる寸前だった尻尾やうしろ足が口から逃れ、自分の頭より高くに上がる。

 まんまるで大きい黒いのの頭? を上から見送る。

 ガチンと音のあと、「がう?」と不思議そうな声が聞こえた。


 うしろ足と尻尾が頭よりも前に行って、うしろが見える。


 まんまるで大きい黒いのは、消えていないようで、首を振る代わりに体を振って、次に振り返った。


「……がう」


 目があった。


「がうがう!」と声が迫り始めたのと、頭がうしろ足や尻尾よりも前にいって、着地したのは同時だった。


 まずいまずい。

 ぜったい噛まれたくない。

 あれってながーく噛んでくるし、結構いたいし、なによりも風になっても避けられない!


 たぶん寝坊助狼さんに勝ったら、消えてくれるはず!


 体の中の魔力もまだ大丈夫。

 だいぶ疲れているけれど、狼先生まではいきたい。

 そのためにはまず……!


 足場にしている棒の上を蹴って、走り出す。

 伸びてくる棒の数がすくない。

 ずっとこの足場やほかの棒を出しっぱなしにしているからね。

 さすがの狼先生も疲れてきたみたい。


 寝坊助狼さんは顔を上げて、ゆったりと立っている様に見えるけれど、あれは僕が上を跳び越えないようにしているから。

 だから、僕が狙うのは下!


 寝坊助狼さんが右前足を上げて、振り下ろす。

 影を纏って大きくなったその前足を姿勢を低くして躱し、寝坊助狼さんの足の下へ滑り込む。

 そして、寝坊助狼さんのお腹に前足で触れる。


――あとは、引っ張る。


 お腹で僕を潰そうとしていた寝坊助狼さんに、二つの透明な棒が伸びてきて、ぶつかった。

 思ってもみなかった一撃に寝坊助狼さんは体勢をくずして、足場にしていた棒から落ちて行った。


『まいったー』


 寝坊助狼さんの声。


 やった。

 上手くいったね。


 さっきのは寝坊助狼さんに僕が触った二つの棒の縁をつけて、その縁を引っ張ったの。

 僕が縁を伸ばしても出来るけれど、こうやって動いている時は、触った方がいい感じ。

 ほら、すこし前の魔力感知の時みたいに、縁を伸ばしているのに夢中になって、目の前の木に気づかなかったーってこともあるだろうしね。


 なにはともあれ、あとは狼先生……ってあれ?


 足場にしていた棒が消えて、地面に降りる。


『参ったー』


 狼先生の声。

 見れば、ぐったりとした狼先生が、広場の端っこで倒れている。

 魔力を使いすぎたのかな?

 まあ、壁から棒をたくさん伸ばして動かしていたしね。


「そこまでだ!」


 いつもの訓練の終わりの合図。

 でも、初めての二対一での訓練の終わり。


 やったー!

 勝ったー!


 うれしくて、その場で回る。

 って、寝坊助狼さんと狼先生が心配!


『たのしかったねー』


 我に返ると、すぐ側に寝坊助狼さん。

 よかった、元気みたい。

 あとは、狼先生……!


「がうがう」


 ガチンガチン


 振り返ると、今にも僕の尻尾に噛みつきそうな黒くてまるいの。


 え、寝坊助狼さん、消してなかったの!?


 バッと、寝坊助狼さんを見ると、そっぽを向いた寝坊助狼さん。


『一回噛まないと消えないの』


 そ、そんなー!


 ガチン!


 あいたっ。


 思いっきり噛まれた。


 寝坊助狼さんには、たくさん謝られた。


 尻尾の毛がすこし抜けた。

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