三十五話:たくさんの光の下にひとり


「若い者達に勝つようになったと思えば、次はこのふたりに勝つとはな。魔力操作を行いながらの回避も始めたばかりとは似ても似つかなぬ。全体的な動きも見違える程よくなった」


 いつものように木の下で、ぐったりとした狼先生に魔法をかけながら、赤べえが言った。


 うれしい……ってあれ?


 尻尾がなんだか重たくて、思うように振れない。

 不思議に思って見てみれば、寝坊助狼さんが僕のおしりに頭をのせて眠っていた。

 尻尾は寝坊助狼さんの体に引っかかって、振れなかったみたい。


 最近はほかの狼さんも僕に頭をのせて眠っていることがあるけれど、今日は寝坊助狼さんだけ。

 とっても気持ちよさそうな顔で眠っている。

 一度眠った寝坊助狼さんはなかなか起きないけれど、今は僕も休んでいるし、このままでもいいかな。


 そのままにしておこうっと。


 赤べえの方に向き直ると、狼先生に魔法をかけ終わった赤べえがその鼻先を僕に向けていた。

 そして、「なにか聞きたい事は無いか?」と聞いてくる。


 聞きたいこと……あ、そういえば、赤べえ達が魔法を使う前って、声を出さないで詠唱をしているよね。

 あ、エルピも、だった。

 あれって、なにか理由があるのかな?


 そう不思議に思ったから、聞いてみると、


「それはお主が念と呼んでいるものと同様、空気中の魔素を震わせているのだ。そうすれば声を発する必要も無い上、周囲の魔素を支配していれば、詠唱を中断させられる事もない」


 と赤べえが言う。


 ちゅうだん?

 止められちゃうってことだよね?

 どうやって?


 僕が首をかしげると、「口を開けてみろ」と赤べえが言う。

 不思議に思いつつも口を開けると、


「少しばかり苦しいだろうが許せ」


 その赤べえの言葉の意味を知る前に、ひゅるりと空気が口の中に入り始め、どんどん胸がふくらんで……く、くるしい。


 その場で咳込む。


「今のように何の対策もしておらぬ者には、その口目掛けて風を流してやると、詠唱を止めさせる事出来るのだ」


 も?

 ほかにも色々出来るのかな。

 それにしても、そんな理由があったんだね。

 僕もやった方が……ううん、ぜったいやった方がいいよね。


『ありがとう赤べえ、練習してみるよ』


 赤べえにお礼を言う。


「うむ、分からぬ事があれば、いつでも聞け。無理はするな」


 無理の意味がわからなかったけれど、赤べえが気にかけてくれたことがうれしくて、また『ありがとう』って言った。




 そのあと三回訓練をして、赤べえ達と別れた。

 そして、いつものように泉で言霊と魔法の練習をしてから、住処にしている樹の下へ帰る。


 泉と大きな樹を結ぶ道の両側には、今日も綺麗なハルサキ草が揺れている。

 いつも歩いているところには、背の低い草しか生えていない。

 もうすっかり道って感じだね。


 最近は狼先生が使っていたあの壁から棒みたいに伸ばす魔法を練習しているけれど、まだ出来てはいない。

 今日から始めた念での詠唱? は、思ったよりも上手く出来ている気がする。

 今度赤べえに見せて、ちゃんと出来ているか聞いてみようっと。


 ……エルピとは、もうずっと話していない。

 縁は繋がっている感じがするし、どこかへ行っちゃったって感じでもない。

 コロッケは毎日食べたいなって思った時に出てくる。

 エルピの声だけがない。


 なんでかはわからない。


 でももっともっとがんばったら、お話出来るのかな。


 出来るよね?


 うん、たぶん。

 いやきっと、出来るよ。

 だから――




 もっとがんばらないと。




 歩いたまま空を見上げると、暗くなってきた空に、たくさんの碧い光が瞬いていた。


 そういえば、今日はいつか見た光の日だったね。


 すこし立ち止まって、泉の方へ振り返ってみれば、白い光達が空へ昇っている光景が見える。


 あの不思議な光は、毎日じゃなくって、この日?ちょうど太陽が昇るのが早くなってきた時期に一日だけみたい。

 なんの光なのかわからないけれど、二回目でも綺麗。


 でも――



 エルピと一緒に見たかったなぁ。

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