八話:若葉も回れば木に当たる


 尻尾!


 次は……じゃあ背中!


 うーん、左前足?


 うぬぬ右耳!


 詠唱のあと、色んなところに魔力をあつめては、体から出そうとする。

 けれど、思うように魔力が体から出てくれない。


 うーん、なかなか出来ないなー。

 まあ、言霊も一日で出来るようになったわけじゃないから、いいんだけれどね。


 近くの木の下で寝そべって、すこし休憩。

 濡れていた体は言霊で生み出した風ですっかり乾いちゃっている。

 それに気付けばもう太陽が真上まで昇っていた。


 エルピにおねがいして、かぼちゃコロッケを出してもらう。

 かぼちゃコロッケは今日もさくさくで、甘くておいしい。

 それに、食べるとさっきまであった疲れがどこかへ飛んで行く。

『困った時に、取り敢えず、食べて。大体は、回復する、から』と、エルピは言っていた。


 おいしくて、腹持ちもよくて、疲れも取れちゃう!

 かぼちゃコロッケって、すごいね!


 かぼちゃコロッケは食べ終えたけれど、落ち着くまでもうすこし休憩。

 枝葉の間から見える空を見上げると、珍しいことに小さな雲が浮いていた。

 ここ世界樹の森は、雨が降らない。

 それが元からなのか、季節によるものなのかはわからない。

 けれど、日中に見上げる空はいつも青の一色。

 雲が一つでもあるのは珍しい。


 雲はじっと空に浮かんでいる。

 風がないのか、ぜんぜん動かない。


 あの雲、よこに長くて、なんだかかぼちゃコロッケみたいだねー。


『それ、前に見た、四角い雲、でも言っていた、よ』


 そうだっけ?

 忘れちゃった!


『そっか。それよりも、何で魔力が、体から出ない、のか分かる?』


 それがね、ぜんぜんわからないの!

 不思議だよねー。


『言霊だけで、あれだけ出来る、から、いっその事、言霊だけ、でも、いいんだけれど……』


 ううん、魔法も出来るようになりたい!

 それに、まだ一日目だよ!


『分かった。若葉に、任せるよ』


 うん! ありがとうエルピ!


 でも、そうだね。

 魔力を体の一部にあつめる! ってところまではいいんだけれど、体の外に出すことが出来ない。

 改めて考えてみるけれど、うーん、なんでだろう?

 魔力をあつめている間、その場所がぽかぽかと温かくはなっているんだけれど……


『それは、身体強化だよ』


 身体強化?

 そういうのもあるんだね。


『うん。右耳に魔力を、集めた時、何か、聞こえなかった?』


 あ、そういえば、狼さんの声が聞こえたかも。

 僕がみんなと早く遊びたーいって思いすぎて、聞こえちゃったと思っていたよ。


『う、うん。身体強化、は、体の機能、を、一時的に、増強させる、技法なんだよ』


 へー、魔法とは違うの?


『うーん、魔力を外に、出す、のが魔法で、内に、止める、のが、身体強化、って所かな。体内の魔力、を、使っている、所は、一緒』


 よくわからないけれど、そうなんだ!

 せっかくだし、身体強化も毎日練習してみるね!

 なんだかおもしろそうだし!


『いい事だと、思うけれど、制御、出来なくて、木とかに、ぶつからないでね』


 うん! がんばる!


『心配、だなぁ……』


 休憩おしまい!


 立ち上がって、両前足を前につき出してぐぐーっと伸びる。

 休んだあとに、こうやって体を伸ばすとすっごく気持ちいい。


 一日中ずっと出来たらなぁ……。


『そ、そうだね』


 エルピもそう思うよね!

 よーし! さっそく身体強化の練習をやってみよう!

 そのあとにまた休憩して、もう一回伸びよう!


『が、頑張って』


 うん!


 木に背を向けると、体中の魔力に意識を集中させる。

 魔力が体中をぐるぐる回っている。


 これをえっと、今日はうしろ脚に魔力を集中させよう!


 うしろ脚がぽかぽかと温かくなってきた。


 たぶんこの状態で準備はおっけー。

 目指すは泉の反対側!

 ここからジャンプして行けるかわからないけれど、たぶん大丈夫!

 あとは、足に力を入れて、ばびゅーんと――


 えっ?


『ちょっ』


 あつめた魔力がなくなっていく感覚に気付いた時には、すぐ目の前に木があった。

 とっさに体をひねって、半ば無理矢理に足を木にあわせる。

 みしみしみしぃって不穏な音がしたけれど、木は折れずに僕を受け止めてくれて、なんとか止まることが出来た。


 び、びっくりしたぁ!

 びゅわーって音がして、あれ? って思ったら、木にぶつかりそうになった。


 地面に降りたあとに顔を上げると、泉を挟んで向こう側にある木々の中に数本、葉がすくない木が見えた。

 その木々の下には、他の木より葉がすくないぶんだけ、より濃い緑の地面が広がっている。


 もしかして、あそこが、僕がさっきまでいたところ?

 だって、さっきまで僕が見ていた泉の風景に、あんなところなかったもん。

 あそこから、ここまで、一回のジャンプで?

 こ、これが身体強化した僕の脚力……

 驚きすぎて、まだ胸がドキドキしている……すごく



 すごくたのしい!



 エルピ! 身体強化ってすごいんだね!


『いや、あれが魔法、だよ』


 ……


『……』



 魔法!?



『そうだよ。やったね。挑戦、一日目、にして、出来たね』


 そっかー、あれが魔法……!


 よくわからなかったけれど、びゅわーってすごかった。

 あれを僕が、僕がやったんだよね?

 あれ? でも……身体強化は?

 で、出来ていた?


『残念ながら……』


 そうだよね。

 うーん、むずかしいなぁ……。


『でも、これは凄い事、だよ。なんてったって、魔法を撃とう、として、身体強化、になったり、身体強化を、しようとして、魔法になったり、するなんて、不器用を、通り越して、寧ろ器用、だよ』


 そうなの?


『そうだよ。若葉は凄いね』


 そうかな? そうかなー!


 その場でくるりと回る。


 えへへ、僕ってすごいんだって。


 またくるりと回る。

 頭の中でエルピの言葉が繰り返される。

 小さくジャンプを混ぜてまたくるり。


 さっきまで落ち込んでいたのに、今はうれしい気持ちがいっぱい。

 エルピは、褒め上手だね!


『若葉、こんな所で、回ったら、危ないよ』


 ?

 平気だよエルピ!

 ほら、くるーん!


 茶色が見えたと思ったら、いつの間にか倒れちゃっていた。

 起き上がると、目の前に木があった。


 勢い余って木にぶつかっちゃったみたい……あれ?

 これって、さっき魔法が出来た時と一緒だよね。

 気付いたら木が目の前にあって、ぶつかりそうになって……もしかして、気付かない内に魔法を


『いや、普通にぶつかった、だけだよ』


 だよね!

 なんどもぶつかってごめんね! 普通の木!


『若葉は、身体強化後、の制御よりも、先に、感情と行動、の制御、が先だね』


 よくわからないけれど、がんばるね!

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