二十三話:よいたいへん?


 ぶつかって転んでは起き上がり、足を引っかけて転んではまた起き上がって、通い慣れた広場への道をいつもよりもずっとゆっくり進む。


 魔力感知をしながら歩くことは出来る。

 魔力感知をしながら走ることは広場では出来ていたし、森の中ではたいへんだったけれど、出来なくはなかった。

 でも、魔力の球の形を変えながら歩くのは、すっごくたいへん。

 目では木が迫っているのが見えているはずなのに、魔力の球に気を取られすぎちゃうのか、ぶつかってから気づくことがほとんど。

 走りながらになったら、どうなっちゃうんだろう。


『若葉、出来る事を?』


 う、うん!

 一つずつ、だよね!


『そう』


 えへへ、なんだか元気になってきた!

 ありがとうエルピ!


『いつも助けてもらっている、からね。このくらいなら、いつでもするよ』


 ?

 いつも助けてもらっているのは、僕の方だと思うんだけれど……でも、僕のやっていることがすこしでもエルピの助けになっているのなら……それはとってもすてきだし、うれしいな。

 よーし! もっとがんばらなあいたっ!


 木にぶつかって、ごろんとうしろに転がる。

 背中がひんやり。

 きれいな空が枝葉の間から見える。

 今日も雲一つない晴天だ。


 そういえば、昨日の夜……気のせいかな?

 今日たしかめてみようかな。


『若葉、大丈夫?』


 あ、うん!大丈夫だよ!


 エルピを心配させちゃったみたい。

 急いで起き上がって、魔力の球は……消えていないね!えらい!

 また広場に向かって歩きだした。




 それから一回普通の木にぶつかって、二回木の根っこに足を引っかけて、ようやく広場についた。

 今日も狼さん達が元気に走り回っている。


 いいなぁ。

 僕もはやく走りたい!


 赤べえを探すと、今日も木の下でくつろいでいる姿が見えた。

 広場の狼さん達にじゃまにならないように端の方を歩いて、赤べえとその側でくつろいでいる狼さん達に近づく。


 僕が赤べえ達がくつろいでいる木の影に入ったところで、赤べえの左耳がぴくっと動いて、伏せられていた頭が持ち上げられた。

 閉じられていた目が開いて、紅い瞳が僕を映す。


「きたか」


『うん! おはよう赤べえ! おはようみんな!』


 赤べえは「うむ」と頷いて、狼さん達は顔を上げて、『おはよう』と挨拶を返してくれる。

 ふと、赤べえの視線が僕のすこし上に移る。


「その魔力球は……励んでいるようだな」


『うん! でも、とってもたいへんなんだ!』


「ふむ……それはよい事だ」


 ?

 よいこと?

 たいへんってよいことなの?


 首を傾げた僕を見て、赤べえが続ける。


「困難である事柄が容易となる、それ以上に上達が明瞭なものなど、多くは無いだろうよ」


 こんなんがよういに……?

 むずかしいことがかんたんになる……?

 たしかにそうかも!


「困難であるが故に熟考し、他者が思い付かぬ解決策を見出す事もあろうて」


 こんなんでじゅくこう……かいけつさく?

 よくわからないけれど、すてきなことだよね!


「故に若葉、お主は幸運だ、存分に励め」


『うん!』


 赤べえの言葉に頷いて返した途端、のしっと背中になにかがのって、背中をすりすりし始めた。

 見てみると、いつも僕に頭をのせてくる狼さんが、今日は僕の背中に頭をのせてすりすりしていた。


 魔力感知でみえないのは、僕に気づかれずに背中に頭をのせるためなのかな?

 隠れるのが上手なんだねー。

 コツとか聞いてみようかな。


『冷静だなぁ』


 エルピ?

 もしかして、あわてた方がよかったの?


『そういう訳じゃ、ないんだけど……』


 ならいいよね!


『いい……のかな?』


 あ、そうだ、魔力の球!

 すっかり忘れていた魔力の球を探す……って、あった!


 魔力の球は広場につく前と同じように、僕の頭のすこし上に、三つ繋がったさつまいもの形で、そこにあった。


 消えていなかったことはうれしい!

 けれど、なんで消えなかったんだろう。

 お話に集中していたのに。


『成長、って言えばいいんだろうけど、余りにも成長が早過ぎるね……。若葉の力に関係、しているのかも。ほら、あの縁? っていうやつ』


 そうなのかな?

 縁を結んだ覚えはないし、ぜんぜん疲れていないよ?


『そう? うーん……まあ、いずれにしてもよかった、ね。話を聞くくらいなら、魔力球が消えなくなったって事、だよ』


 それはたしかにうれしい!

 なんで出来るようになったかは、ぜんぜんわからないけれど!

 やった!


『準備おしまい!』

『いつでもいいよ!』

『お待たせ!』


 広場で走っていた狼さん達が帰ってくる。

 準備運動をしていたんだね。


「さて、では始めるか」


 赤べえが起き上がる。

 それに続いて周りでくつろいでいた狼さん達も起き上がりだす。

 僕の背中に頭をのせていた狼さんも…狼さん!?


 寝ている!


昨日さくじつ同様だ、この者達から逃げ、我を見付けよ」


 寝ている狼さんをどうしよう…。

 あ、返事をしないと!


『わかった!』


「うむ。さて、今回は――お前が仲間に指示をしろ」


 そう赤べえに言われたのは……僕? じゃなくて背中の狼さん?

 指示をするって、リーダーってことだよね?

 すごい!


『がんばってね!』


 そう言うと、目をぽちっと開いた狼さんは一度首を傾げたけれど、


『がんばる!』


 そう言ってその場でくるりと回って、張り切った様子で尻尾を振った。

 僕も負けていられないね!


「若葉」


 赤べえ?

 まだ始めないのかな。

 僕、もう走りたくてうずうずしちゃっているよ?


「昨日お主は聞いていなかったようだが、この訓練は敵から隠れ、逃げ、標的を見付ける事を想定としたものだ。己を周囲に溶け込ませ、敵を欺き、隠れた標的を炙り出せ」


 とけこんで、あぶりだす……。

 うん!


『わかった!』


 赤べえに向かって大きく頷く。


『わかったの?』


 うん!


 赤べえは頷いた僕を見て「よし」と言うと、僕達に背を向けて走り去っていった。


 僕も行こう!


 狼さん達に一旦お別れして、森の中へと入る。

 まずは森に入ったところからまっすぐ走って、とにかく距離を広げる。


 …………そろそろかな。


「始め!」


 赤べえの声が森の中に響いた。

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