二十話:森と荒野


 夕日で照らされた木の影が伸びる。

 その中で、泉の水面がきらきらとオレンジ色に輝いていた。


 わぁ綺麗……ってそんな場合じゃなかった!


 葉枝になにかが当たった音、葉っぱのこすれる音。


 どんどん近づいてくる。


 思わず立ち止まっていたことに気がついて、急いで走り出す。

 脚にあつめた魔力は、まだ脚にあつまったままでいてくれた。

 もし体の中の魔力の流れにもどっていたら、走りながらだとしても、またあつめている間に追いつかれていたかも。

 気をつけないと!


『ねぇ、若葉?』


 ん?

 あ、エルピ!

 どうしたのー?


『狼達から逃げている所、悪いんだけど、赤べえを探さない?』


 え、赤べえ?

 いいけれど、なんでー?


『そりゃ赤べえを見付けないと、若葉があの狼達に勝てない、からだよ』


 ?

 どういうことだろう?

 なんで赤べえを見つけると狼さん達に僕が勝てるんだろう?

 むむむ……。


『わぁ、疑問符がいっぱい。こりゃ赤べえの話を、聞いていなかった、ねー?』


 えっ!?

 なんでわか……き、聞いてた!

 ちゃんと聞いていたよ!


『じゃあ、赤べえは何と言っていた?』


 えっと、狼さん達が僕を追いかけるから……


『うん、追いかけるから?』



 いっぱい走ってね! って!



『……』


 ……。


『やっぱり聞いてなかった!』


 ごめーん!


『若葉、この遊びは赤べえを目視、出来たら、若葉の勝ちなの。つまりは、如何に狼達から隠れ、赤べえを探すか、なの』


 へー!


『初耳なんだろうね……。まあとにかく、まずは狼達から隠れないと!』


 わかった!

 わかったけれど、どうやって隠れるの?

 草むらの中に隠れても、魔力感知で見つかっちゃうよ?

 あと音や匂いとか。


『うん。でも相手は集団で行動している、から、耳は考慮しないよ。匂いは土でもつけて誤魔化そう』


 わかった!

 走った勢いのまま、体を横向きにして転がる。


 ゴロゴロゴロゴロ……。


 そろそろいいかな?


 足が地面についた時を見計らってまた走り出す。

 よし! 止まらずに土をつけられたよ!


『……行動が早くて助かる、よ。魔力感知は……狼達がやっていたアレ、若葉もやってみようか』


 アレ?

 あ、魔力感知でみえなかったあのアレ?

 たぶんそうだよね……うん!

 やってみたい!


 視界がゆれる。

 目が回っちゃったみたい。

 おっとっと。

 あ、木をすごい綺麗に避けられたよ!

 すごいねこれ!


『……おーけー。アレ、やってみようか』


 うん! ……どうやって?


『若葉、魔素は砂のようなもの、なの。少量でも集めれば、砂山魔力となって、散らばる砂の中で、よく目立つんだ。若葉も狼達同様、この森の豊富な魔力の中でも、十分砂山ととれる魔力を持っている、し、若葉がこの森で隠れる、には、砂山を崩して、周りに広げる必要がある、の』


 砂?

 山?

 くずす?


 なんだろう。

 もう目は回っていないのに、くらくらしてきたかも。


『例えが悪かったかな?ええっと……あっ、夜に蛍の光はよく目立つ、じゃない? でも、朝の太陽の下だと、蛍の光はわからない、でしょ? 若葉は今、蛍なの。隠れるには周りを明るく、しないと、なの』


 僕って今、蛍なんだ!

 わかったよエルピ!

 ありがとう!


『これ絶対にわかっていない、ね。どうすれば理解してくれる、のか……うごごご』


 うごご?

 なんだろう――



 わぁ!



 木々の間から見慣れない風景が見えたかと思ったら、森が開けて、平らな地面と地平線が僕の目に飛び込んできた。

 乾いた空気に日差しで朱に染まっている地面。

 あちらこちらにある深いひび割れが、朱に影の黒を足していた。


 荒野だー!

 すごいね! ひろーい!

 上から見た時よりも広く感じるね!


 あれ? そういえば、森の中よりも暑い気がする。

 赤くなってきた太陽も日差しが森の中よりも強い気がする。

 走って体が熱くなっている時に、この日差しはちょっときついかも。

 綺麗だからずっと見ていたいけれど、狼さん達も探しているだろうし、森の中にもどろうかな。


 走って温まった体だと荒野の暑さに耐えきれなくて、そそくさと森の中に退却。

 森の中に一歩踏み入れた――その時だった。



 あれ? 暑くなくなった?



 さっきまでの乾いた暑さはどこへやら、森の中はスーっと透き通るような空気でとても涼しい。

 でも、まだ木の影に隠れたわけじゃなくて、森の中に入っただけ。

 日の光も……あれ?


 もっと日差しが強くなかったっけ?


 あれ? あれれ?

 試しにもう一度荒野に出ると、


 あ、暑い!


 森にもどると、


 あ、涼しい!


 なんでかはぜんぜんわからないけれど、森から出ると暑くなって、森にもどると涼しい。

 すごい不思議!


『お楽しみの所、悪いんだけど……』


 あ、エルピ!

 すごいよすごいよ!

 なんかよくわっかんないんだけれど、暑くて涼しいの!


『それだと本当にわかんない、よ。まあそれよりも――』



 狼達、来てるよ?



 ガサッと音がして、見れば狼さん、狼さん、狼さん、狼さん……見渡す限りの狼さん。


 ど、どどど、どうしよう!

 荒野って出てもよかったっけ?

 木の上は……渡れるかな?

 やってみよう!

 やったことないけれど!


 思いついたらすぐ実行!

 すぐ側の木に跳びついて――


 ゴンッ


 頭に衝撃。


 倒れ込む僕に狼さん達が次々と跳びかかって来て、


『捕まえた!』

『結構頑張ったね!』

『痛そう』

『楽しかった!』

『大丈夫?』

『確保!』


 負けちゃった!

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