二十四話:風になる


 よーし! 今日こそ赤べえを見つけるよー!


『やる気だね。何か秘策でもあるの?』


 え、えっと……これから考える!


『これはダメな予感』


 うーん、どうやって赤べえに近づこうかな。

 とりあえず、方向だけでも赤べえの方に走る……?

 赤べえがいる方向は……あ、右の方だね!


『んん?』


 ささっと方向転換。

 赤べえは魔力感知ではみえないし、あたり前だけれど視界の中にもいない。

 匂いも……しないかな?

 でも今日の僕は迷わない!

 だって、


 僕の視界には、たくさんの僕から出ている緑色の光を帯びた糸が見えていた。

 糸の一つ一つは色んな方向に続いているけれど、殆どはさっきまで僕のうしろだった右の方に続いている。

 その糸達とは違って別の方向――僕が今向かっている方向に伸びた一つの糸は、他の糸達よりも太く、強く光を発していた。


 ふっふふーん。

 今日は赤べえと繋がっている縁にしっかり目印をつけておいたからね!

 さっき赤べえが走って行ったのは左の方だったけれど、だまされないよ!


『それって、秘策じゃないの?』


 そうなの?


『それに、その赤べえに繋がった……えっと、縁? って、昨日までこんなに太くなかった、よね?』


 うん!

 さっき太くなれーってしたの!

 すこし疲れるけれど、やっぱりわかりやすいね!


『……そうなの?』


 うん!


 ぐぐぐと糸が横にずれ始める。


 僕が近づいているのが赤べえに知られちゃったみたい。

 やっぱり隠れて近づかないと、なのかな。


 スササッ


 右耳が小さな音をひろった。


 狼さん達が近づいてきているみたい。

 どうしよう! このままだとまた前みたいになっちゃう!


『若葉! アレ! 魔力感知でみえなくなるアレ!』


 あれ?

 あれって……あ! アレ!


『魔力を隠すから魔力隠蔽とか、魔力隠秘とかがいいの、かな? って、そんな事はいいよね! 兎に角早く!』


 わ、わかった!

 けれど、隠れるにはどうすればいいんだろう?

 山をくずすんだっけ?

 蛍になるんだっけ?

 あ、周囲に溶けこむ……だっけ?

 溶けこむ……うん!


 それなら、出来るかも!


『自然な流れで、ボクの案が却下された、気が……』


 前を確認。

 うん、すぐにぶつかりそうな木はないね。

 あってもだいぶ先。


 目を閉じる


 上を向いて


 風を切る感覚を思い出す。


 あ


 体を覆う毛が


 すこしぬれた鼻先が


 耳が


 体が


 ぜんぶが



 感じている。



 このせかいって


 風はあまり吹かないけれど


 吹いていないだけで



 風はちゃんとここにあるんだ。



 脚はそのまま動かして


 全身でかぜを感じる。


 感じられたら


 あとは


 体と森の境界線を


 なくすだけ。


 なぁんだ


 思っていたよりも


 隠れるって


 山をくずすって


 蛍になるって


 周囲に溶けこむって



 ずっとかんたん!



『蛍じゃなくて、周りを明るくしないと、だよ?』


 目を開ける。

 普通の木が、もう鼻の先に触れそうなくらいに迫っていた。

 けれど足は止めないし、避けない。

 まっすぐ、赤べえのいる方へ。


 スッと、体の中を普通の木が通り抜ける感覚。

 なんだかひさしぶり。

 走れなくなってからやっていなかったし、出来なかった。

 だから今、こうして風になれて、とってもうれしい!


 次から次へと迫る普通の木を通り抜ける。


 木はもう避けなくて大丈夫。


 やっぱり走る速さは変わらないんだね。


 それでもたのしいからおっけー!


『わ、若葉?』


 あ、エルピ!

 みてみて! どう?

 ちゃんと隠れられているでしょ?


『うん。視覚的にも何か透けている、し、魔力感知でも広範囲、に広がった感じ? で、大まかにしか場所、が分からないようになっている、ね。障害物への接触、も避けられるのは、かなりいい。でも……』


 でも?


『魔法を使っていると、場所が特定される、ね。ほら、魔力感知でみてみる、といいよ』


 ……あれ?


 魔力いんぺい? をしていないのか、ちらほらとみえる狼さん達が、ちゃんと僕を追っていた。


 なんでー?


『さっき言ったでしょ。大まかにはわかるって。それに魔法もね』


 魔法?

 魔法なんて使っていた……あ。


 僕の頭よりすこし上、さつまいもが三つ繋がった形の魔力の球がそこにあった。

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