三十九話:きゅうりとあした!


「我らは肉しか食わぬぞ?」


 広場を囲む様に生える木。

 その一つの幹に体を預けて、赤べえがそう言った。


『そうなの?』


「そうだな」


 首を傾げる僕につられて、赤べえも首を傾けた。


 広場に着いた僕は、赤べえに森を出ることと、森の外で赤べえ達が食べられそうな野菜を探して、持って帰って来ることを伝えたんだけれど、さっそくダメになっちゃうかも!


『きゅうりも?』


「きうりか……?」


 赤べえはきゅうりを知っているようだけれど、ピンときていないみたい。


『緑で、長くて、しゃきしゃきな』


「む? 黄色ではないのか? それに、あれは渋いぞ」


 あ、赤べえもきゅうりを食べたことあるみたい。

 お肉しか・・食べないって、食べたくないってことだったのかな。

 でも、きいろ? それにしぶい?

 それって……


『熟しちゃった?』


 きゅうりは熟すと、黄色くなる。

 黄色くなったきゅうりは、中の種の周りが苦くなるものがあったり、苦くならないかわりに、れもんみたいにすっぱくになるものもあったはず。

 それに、水がすくなかったり、寒かったりすると、緑のきゅうりでも苦くなるみたいなことを“ときこ”が言っていたような気がする。


「熟さぬ内に食べるのか?」


『うん! しゃきしゃきなの!』


「うまいのか?」


 赤べえの期待した表情。

 すぐにおいしい! って答えようとしたけれど、期待させて、がっかりさせるわけにはいかないから、ちゃんと答えようときゅうりの味を思い出す。

 こう、歯ごたえ? と音がたのしいんだけれど、おいしいのかな?

 うーん、一日にたくさん食べたいって感じでもないし、“ときこ”は白っぽい肌色の……えっと、まよ、なんとかをつけて食べていたけれど、僕はダメって言われていたし……うーん。

 視界がさっきとは反対側に傾く。

 それに合わせて、赤べえが首を傾げる。


『たぶんおいしい!』


「ほう、それはいいな」


 赤べえがうれしそうに尻尾を一回振った。

 僕もうれしくなって、尻尾を振る。


「そのきうりを探して持って帰って来るのはいいんだが、きうりはこの森の中でも育てられそうか?」


『えっとね、きゅうりは……あ!』


 この森の中って、暑くなったことないね。

 いつも涼しいって感じ。

 “ときこ”がきゅうりの種まきをする時と同じくらい。

 きゅうりを採りに行く時期って、もっと暑いって感じだし、もしかしたら、きゅうりが育たないかも。

 それに、育ったとしても、おいしいかはわからない。

 もしかしたら、すっごく苦いかもしれない!


 ……まあ、そうなったらそうなったで、ほかの植物にしよう!


『ダメかもだけれど、なんとかなるかも!』


「それはわからないという事か?」


『うん!』


「わかった。それについては、期待せずに待っているとしよう」


『うん!』


 お話が一段落したところで、赤べえがゆっくりと立ち上がる。

 そして、どこかへ行こうと左前足を上げたけれど、なにかを思い出したのかピタッと止まって、上げていた足を下ろしながら僕の方へと振り返る。


「森を出るのはいつになる?」


 あ、そういえば、いつ森を出るかは決めていなかったね。

 うーん。なるべく早く帰って来るためにも、はやく出発した方がいいよね?

 じゃあ……


『あした!』


「随分と急ぎだな」


『うん! すぐに行って、すぐに帰って来るよ!』


 赤べえは「そうか……」とゆっくりと頷いて、


「他のもの達には我から伝えておこう。今日は訓練をするのか?」


『ううん、今日はお休み!』


「そうか。ならば、明日あすの為にも、今日はゆっくりするといい」


『うん! ありがとう赤べえ』


 僕は赤べえと訓練をしていた狼さん達にあいさつして、広場をあとにする。

 赤べえの狼さん達を呼ぶ声がうしろで響いた。



 今日も泉は穏やかな空気に包まれていた。

 小さく聞こえる水の音が、とっても気持ちいい。


 泉に近づいて、水を飲む。

 ……うん! 今日も温めでおいしい!


 今ではいつでも使えるようになった魔力感知。

 思えば、最初にエルピに教えてもらったのは、ここでだっけ。

 あの頃は泉の底が見えなかったのに、今では魔力感知でみえる。

 それに、目を向けなくても、うしろや空がみえる。

 こんなことが出来るようになるなんて、やっぱり魔法っておもしろい。

 もっとがんばったら、あの像もみえるようになるのかな。


 泉の底からひょっこりと出ていたあの像。

 魔力感知では、不思議とみえない。

 なんでなんだろう。

 魔素がないってことじゃない気がする。

 寝坊助狼さんみたいに、隠れているみたいに近いのかな。

 でも、ずっと泉の底でじっとしているのもたいへんじゃないのかな?

 うーん……。


 わかんないからいっか!

 せっかくだし、像にもあいさつしていこうっと!


 泉に飛び込む。

 ぶわわーとたくさんの泡が、僕の体をなでて揺れるキラキラの水面へと昇っていく。

 僕は、星空みたいな水底にゆっくりと沈んでいく。


 あの時と変わらず、水底にひょっこりと人の上半身を出した像があった。

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